第47話:『準備はすべて整いましたわ。――永遠に黒字の、幸福な未来へ』
――眩しいほどに、世界が輝いていますわ。
ドラクロワ帝国の帝都中央大聖堂。かつては神の威光を傘に着た司祭たちが、不当な利息を啜っていたこの場所は、今や純白のドレスに身を包んだわたくしを祝福する、数万の『電球』の光で満たされていました。
魔法という、いつか消える不安定な奇跡ではありません。
わたくしたちが自ら投資し、ショウ様が技術を尽くし、民が労働によって維持する、実体ある文明の輝き。
「……エレノラ。少し緊張しているか?」
隣に立つアラリック様が、そっとわたくしの震える手を取られました。
彼が纏うのは、帝国の最高級織物で作られた正装。その胸元には、わたくしが贈った「黄金結晶」のブローチが誇らしげに輝いています。
「まさか。……ただ、これほど大規模な式典の費用対効果を計算していただけですわ」
「ふ、君らしい。だが今日くらいは、計算機を置いて私だけを見てくれないか。……これは命令ではなく、一生を共にする『パートナー』としての願いだ」
アラリック様の穏やかで、しかし確かな熱を持った瞳。
わたくしは扇で口元を隠し、小さく微笑みました。
「……ええ。善処いたしますわ。この契約は、わたくしにとっても『生涯最大の投資』ですもの。一秒たりとも見逃すつもりはございませんわよ?」
聖堂の扉が開かれ、わたくしたちは光の中へと歩み出しました。
沿道を埋め尽くすのは、帝国の民だけではありません。西方の自由都市、北方の炭鉱、そしてかつてわたくしを捨てた王国の跡地から移住してきた者たち。
彼らはもはや跪き、神の慈悲を乞うことはありません。誰もが自分の足で立ち、自らの手で手に入れた自由という名の利益を謳歌するように、力強い歓声を上げていました。
ふと、広場の一角で、みすぼらしい衣服に身を包んで瓦礫を運ぶ男の姿が目に入りました。
セドリック様。……かつてわたくしを『価値がない』と切り捨てた方は、今やわたくしが作った新しい世界の、最も底辺の『労働力』として、自分の犯した負債を一生をかけて返済し続けています。
リリアナ様も、あの石炭鉱山の食堂で、わたくしが提示した『利用規約』に従って、必死に皿を洗っていることでしょう。
復讐? いいえ、これは『適正な配置』ですわ。
価値を生まぬ者は、相応の場所へ。……わたくしの帳簿に、不当な優遇など一文字も存在いたしません。
「シエル。……準備はよろしいかしら」
背後に控える、生涯の腹心へ問いかけます。
シエルはいつも通り、一分の隙もない礼をして答えました。
「はい、お嬢様。……いえ、エレノラ陛下。……世界全域の経済指標は安定。新帝国紙幣の信用度は、旧教会の金貨を完全に上回りました。……そして、ショウ様からの最終報告。……管理者のシステムは完全に解体され、現在は帝国の公共インフラとして再編が完了したとのことですわ」
「素晴らしいわ。……ショウ様、どこにいらっしゃるの?」
わたくしが探すと、演算室の窓から、煤だらけの顔に正装を無理やり着せられたショウが、不器用そうに手を振っているのが見えました。
彼という『現代の資産』を買い叩き、この世界の未来へ再投資したことは、わたくしの人生で最高の判断だったかもしれませんわね。
壇上に上がり、わたくしたちは全人類の前で、誓いの言葉を口にします。
それは神への誓いではなく、お互いへの、そしてこの世界への『誠実な経営』を誓う契約でした。
「アラリック様。……わたくしは、あなたに約束いたします。……この世界が、誰にとっても『生きる価値のある場所』であり続けるよう、わたくしの知略と資本のすべてを尽くすことを」
「私も誓おう、エレノラ。……君が守り抜いたこの世界を、私の剣が永遠に守り抜くことを。……そして、君の心に二度と『欠損』など生じさせないことを」
誓いの口づけ。
その瞬間、帝都中に祝砲が鳴り響き、電球の海がさらに輝きを増しました。
わたくしは、心の中に一冊の帳簿を思い浮かべました。
第1ページ。追放された雨の日。残高、ゼロ。希望、なし。
そこから、わたくしは一歩ずつ歩んできました。
不条理を買い叩き、絶望を資源に変え、敵を負債として清算し、友を資産として積み上げて。
今、その帳簿の最終ページを捲ります。
――当期純利益。計測不能なほどの幸福。
――次期繰越。永遠に続く、黒字の未来。
「……陛下」
わたくしは、隣に立つ愛しい方の腕に頭を預け、広がる光の海を見つめました。
「準備は、すべて整いましたわ。……これからの世界。……一分一秒を惜しまず、最高の利益を積み上げて差し上げますわよ」
清算完了。
わたくしの、そしてこの世界の新しい歴史が、今ここに、黒々とした力強い筆致で刻まれたのです。
――完――
全47話。最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました!
「追放された令嬢が、現代知識と経済学で世界そのものを買い叩く」。
そんな無謀で強欲な物語に、ここまでお付き合いいただけたこと、心より感謝申し上げます。
エレノラ様が最後に手にしたのは、誰にも奪えない「自分の価値」と、それを分かち合える最高のパートナーでした。
復讐の果てにあるのは虚無ではなく、より豊かな世界の構築であること。
そして、自分を信じて積み上げた知識と勇気こそが、人生における最強の資本であること。
エレノラ様の物語が、皆様の日常を少しでも「黒字」にするような、爽快なひとときになれたなら、これ以上の幸せはございません。
もしよろしければ、最後に作品の【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】をいただけますと、
エレノラ様の最終決算における「ボーナス」として、彼女も(そして作者も)大変喜びますわ!
皆様の人生という名の帳簿に、これからも素晴らしい純利益が積み重なることを願って。
「準備はすべて整いましたわ。……皆様、また別の舞台でお会いしましょう!」
――朝比奈ミナ




