File.02 姫の転生事件
誰かに呼ばれている気がした――。
けれど、瞼は重く、思うように開かない。
「……うーん、あと少しだけ……」
ぼんやりとした意識の中でそう呟いた、そのとき――
「皿波さん!皿波さん!起きてください!!まだ授業中ですよ!」
はっきりとした声が、意識を現実へと引き戻した。
「……ふぇ?」
私は思わず飛び起きる。
そして、目に飛び込んできた光景に、言葉を失った。
そこは、見慣れた王城ではなかった。
煌びやかな装飾も、重厚な扉もない。
代わりに並ぶのは、木製の机と椅子。白い壁。黒板。そして――見知らぬ服を着た人々。
(ここは……どこ……?)
混乱する思考のまま、声のした方へ視線を向ける。
そこに立っていたのは、一人の女性。
厳しい表情を浮かべ、こちらを見つめている。
「皿波さん、どうしました?ぼーっとして」
――教師。
なぜか、その言葉が自然と頭に浮かんだ。
「え……あ……」
うまく言葉が出てこない。
(“皿波”…?それが、私の名前……?)
胸の奥がざわつく。
自分の名前は――違うはずだ。
確かに私は――
「……ルナミア……」
思わず、小さく呟いた。
「はい?何か言いましたか?」
教師が怪訝そうに眉をひそめる。
「い、いえ……なんでも……ありません……」
とっさにそう答えたが、心の中は混乱でいっぱいだった。
(私は、ルナミア・テルメス・グレイズトン……のはず……)
王城。閉ざされた日々。外の世界への憧れ。
――そして。
銃声。
胸を貫く衝撃。
途切れる意識。
(……そうだ。私は――死んだはず……)
その瞬間、全身に冷たい感覚が走った。
「皿波さん、体調悪いんですか?」
教師の声が、遠くから聞こえる。
「顔色が悪いですよ。保健室、行きますか?」
「……いえ、大丈夫です……」
そう答えながらも、手はわずかに震えていた。
(ここは……現代の日本……?)
不思議と、その言葉だけは確信に近い形で理解できた。
見たこともないはずなのに、知っている。
知らないはずなのに、分かる。
――まるで、この身体の記憶が語りかけてくるように。
(私は……“皿波”として、生きている……?)
黒板に書かれた文字を見つめながら、私はゆっくりと息を吸った。
王女としての人生は終わった。
そして今、全く別の人生が始まっている。
偶然なのか。
それとも――何者かの意志なのか。
その答えは、まだ分からない。
けれど一つだけ、確かなことがある。
(私は――生きている)
その事実だけが、妙に現実的だった。




