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婚約破棄、結構ですわ。ただし私が裏で支えていた王室予算三万枚、今すぐ一括返済してくださるかしら?  作者: 朝比奈ミナ


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第50話:『他セクターの女帝。あなた、帳簿の書き方がお古いですわ』

「……ショウ様。座標の固定は完了いたしましたかしら?」


 執務室に漂っていたミネルヴァの残光が完全に消え去るよりも早く、わたくし――エレノラ・フォン・ロスタールは、司令室のコンソールへ向けて鋭い声を飛ばしました。

 新婚旅行の荷造りをする暇などございません。……いいえ、わたくしにとっては、新たな資産を査定し、不良在庫を処分することこそが、最高のバカンスですもの。


「やってるよ! セクター104と105の『為替レート』……じゃなくて、次元共鳴指数の同期完了! 《バランス・シート》号、次元跳躍ワープ準備、いつでもいけるぜ!」


 ショウが血走った目でレバーを握ります。

 傍らでは、セレスティーヌ様が祈りの光を、艦の防御膜デバッグ・フィールドへと流し込んでいました。


「アラリック様。……少し、風が強くなりますわよ」


「構わない、エレノラ。君が宇宙を買い取るというのなら、私はその領土を剣で守るだけだ」


 アラリック様がわたくしの腰を抱き寄せた瞬間。

 

 ――ドォォォォォォォォンッ!!

 

 帝都の空を割り、《バランス・シート》号が漆黒の虚無へと突き進みました。

 

 数秒、あるいは数世紀にも感じられる「無」の時間を経て、モニターに映し出されたのは、燃え上がるような深紅の空と、幾千もの浮遊島が連なる異様な光景でした。

 セクター105。本社の実験場でありながら、管理者の怠慢によって『魔導貴族』が民を搾取し尽くしているという、腐敗の極致。


「……到着ですわね。シエル、現地の『入国管理局』へのコンタクトは?」


「既に完了しております。……ですが、あちら様は『下等世界の木っ端船は、領空を汚す前に自爆せよ』との回答ですわ」


「あら。随分と威勢の良いご挨拶ですこと」


 わたくしは扇を広げ、前方から迫り来る、派手な装飾を施された現地の魔導戦艦群を睨み据えました。

 それらは、セクター104では失われたはずの高出力な魔法を放ち、わたくしたちを威嚇しています。


『――こちらセクター105、神聖レガリア女帝直属艦隊である! 汚らわしい漂流物め、直ちに退去せよ! さもなくば、神の雷によって塵に還してくれるわ!』


 通信機から響くのは、高慢な若い女の声。

 わたくしは、溜息を一つ吐くと、ショウに合図を送りました。


「ショウ様、マイクを。……ああ、音量は最大でよろしいわよ」


 わたくしは、正面のカメラに向かって、最高に優雅で、最高に冷徹な微笑みを浮かべました。


「――ごきげんよう。神聖レガリアの皆様。わたくしはセクター104のオーナー、エレノラ・フォン・ロスタールですわ」


『オーナーだと!? 笑わせるな、そのような汚らしい鉄の塊に乗った原住民が!』


「あら、木っ端船に見えますかしら? ……ですが、この『鉄の塊』、実は先ほど貴女方の本社のミネルヴァ監査官から、わたくしが『債務の担保』として正式に受理した権利書によって、この宙域の『通行優先権』を買い取っておりますの」


 わたくしが指を弾くと、シエルが事前にハッキングで敵艦隊の全モニターに『本社公認・資産差押通知書』を強制投影しました。


『な……っ、これは本社の署名!? バカな、偽造だ! こんなの認められるわけが……!』


「認めないのは自由ですわ。……ですが、その瞬間に貴女方の艦隊が消費している『魔導エネルギー』。……それは、わたくしが本社から買い取った『未払い特許』の対象となりますの。……一秒ごとに、金貨千枚のライセンス料を請求させていただきますけれど、お支払いの準備はできていらして?」


 敵艦隊の動きが、目に見えて凍りつきました。

 魔導貴族たちが最も恐れるのは、武力ではありません。自分たちの贅沢な暮らしを支える『マナの権利』を奪われることです。


「どの口が『原住民』とおっしゃったのかしら? ……ご自分の家計簿もまともに管理できていない、破産寸前の貴族の方々」


 わたくしは追い打ちをかけるように、現地の『粉飾決算』のデータをモニターにバラまきました。

 浮遊島を維持するために、民の命を前借りしている残酷な数字。

 本社の監査官が見逃してきた、血塗られた裏帳簿。


『……っ、……っ!!』


 通信の向こうで、絶句する音が聞こえます。

 わたくしは、静まり返った宙域に向けて、トドメの一言を放ちました。


「準備はすべて整いましたわ。……わたくしがここへ来たのは、征服のためではありません。……あなたたちの『腐った帳簿』を清算し、このセクターを適正な価格で買い叩くためですの。……さあ、あなたたちの『女帝』に伝えなさいな。……『新しいオーナーが、ガサ入れに参りました』と」


 数秒後。

 あんなに激しく威嚇していた魔導戦艦群が、蜘蛛の子を散らすように道を開けました。

 

 《バランス・シート》号は、堂々と、黄金に輝く女帝の宮殿へと進路を取ります。

 

 モニターの先に、一人の女が映し出されました。

 深紅のドレスを纏い、豪華な玉座に座る、わたくしと同じくらいの年齢の女。

 彼女の瞳には、わたくしへの激しい敵意と……そして、どこか懐かしい『悪役令嬢』の気配が混じっていました。


「……面白いわね。原住民の成金女。……このセクター105のルールは、この私が決めるのよ」


「あら。……あなた、帳簿の書き方が少し『お古い』ですわ。……わたくしが、真の独占禁止法というものを教えて差し上げますわね」


 次元を越えた、女帝とオーナーの『敵対的買収(M&A)』。

 その幕が、今、華々しく切って落とされました。

お読みいただきありがとうございます!

「他セクターへ乗り込み、いきなり敵艦隊を『ライセンス料』で黙らせる」。

次元が変わっても、エレノラ様の「買い叩き」は健在です。

神聖レガリアの女帝……彼女もまた、何らかの「理不尽」を抱えているのでしょうか。


いよいよ始まった第3部。

魔法が溢れるセクター105を、エレノラ様はどうやって「黒字化(支配)」していくのか。

そして、本社の粉飾決済の尻尾を掴めるのか……。


「別世界でもエレノラ様の煽りがキレキレで最高!」

「新キャラの女帝との対決が楽しみ!」

そう思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】と【評価】をお願いいたしますわ。

皆様の評価が、エレノラ様がセクター105の宮殿を差し押さえるための「執行力」になりますのよ!


次回、第51話は『神聖レガリアの贅沢三昧。その維持費、どこから出ていますの?』。

清算の旅は、さらに加速いたします。お楽しみに!

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