第38話:『管理者の反撃。物理法則という名の「規約改定」への対抗策』
「拾いなさい。一欠片も残さず、帝国の『純利益』として回収するのですわ」
帝都の石畳に突き刺さった、鈍く輝く黄金の結晶。
先ほどまで天罰として降り注いでいたそれは、今や帝国の工兵たちによって丁寧に掘り起こされ、頑丈な鉄箱へと収められていました。
わたくし――エレノラ・フォン・ロスタールは、バルコニーからその光景を眺め、手にした扇を満足げに閉じました。
「お嬢様。回収した結晶の純度は、黄金国の機体に使用されていたものと同等、あるいはそれ以上です。……これだけの質量があれば、ショウ様の言う『境界突破エンジン』の建造も、予算内で十分に賄えますわ」
シエルの報告に、わたくしは深く頷きました。
天から降ってきた死の雨を、次の遠征の燃料に変える。投資家として、これほど効率的な資源調達はございませんわ。
「……狂ってる。あんたたちは、本当に……」
背後で、膝を突いたまま震えているリンが、掠れた声で呟きました。
彼女の瞳には、自分たちの信じていた絶対的な『神罰』が、ただの『資材』として扱われることへの、根源的な恐怖が宿っています。
「あら、リン様。経営難に陥った本社が、無理な損切り(天罰)を仕掛けて失敗しただけのこと。……さあ、停戦の打診があったとお聞きしましたが、返答を差し上げなくてはなりませんわね」
わたくしはゆっくりとリンに歩み寄り、彼女の首元にかけられた、黄金国への通信機能を持つペンダントを指先でなぞりました。
「……エレノラ。本社は……『世界運営委員会』は、今回の件を不問に付すと言っている。大陸の自治権を認め、魔法消失の件も謝罪する。……だから、これ以上の干渉はやめてくれ」
「不問に付す? ふふ、随分と上から目線な『和解案』ですわね」
わたくしは、リンの顔を覗き込み、最高に冷徹な微笑を浮かべました。
「リン様。わたくしを誰だと思っていらして? ……わたくしは投資家です。一方的に攻撃され、インフラを破壊され、民の寿命を掠め取られた……。その損失(負債)を、ただの『謝罪』で帳消しにできるとお思いかしら?」
「……じゃあ、どうするつもりだ!?」
「決まっていますわ。……『最終監査』です。……あなたたちの本社に乗り込み、不当に蓄積された利益を全額吐き出させ、経営権をこのわたくしの手に移管させていただきます。……不採算な経営者は、退場あるのみですわ」
「な……っ!」
リンが絶句する中、わたくしは階下の広大なドックへと視線を移しました。
そこでは、ショウの指揮のもと、数千人の職人が巨大な鉄のクジラのような船を組み上げていました。
蒸気の咆哮と、回収した黄金結晶の魔力が交差する、帝国の技術の結晶。
「ショウ様。進捗はいかがかしら?」
『……最高だよ!』
通信機越しに、興奮したショウの声が響きます。
『神様の連中、焦って天罰なんて撃つから、一番重要な「高純度マナの固体」を俺たちに提供しちまったんだ。……これなら「物理法則の壁」を突き破って、黄金国の本拠地まで直行できる! 名付けて、超弩級万能買収艦号だ!』
「あら、悪くないネーミングですわね」
ですが、その喜びを遮るように、地下演算室の警告音が帝都中に鳴り響きました。
今度は空から光が降るのではなく、空気そのものが、粘り気を持つように重たくなっていきました。
「……お嬢様! 黄金国より全領域への強制パッチが配信されました! ……『物理定数の変更』ですわ!」
「変更……ですって?」
シエルの言葉と同時に、わたくしの手から扇が滑り落ちました。
いいえ、落ちたのではありません。扇は重力に従わず、不自然に浮き上がり、そのまま空中で「砂」となって崩れ去ったのです。
「……ひどい。あいつら、自分たちが作った物理法則(規約)そのものを書き換えやがった……! 『この大陸では、鉄は紙より脆く、火は水より冷たくなる』……規約を改定して、俺たちの技術を根底から無効化するつもりだ!」
ショウの悲鳴。
管理者が持つ最後の、そして最悪の特権。
経済や技術で勝てないと悟った彼らは、この世界の『ルールそのもの』を破壊して、わたくしたちを存在ごと消去しにかかったのです。
リンが、絶望的な笑みを浮かべました。
「……無駄だと言っただろう、エレノラ。彼らは神だ。プログラムを書き換えれば、お前たちの積み上げてきたものはすべてゴミになるんだよ」
帝都の建物が、飴細工のように歪み始めます。
民衆の悲鳴が上がる中、わたくしは歪む世界の中で、ただ一人、背筋を伸ばして立っていました。
「ルールを書き換える……。ふふ、なるほど。後出しの規約変更による、一方的な契約解除ですわね」
わたくしは、歪んで消えゆく景色を見つめ、静かに、だが力強く言い放ちました。
「よろしいでしょう。……ならば、こちらも『利用規約違反』による、運営権の剥奪(アカウント停止)を申請させていただきますわ。……セレスティーヌ様、出番ですわよ」
わたくしの背後から、新時代の冠を戴いたセレスティーヌ様が、静かに歩み出しました。
彼女の瞳には、もはや怯えはありません。
「規約を書き換えるというのなら……私は、人々の『生きたいという願い』を、新しい定数として書き込みます」
彼女が胸に手を当てた瞬間、歪んでいた帝都の空間が、一点から弾けるように元の形を取り戻し始めました。
『システムのバグ』。聖女という名の、管理者すら予期せぬイレギュラーな力が、管理者の命令を拒絶し、上書き(オーバーライド)し始めたのです。
「……準備はすべて整いましたわ。リン様。……規約の押し付け合い、望むところですわ。……さあ、世界で最も強欲な『デバッグ』を、始めて差し上げましょう」
お読みいただきありがとうございます!
「物理法則の書き換え」という、神による最悪の後出しジャンケン。
それに対し、「私有地の規約は私が決める」とばかりに、セレスティーヌの力で上書きし返すエレノラ様、いかがでしたでしょうか。
神様、自分のサーバーがハックされるのを恐れて設定をいじったようですが、
エレノラ様という最強の「監査役」は、規約の穴を突く天才ですのよ。
いよいよ完成した買収艦号。
物理の常識が通用しない黄金国の本丸へ、エレノラ様がどう乗り込み、どう買い叩くのか。
「神の規約変更に真っ向から立ち向かう姿、かっこいい!」
「買収艦の活躍が楽しみ!」
そう思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】と【評価】をお願いいたします。
皆様の評価が、セレスティーヌ様が物理法則を固定するための「修正パッチ」の強度になりますわ!
次回、第39話は『セレスティーヌの真価。彼女はシステムの「デバッグ・ツール」ですわ』。
聖女の力が、管理者の嘘を暴く光となります。お楽しみに!




