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婚約破棄、結構ですわ。ただし私が裏で支えていた王室予算三万枚、今すぐ一括返済してくださるかしら?  作者: 朝比奈ミナ


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第55話:『資産凍結? いいえ、わたくしの愛は「非売品」ですわ』

「……エレノラ、気をつけろ! 来るぞ、本社の『全領域・記憶フォーマット』だ!」


 ショウ様の叫びが、セクター105の空に響き渡りました。

 墜落していく黄金艦隊の隙間を縫って、宇宙の深淵から放たれたのは、熱線でも光線でもない、白銀の「さざ波」でした。それは物質を透過し、人々の脳……魂の奥底にある『定義』を直接書き換える、本社の最終的な監査コマンド。


「シエル、防壁を!」


「……不可能ですわ、お嬢様。この波導は『個人の認識』そのものをリセットするもの。物理的な壁では防げませんわ……!」


 シエルの声が、微かに震えていました。

 わたくし――エレノラ・フォン・ロスタールは、隣に立つアラリック様の腕を強く掴みました。

 白銀の波が、わたくしたちを飲み込みます。

 一瞬、意識が真っ白に塗り潰されるような感覚。脳内の帳簿が激しく捲られ、大切なページが次々と白紙に戻されていく……。


 ……。

 ……数秒の、永遠のような静寂。


 波が通り過ぎた後、至天宮の謁見の間には、奇妙な沈黙が落ちていました。

 ショウ様は頭を抱えて蹲り、シエルは無機質な瞳で空を見つめています。

 そして、わたくしが腕を掴んでいたアラリック様が、ゆっくりとその視線をわたくしへと向けました。


「……誰だ、貴様は」


 氷のように冷たい、見知らぬ男の瞳。

 そこには、あの日わたくしに愛を誓った温もりも、共に修羅場を潜り抜けた信頼も、何一つ残っていませんでした。


「……。わたくしを、お忘れになりましたの? 陛下」


「陛下? ……私はドラクロワ帝国の皇帝アラリック。だが、貴様のような『不審な女』を側に置いた覚えはない。……その手を離せ。さもなくば、不法侵入者として即座に処刑する」


 アラリック様の手が、腰の剣へと伸びました。

 

『――ハハハハ! 見たか、エレノラ!』


 虚空に浮かぶアルファのホログラムが、狂喜に満ちた声を上げました。


『君を支えていた最強の武力、最高の愛。……それらはすべて、本社のサーバーに保存された「記憶」というデータに過ぎなかったのだ。……それを消去し、書き換えれば、君はただの「孤立したバグ」だ。……さあ、愛する男に斬られて果てるがいい!』


「……。……ふふ」


 絶望的な沈黙の中、わたくしは扇で口元を覆い、小さく笑い声を上げました。


「何がおかしい! 現実を見ろ! 君はもう、この世界の誰からも必要とされていないのだぞ!」


「あら。アルファ様。……あなたは本当に、投資の基本というものをご存知ないのね。……記憶を消せば『無』に戻ると? ……投資家として、あまりに浅はかな見立てですわ」


 わたくしは、剣を抜き放とうとするアラリック様の瞳を、真っ向から見据えました。


「陛下。……あなたはわたくしを『忘れた』とおっしゃいましたわね。……ですが、あなたのその身体。……わたくしが最高の栄養と休養を投資し、共に戦場を駆け抜けるために調整し続けたその筋肉は……わたくしの『感触』を覚えているはずですわ」


「……何だと?」


「ショウ様! 蹲っている暇はありませんわよ。……わたくしたちが以前、全人類の魂に刻み込んだ『共有元帳パブリック・レジャー』……それを起動なさい!」


「……っ! そうか、あれか! ……記憶は消せても、魂に直接書き込んだ『行動の履歴』は消せねえんだよ!」


 ショウ様が叫びながら、血走った目で端末を叩きました。

 

 わたくしたちがセクター104を統治する際、ショウ様の技術を使って行った、ある隠し工作。

 それは、記憶という不確かなデータではなく、共に過ごした時間、共に戦った記憶を、魂の深層に「書き込み不可の履歴」として刻むこと。


「アラリック様。……あなたの脳はわたくしを忘れても、あなたの『本能』はわたくしを求めている。……わたくしたちの愛は、ただの思い出ではなく、既に確定済みの『取引コントラクト』なんですのよ」


 その瞬間。

 アラリック様の剣が、鞘から半分抜けた状態で止まりました。

 彼の瞳に、激しいノイズが走ります。本社の「書き換えられた認識」と、魂の底から突き上げてくる「絶対的な帰属意識」の衝突。


「……っ、頭が……。……私は、貴様を知らぬはずだ。……だが、なぜだ。……なぜ、貴様が傷つくことを、私の魂が全力で拒絶している……!」


 アラリック様が膝をつき、呻き声を上げました。


『……バカな! 認識の再定義は完璧だったはずだ! 殺せ! アラリック、その女を消去しろ!』


「……断る」


 アラリック様が、震える声で言い放ちました。

 彼はゆっくりと立ち上がり、抜いた剣を――わたくしではなく、空中に浮かぶアルファのホログラムへと向けました。


「理屈は分からん。……貴様の言う通り、私はこの女を誰だか思い出せない。……だが、私の魂が叫んでいる。……『この女を傷つける者は、例え神であろうと私が斬る』……とな!」


「……!?」


 白銀の波を跳ね返すような、圧倒的な意志の力。

 記憶を奪われてなお、愛という名の「本能」が、システムの支配を拒絶したのです。


「……ふふ。準備はすべて整いましたわ。アルファ様」


 わたくしは扇を閉じ、愕然とするCEOを嘲笑いました。


「わたくしの愛は、あなたたちの安っぽいサーバーには収まりきらない『非売品』ですの。……さて、記憶の差し押さえが失敗した今、次は何を差し出すおつもりかしら? ……もっとも、わたくしがあなたの『経営権』を奪う方が、先かもしれませんけれど」


 ですが、アルファの顔が、氷のような冷徹さを取り戻しました。


『……よかろう。記憶が消えぬなら、その「容れ物」ごと消すまでだ。……全セクターへ告ぐ。……セクター104を「不良セクター」として定義。……物理的な初期化デリートを強行する』


 セクター104の空が、真っ赤な『警告色』に染まりました。

 それは世界の終わりを告げる、強制終了のサイン。

おかえりなさいませ。そして、はじめまして!

「記憶を消されても、魂が愛を覚えている」。

システムの書き換えすらも「愛という名の確定済み取引」で跳ね返すエレノラ様、いかがでしたでしょうか。

アラリック様の「理屈は分からんが、お前を守る」という本能の叫び……これぞ、わたくしたちが投資し続けてきた絆の純利益ですわね。


しかし、精神攻撃が効かないと悟ったアルファは、ついに世界そのものを「物理的に消去する」という、最悪の損切りに出てきました。

空が赤く染まり、カウントダウンが始まる……。


「記憶を失っても守るアラリック様、格好良すぎて痺れる!」

「愛を『偽造不可能なプライベートキー』と呼ぶエレノラ様、流石です!」

そう思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】と【評価】をお願いいたしますわ。

皆様の評価が、エレノラ様が世界の強制終了を食い止めるための「緊急停止コード」の入力速度を上げますのよ!


次回、第56話は『強制終了デリート? わたくしが受理していない決算など認めませんわ』。

世界消去の瞬間に、エレノラ様が放つ「最後の一手」をお楽しみに!

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