第33話:『不平等条約? むしろ御社の全株式を買い取らせていただきますわ』
「……あ、あの。まえがき、失礼いたしますわ」
皆様、大変長らくお待たせいたしました。
一度は「完結」という名の帳簿を閉じましたが、どうやらこの大陸のバランスシートには、まだわたくしでも見落としていた「隠し負債」があったようですの。
第2部を応援してくださった皆様も、ここから新しく投資(ご愛読)してくださる皆様も。
さらにスケールアップした「不条理の買い叩き」をお楽しみください。
「準備はすべて整いましたわ。……第二ラウンドの開始です」
大陸が統一され、新帝国紙幣が市場を席巻してから一ヶ月。
ドラクロワ帝国の首都に、かつてない『黄金の影』が差しました。
「……あら。あのような不格好な巨大な鉄塊、わたくしの資産目録には載っていませんわね?」
帝都のバルコニー。私は、隣に立つ皇帝アラリック様の腕に手を添え、港に入港した巨大な『黄金の鉄甲船』を見下ろしました。
魔法が消えたはずのこの海で、その船は黒煙ではなく、神々しい金色の魔力を噴き出しながら接岸したのです。
船から降り立ったのは、極彩色の絹を纏った、東方の使者たち。
彼らは出迎えた帝国儀仗兵たちを一瞥もせず、真っ直ぐに皇宮へと歩みを進めました。その足取りは、客人のそれではなく、差し押さえに立ち会う執行官のそれでしたわ。
「ドラクロワ帝国経済顧問、エレノラ・フォン・ロスタール」
謁見の間に現れた使者のリーダー――リンと名乗る女性は、私の前に一枚の、見たこともないほど高純度の金板を突きつけました。
「これは、我ら『極東黄金国』……ひいては、この大陸を管理する『世界運営委員会』からの通達である。……お前たちが勝手に発行した新紙幣、および魔法消失後の独占的経済圏。これらはすべて『規約違反』であると認定された」
「規約、違反……?」
アラリック様が剣の柄に手をかけましたが、私はそれを扇で制しました。
リンの瞳は、私と同じ――冷徹に「価値」を測る者の色をしていたからです。
「そうだ。この大陸は、我ら管理者が『魔法という通貨が崩壊した際の、原住民の生存限界』を測るための実験場だ。……だが、エレノラ。お前の行動はあまりに効率的すぎた。おかげで実験データが狂い、予定より早く文明が再建されてしまったのだよ」
彼女が告げた内容は、耳を疑うような傲慢さでした。
私たちの苦しみも、断罪も、再建も。すべては海の向こうの連中が愉しむための『テスト』に過ぎなかったというのです。
「よって、本日をもって帝国の全資産を凍結し、管理下に置く。……これは、お前たちが過去百年間にわたって無償で享受した『魔法という名の融資』に対する、清算通知書だ」
提示された金板には、途方もない数字が刻まれていました。
帝国の国家予算の数万倍。大陸の土をすべて金に変えても足りないほどの、天文学的な「負債」。
「……これを支払えぬなら、大陸全土を初期化し、再度『石器時代』から実験をやり直すこととなる。……さあ、署名しろ。この『不平等条約』に。お前たちは今日から、我らの農奴となるのだ」
謁見の間が、氷のような沈黙に包まれました。
騎士たちは憤怒に震え、セレスティーヌは恐怖に顔を伏せました。
ですが。
「……ふふ。あはははは!」
私は、こらえきれずに笑い声を上げました。
リンの眉が、不快げに跳ね上がります。
「何がおかしい。これは絶望の宣告だぞ」
「いいえ。……あまりに滑稽でしたので。……リン様、とおっしゃいましたかしら? あなた、今、とんでもないことをおっしゃいましたわね」
私はゆっくりと歩み寄り、彼女が突きつけた「清算通知書」を、指先で優雅に弾きました。
「『管理』? 『融資』? ……笑わせないで。わたくしの許可なく、わたくしの帳簿に手を突っ込もうだなんて。……シエル」
「はい、お嬢様」
影から現れたシエルが、既に用意していた一束の書類を、リンの足元に叩きつけました。
「それは……何だ?」
「『極東黄金国、および世界運営委員会に対する、全株式公開買付け(TOB)の予告書』ですわ」
今度は、リンの動きが止まりました。
「あなたたちは、この世界を『実験場』と呼びましたわね。……つまり、あなたたちにとってこの世界は『所有資産』。……ならば、その所有権を奪い取ってしまえば、規約とやらを書き換えるのは、わたくしの自由。……そうでしょう?」
「買収だと!? お前のような未開の地の女が、世界の管理者を買い取るというのか!? 資金がどこにある!」
「あら。魔法が消えて困っているのは、あなたたちも同じでしょう? ……シエル、報告を」
「はい。黄金国が使用している『黄金の魔力』。そのエネルギー源である特殊鉱石……。先ほど、ショウ様の分析により、帝国の北部に眠る『廃棄物』から抽出可能であることが判明いたしました。……現在、その鉱床はすべてエレノラ様の個人所有となっております」
リンの顔が、急速に青ざめていきました。
「あなたたちが誇るその鉄甲船も、その金板も。……わたくしが供給を止めれば、一晩でただのガラクタに変わりますの。……さあ、リン様。条約の相談などしていられませんわ。……御社の経営権、わたくしが適正価格(タダ同然)で引き取って差し上げますわよ?」
私は扇を広げ、最高に不敵な、そして最高に「強欲な」微笑みを浮かべました。
「準備はすべて整いましたわ。……世界を支配しているつもりだった皆様。……今日からあなたたちは、わたくしの帳簿の『負債項目』の一部ですわよ」
清算の第二幕。
それは、神と管理者を相手取った、史上最大の『敵対的買収』の始まりでした。
おかえりなさいませ。
「完結」という名のインターミッションを終え、エレノラ様の帳簿が再び開かれました。
せっかく大陸を統一したのに、今度は「世界の運営」を名乗る不遜な連中が、エレノラ様の利益を横取りしに来たようです。
……ですが、彼女がそれを許すはずがございませんわね。
「神を買い叩く」。
そんな無謀で知的な大逆転劇、どうぞ最後まで見届けてください。
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皆様の応援が、エレノラ様の「対神・買収資金」になりますのよ!
次回、第34話は『黄金国の「安売り」攻勢。よろしい、その在庫ごと買い叩きますわ』。
経済のプロvs世界の運営。清算の続きをお楽しみに!




