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婚約破棄、結構ですわ。ただし私が裏で支えていた王室予算三万枚、今すぐ一括返済してくださるかしら?  作者: 朝比奈ミナ


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第8話:『どうぞ、その「真実の愛」を担保に借金なさってください』

かつては『黄金の都』と謳われたアルテマ王国の王都。

 ですが、今やその街角には、言いようのない重苦しい不安が霧のように立ち込めていました。


「な、何だと……? この銀貨が使えないというのか!」


 王宮からほど近い高級菓子店。

 そこでは、リリアナ様が真っ赤な顔をして、店主を怒鳴りつけていました。

 彼女の背後には、護衛の騎士すらついていません。給料を支払えない王宮から、騎士たちの脱走が相次いでいるからです。


「申し訳ございません、リリアナ様。ですが、その銀貨は今朝から価値がさらに三割下落いたしました。今やその一枚では、小麦粉一袋すら買えません。……お売りできるのは、ドラクロワ帝国の金貨をお持ちの方だけです」


「ふ、ふざけないで! わたくしは未来の王妃よ! 不敬だわ、今すぐそのケーキを包みなさい!」


 リリアナ様が、カウンターを叩いて喚き散らします。

 ですが、店主の目は冷ややかなものでした。かつて『聖女様』と崇めていた時の熱狂など、一欠片も残っていません。


「……お引き取りを。未来の王妃様が飢えようとも、我々の家族を飢えさせるわけには参りませんので」


 バタン、と。

 目の前で閉じられた扉。リリアナ様は、王都の真ん中で一人立ち尽くしました。

 彼女が『現代知識』で作った石鹸やマヨネーズは、材料の輸入が止まったことで、今や棚の隅で腐りかけています。

 流通を支えていたのは、エレノラという存在そのものだったことに、彼女はまだ気づいていないのでしょうか。


 一方、王宮の執務室。

 セドリック殿下は、目の前に並べられた数枚の『融資拒絶通知』を、狂ったように破り捨てていました。


「どいつもこいつも……! エレノラだ、エレノラの差し金に決まっている! あの女、帝国に逃げ込んでまで、私を苦しめるつもりか!」


「……殿下。エレノラ様は、何もなさっていませんよ」


 静かに答えたのは、唯一残っていた老文官でした。

 彼の目には、もはや主君への忠誠ではなく、深い諦念だけが宿っています。


「彼女はただ、自身の『署名クレジット』をこの国から引き上げただけです。エレノラ様の保証がないアルテマ王国は、市場の誰からも信じられていない。……それが、数字が示す答えです」


「黙れ! 私は王子だ! この王家の血統こそが、最高の信用ではないのか!」


「血統でパンは買えませんな」


 老文官は、ガシャリと羽根ペンを置きました。


「本日をもって、私も辞職させていただきます。……ああ、最後に一つだけ。王都最大の商会である『マルティナ商会』の代表が、先ほどから面会を求めております。彼らなら、あるいは融資に応じてくれるかもしれませんぞ」


「……何!? おお、そうか! やはり我が国を捨てぬ忠義者がいたか!」


 セドリック殿下は、縋るような思いでその商人を呼び入れました。

 現れたのは、かつてエレノラのライバルであり、今は彼女の忠実な『手足』となった、あのギャル風の天才商人、マルティナです。


「ちーっす、殿下。景気悪い顔してますねー?」


 マルティナは、王族の前だというのに礼もせず、派手な羽扇をパタパタと仰ぎました。


「不作法だぞ! だが、今はよい。……貴様、我が国に融資をしたいそうだな?」


「ええ、まあ。ウチのお嬢……あー、エレノラ様から『ゴミでも活用次第で金になる』って教わったんで。融資、してあげてもいいっすよ?」


「……本当か! いくらだ、金貨一万枚は用意できるか!」


「お安い御用っす。……ただ、条件(担保)があります」


 マルティナは、不敵な笑みを浮かべて、一枚の契約書を突きつけました。


「担保は、殿下の『真実の愛』……なんてロマンチックなもんじゃなくて、現実的なやつで。……王領地の鉱山、および王都の全関税徴収権。これを二十年間、ウチの商会に譲渡していただきます。あ、あと、リリアナ様の『聖女』としての肖像権も全部ね。見世物小屋で『国を滅ぼした女』として展示すれば、結構稼げそうなんで」


「……な、なんだと……っ!?」


「嫌ならいいっすよ? 明日の朝には、王宮の給仕たちも全員いなくなるって聞いてますし。あ、今のうちに王冠とか売っといた方がいいっすよ? メッキじゃないなら、銀貨数枚にはなるかもだし」


 セドリック殿下の顔が、怒りと屈辱で真っ黒に染まりました。

 ですが、彼にはもはや、選択肢など残されていません。


 その頃、帝国の私の執務室。

 私はシエルから届けられた、王宮の隠し撮り魔法映像(マルティナが仕掛けたもの)を見て、優雅に紅茶を啜っておりました。


「あら。セドリック殿下、あのような卑屈な顔をなさるのね。……私の前では、あんなに堂々と『婚約破棄』を宣言なさっていたのに」


「お嬢様、マルティナから報告が。王太子は、鉱山の権利譲渡にサインしたそうです」


「ふふ。これで、あの国の資源はすべて私の手の内ですわ。……リリアナ様、あなたの愛する殿下は、あなたの『顔』を売り飛ばして、今夜のワインを買ったようですわよ?」


 私は、鏡に映る自分の姿を見つめました。

 冷徹で、慈悲のない、悪役令嬢。

 ですが、少なくとも、自分の大切なものを切り売りして生き延びるような真似はいたしません。


「準備はすべて整いましたわ。……さあ、次はどの『権利』を奪って差し上げましょうか?」


 夜の帳が下りる中、私は新しい契約書に、静かに羽ペンを走らせました。

第8話、お読みいただきありがとうございます。

ついに「真実の愛」が、商売の道具として買い叩かれる時が来ました。

聖女リリアナの肖像権を見世物小屋へ……マルティナ、いい仕事をしてくれますわね。


一方、セドリック王子は大切な領土の権利まで手放し、もはや「王」としての器は完全に砕け散りました。

「ざまぁ」の解像度が上がっていくこの物語、続きが読みたい方はぜひ【ブックマーク】をお願いいたしますわ。


次回、第9話は『さようなら、沈みゆく泥船の王太子殿下』。

エレノラが辺境に築いた「黄金の特区」がベールを脱ぎます。

どうぞお楽しみに!

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