第43話:『神への不信任決議。あなたの経営能力、落第点(Fランク)ですわ』
「……無駄だ。理解できないのか、エレノラ。これは契約なのだ」
管理ユニットの少年――その瞳に映るカウントダウンの数字は、もはや秒読みの段階に入っていました。
中央制御室のモニターに映し出されるのは、収縮を開始した事象の地平面。この世界を構成する全データが、一つの点へと圧縮され、消去される『最終清算』の光景。
「本社……『世界運営委員会』は、このセクターを不採算と判断した。マナの回収効率が悪すぎたのだ。……間もなく、この領域の物理定義は抹消される。お前たちが何を積み上げようと、ゼロを掛ければすべてはゼロになるのだよ」
管理者の声には、もはや怒りすらありませんでした。それは、ただ淡々と処理を待つ、壊れかけた機械の独白。
「ゼロ、ですか。ふふ……」
わたくし――エレノラ・フォン・ロスタールは、歪み始めた空間の中で、ゆっくりと扇を広げました。
熱暴走を起こし、火花を散らす制御装置。崩れ落ちる壁。
そのすべてが「終わり」を告げている中で、わたくしの背筋だけは、追放されたあの日と同じく、一分の隙もなく伸びたままでした。
「ショウ様、セレスティーヌ様。……準備を」
「……ああ、わかってる。やってやるよ! エレノラ、あんたが『買収する』って言ったんだ。……世界が破産する前に、全資産の『名義変更』を完了させてやる!」
ショウが血走った目で端末を叩き、セレスティーヌ様が祈りの光……システムの『初期化・固定化』の波動を全方位に放射します。
「管理者。……あなたは先ほどから、わたくしたちの意志を無視して『破産』だの『消去』だのと、随分と自分勝手な言葉を並べていらっしゃいますわね」
わたくしは一歩、また一歩と管理者の椅子へ歩み寄りました。
「ですが、わたくしは認めませんわ。……わたくしたち人類は、あなたから『魔法』という名の融資を受け、過酷な利息(寿命)を支払い続けてきた、言わば最大の債権者ですの。……そのわたくしたちに説明もなく、勝手に倒産手続きを進めるなど、法的に……いいえ、わたくしの倫理観が許しませんわ」
「法だと? 規約は私が……本社が決めることだ。原住民に口を挟む権利はない」
「あら、そうでしょうか?」
わたくしはシエルが差し出した、一抱えもある黄金の結晶――天罰として降り注いだものを圧縮・精製した『高純度資本』を、管理者の足元に叩きつけました。
「これは、あなたたちが『負債』として投げ出した、マナの結晶ですわ。……これだけの資産があれば、このセクターの赤字を補填し、さらに数百年分の運営費を前払いするのに十分ですわね?」
「……っ!? それは、我々が放棄した……」
「ええ。放棄された資産を、わたくしが適正に『拾得』し、再投資するのです。……そして、この資本をもって、わたくしはここに宣言いたします。……『セクター104』の全運営権、および全株式の『敵対的買収(TOB)』を。……管理者は解任。これより、わたくしエレノラが、新オーナーとして世界の運営を引き継がせていただきますわ」
少年の瞳のログが、激しいノイズを立てて点滅しました。
「買収……? 管理権限の移譲……? バカな、そんなプロトコルは……」
「『不採算部門の再建を条件とした、現地代表への経営譲渡』……。神様、あなたの裏帳簿の三万行目に、その規約が存在していますわ。……ショウ様、コードを流しなさい!」
「オッケー! 管理者の『投げやりな承認』をバイパスして、エレノラをルート権限(管理者権限)に登録する! ……セレスティーヌ、システムを繋ぎ止めろ!」
「はいっ……! 世界よ、滅びに抗って……。わたくしたちの『価値』を認めてください!」
セレスティーヌ様の光が、爆発するように広がりました。
崩れかけていた世界の輪郭が、黄金の結晶を燃料にして、強引に再構成されていく。
少年の姿をした管理ユニットが、がくりと項垂れました。
彼を繋いでいたケーブルが一本、また一本と切り離され、代わりにわたくしの足元から伸びた光の糸が、システムの中枢へと食い込んでいきます。
「……信じられない。本当に……この地獄の、赤字まみれの世界を買い取るというのか……。お前は何を得るつもりだ、エレノラ」
「ふふ、決まっていますわ。……『黒字への転換』ですの。……寿命を削らぬ技術、神に頼らぬ経済、そして……」
わたくしは、傍らに立つアラリック様の温かい手を取りました。
「わたくし自身が、最も幸福であるという『利回り』。……それが、この買収の目的ですわ」
カウントダウンが停止しました。
赤く染まっていた部屋に、澄み渡るような青い明かりが戻ってきます。
『清算完了』の文字が、新たな『運営開始』の文字へと書き換えられた瞬間。
――ガギィィィィィィィィンッ!!
天を衝くような、不吉な衝突音が中央制御室の屋上から響きました。
「……あら。お客様のようですわね」
モニターには、漆黒の宇宙から飛来した、黄金国すら比較にならない巨大な『黒い楔』が、この聖域を貫いた光景が映し出されていました。
「……お嬢様。本社より『強制介入』の第二段階。……最終監査官が、現地到着いたしました。……買収手続きの正当性を否定し、物理的な消去を強行するつもりのようですわ」
「ふふ、いいでしょう。……『不当な経営妨害』ですわね。……シエル、ショウ様。……新しいオーナーとしての初仕事ですわ。……わたくしの資産を荒らす無礼な監査官、一刻も早く『清算』して差し上げましょう」
準備は、すべて整いましたわ。
本社の方々。……わたくしの帳簿に赤字を書き込みたければ、まずわたくしを破産させてからになさいな!
お読みいただきありがとうございます!
「世界の滅亡を、敵対的買収(TOB)で阻止する」。
神が投げ出した負債まみれの世界を「拾い物」として買い取り、自分がオーナーになると宣言するエレノラ様、いかがでしたでしょうか。
ついに世界の主導権を握った彼女ですが、本社のほうも「黙って買収される」ほど甘くはないようです。
いよいよ登場した本社の監査官。
「数字」と「論理」で勝てない神が送る、最強の物理消去に対し、エレノラ様はどう立ち向かうのか。
「神様をクビにする展開、最高!」
「エレノラ様が世界のオーナーになるとか、規模が凄すぎて痺れる!」
そう思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】と【評価】をお願いいたします。
皆様の評価が、エレノラ様が本社の監査を跳ね返すための「営業利益」となりますわ!
次回、第44話は『世界システムの買収。今日からわたくしが「オーナー」ですわ』。
本社の監査官vs新オーナー・エレノラ。
本当の戦いは、ここから始まります。お楽しみに!




