第8話:『どうぞ、その「真実の愛」を担保に借金なさってください』
かつて『黄金の都』と謳われたアルテマ王国の王都。
その街角の高級菓子店で、桃色の髪の娘が、真っ赤な顔で店主を怒鳴りつけていました。
「な、何だと……? この銀貨が使えないというの!? わたくしは未来の王妃よ!」
リリアナ様です。背後に護衛の姿はありません。給料の払えぬ王宮から、騎士たちはとうに逃げ去っています。
「申し訳ございません。その銀貨は今朝からさらに三割下落いたしました。今やその一枚では、小麦粉一袋すら買えません。……お売りできるのは、ドラクロワ帝国の金貨をお持ちの方だけです」
バタン、と。目の前で扉が閉じられ、リリアナ様は王都の真ん中で立ち尽くしました。
彼女が『現代知識』で作った石鹸も、材料の輸入が止まり、棚の隅で腐りかけています。流通を支えていたのが誰であったか、彼女はまだ気づかぬのでしょう。
その同じ刻。帝国の私の執務室では、一枚の契約書が、最後の仕上げを待っておりました。
「マルティナ。これを持って、王宮へ行ってらっしゃい」
私が差し出した契約書を、派手な羽扇を仰ぎながら受け取ったのは、かつて私の商売敵であり、今は私の最も有能な『手足』となった天才商人――マルティナです。
「うわー、お嬢、相変わらず容赦ないっすね。……担保、これ全部?」
「ええ。王領の鉱山、王都の全関税徴収権、それを二十年。……それと」
私は、扇の先で契約書の一行を指しました。
「リリアナ様の『聖女』としての肖像権。あれは換金性が高うございますわ。『国を滅ぼした偽聖女』として見世物にすれば、それなりに稼げましてよ。……あの方の『真実の愛』とやらが、いくらの値をつけるか。せいぜい高く買い叩いていらっしゃいな」
「了解っす。ぼったくってきまーす」
マルティナは不敵に笑い、王宮へと向かいました。
――王宮、執務室。
セドリック殿下は、机に並んだ『融資拒絶通知』を、狂ったように破り捨てていました。そこへ「景気悪い顔してますねー?」と、礼もせず羽扇を仰ぐマルティナが通されます。
「貴様……商人風情が、王族に対して不敬な! だが、よい。融資をするというのは本当か!」
「ええ、まあ。ただ、条件(担保)がありまーす」
マルティナは、契約書を机に滑らせました。
「担保は、殿下の『真実の愛』……なんてロマンチックなもんじゃなくて、現実的なやつで。王領の鉱山、王都の全関税、二十年。あと、リリアナ様の肖像権も全部ね。嫌ならいいっすよ? 明日には給仕も全員いなくなるって聞いてますし。今のうちに王冠、売っといた方がいいかも。メッキじゃないなら銀貨数枚にはなるんで」
「き、貴様ァ……っ!」
セドリック殿下の顔が、怒りと屈辱で真っ黒に染まりました。
ですが、彼に選択肢はありません。震える手で羽ペンを取り、彼は自らの国の未来に――そして、愛したはずの娘の顔に――値札を貼る署名を、自分の手で記したのです。
その夜。マルティナが、署名済みの契約書を携えて執務室へ戻ってきました。
私は水晶映像越しではなく、この手で、その羊皮紙を受け取りました。インクの乾ききらぬ、セドリック殿下の筆跡。
「……ご苦労様。よく取ってきてくれましたわね」
「楽勝っす。あの殿下、最後は『リリアナの絵で金になるなら好きにしろ』って。……愛、軽いっすねー」
私は、契約書をそっと机に置きました。
かつて私の前で、あれほど堂々と『婚約破棄』を宣言した男が、今や愛した娘の顔さえ、その日のワイン一杯のために売り渡す。
「真実の愛、ですって。……結構なお値段がつきましたこと」
私は、新しい契約書に羽ペンを走らせました。
この国に残った『価値あるもの』は、もうほとんど私の帳簿の中。
次に奪うべきは――この国の土地そのものですわ。
第8話、お読みいただきありがとうございます。
今回の「ざまぁ」の顔役は、エレノラの手足・マルティナ。ギャル口調で王太子を買い叩く痛快さ、楽しんでいただけましたか?
そして「真実の愛」を、当の本人が一杯のワインのために売り渡す……。エレノラが水晶越しに眺めるのではなく、この手で署名を受け取るところに、彼女の「仕事」の手触りを込めました。
セドリック王子は領土も、愛した娘の顔も手放し、「王」の器は完全に砕け散りました。
「ざまぁ」の解像度が上がっていくこの物語、続きが読みたい方はぜひ【ブックマーク】をお願いいたしますわ。
次回、第9話は『さようなら、沈みゆく泥船の王太子殿下』。
エレノラが辺境に築いた「黄金の都」。その門前に、かつて彼女を嗤った者が跪きます。
どうぞお楽しみに!




