第30話:『聖女セレスティーヌの戴冠。宗教を「国家ブランド」として再構築いたしますわ』
「……これを『冒涜』と呼ばずになんと呼ぶのか! エレノラ顧問、あなたは神の座に、帝国の帳簿を置くつもりか!」
煤け、魔法の輝きを失った大聖堂。
かつて教皇が座していた高座を、私は今、解体業者たちに「撤去」させておりました。
抗議の声を上げたのは、瓦礫の中にしがみついていた、数名の老いた司祭たち。彼らの法衣は汚れ、かつての権威は見る影もありません。
「あら。冒涜、ですって?」
私は扇で埃を払い、振り返りました。
私の背後では、シエルが「聖堂跡地・再開発計画書」を広げております。
「司祭様。……わたくしがしているのは、単なる『ブランドのクリーンアップ』ですわ。……あなたたちが『神の奇跡』と呼んで売り捌いていた商品は、魔法消失という未曾有の事態に対して、一ドルの保険金も支払えませんでしたわね? それは経営者として、明白な債務不履行ですわ」
「そ、それは天災であって……!」
「いいえ。リスク管理の不足です。……シエル、通達を」
シエルが事務的な冷徹さで、羊皮紙を読み上げます。
「本日をもって『聖教会』の商標、および全教義の著作権を、ドラクロワ帝国が接収いたしました。今後、許可なく『神の代理人』を名乗る行為は、知的財産権の侵害、および詐欺罪として処罰されます」
「な……な……!」
「司祭様。伝統に縋るお時間は終わりました。……今日からは、わたくしがプロデュースする『新しい希望』に、その席を譲っていただきましょうか」
私が合図を送ると、聖堂の重厚な扉が大きく開かれました。
朝の光を背負って現れたのは、セレスティーヌ様。
彼女が纏っているのは、古臭い教会の法衣ではありません。帝国の最高級シルクに、新紙幣と同じ「黄金の刺繍」が施された、機能美と神聖さを両立させた新しい『制服』です。
彼女が歩み寄るたび、魔法が消えたはずの床に、物理的な温もりが広がっていくような錯覚に陥ります。
「……セレスティーヌ様。準備はよろしいかしら?」
「はい、エレノラ様。……私はもう、見えない神のために祈りません。……目の前で、あなたを信じて汗を流す民たちのために、この力を尽くしますわ」
彼女の声は、聖堂内に美しく響き渡りました。
私たちは共に、新しく設営された屋外の特設演壇へと向かいました。広場には、新紙幣を手にした数万の民衆が詰めかけています。彼らは飢えから救ってくれた私の「数字」と、心を癒やしてくれるセレスティーヌの「存在」を、等しく求めていました。
「帝国市民の皆様!」
私は、アラリック皇帝陛下の隣に立ち、広場を見渡しました。
陛下は、私の肩にその大きな手を置き、力強く宣言します。
「今日、この大陸から『不安』という名の闇を追放する! 魔法が消えても、帝国は揺るがない。……なぜなら、我々には実体のある富と、そして新たな『聖導院』の象徴、セレスティーヌがいるからだ!」
アラリック様が、黄金の冠――神ではなく、帝国の繁栄を象徴する麦の穂が刻まれた冠を、セレスティーヌ様の頭上に戴かせました。
――わあああああっ!!
魔法の演出など必要ありませんでした。
飢えを凌いだパンの味と、明日への生活を保証する紙幣の感触。その実感が、数万の民衆を熱狂的な歓声へと変えたのです。
「セレスティーヌ様。……これからは、あなたの名前が刻まれた『救済債権』が、この大陸で最も価値のある『信頼の証』になりますわ」
私は彼女の耳元で囁きました。
そう。これは単なる戴冠式ではありません。
『聖女』という究極のブランドを帝国が独占し、それを裏付けにして、さらに強固な経済圏を構築するための『上場会見』なのですわ。
人々がセレスティーヌに膝を突くたび、帝国の信用力は天をも貫くほどに跳ね上がっていきました。
「……エレノラ。恐ろしい女だな、君は」
式典の喧騒の中、アラリック様が独り言のように呟きました。
「神を殺し、その死体に新しい看板を立てて、民衆を狂喜させるとは。……君の手にかかれば、地獄の業火すら発電の燃料に変えてしまいそうだ」
「あら陛下、素晴らしいアイデアですわね。……今度、ショウに試算させてみましょうか?」
ふふ、と私は笑い、手にした扇で西の方角を指し示しました。
「ですが、めでたい話ばかりではございませんわ。……西方の自由都市連合。彼らはわたくしが発行した新紙幣を『紙屑』と呼び、独自の銀本位通貨を発行したようです」
「……為替の戦争か。軍隊を動かすか?」
「いいえ。……暴力で奪えば、その地の生産性は落ちますわ。……それよりも、彼らの通貨を『法的に紙屑』に変える方が、よほど効率的ですわよ。……シエル、準備は?」
「はい。自由都市連合の主力輸出産業である『羊毛』。その全在庫を、帝国が秘密裏に空売り(ショート)する手配が完了いたしました。……一ヶ月後、彼らの国に溢れるのは、価値を失った銀貨と、買い手のつかない羊毛の山だけですわ」
準備は、すべて整いましたわ。
神の権威を再構築した次は、大陸中の『欲望』をわたくしの計算機の中に収めて差し上げます。
西方の王たち。
あなたたちの「自尊心」という名の不良債権、わたくしが二束三文で買い叩いてあげますわよ。
お読みいただきありがとうございます。
宗教を「ブランド戦略」として再利用し、セレスティーヌ様を帝国のアイコンとして戴冠させたエレノラ様。
「信仰を救済債権に変える」という、神をも恐れぬ不敵な知略、楽しんでいただけましたでしょうか。
セレスティーヌ様も、エレノラ様の「プロデュース」によって、かつての囚われた聖女から、新時代の象徴へと羽ばたきましたわね。
しかし、帝国の覇権に抗う「西方の自由都市連合」がついに牙を剥きました。
軍事力ではなく、為替と空売りによる「経済的な殲滅」。
エレノラ様が放つ、大陸規模の空売り攻撃が、西方の都市をどう焼き尽くすのか……。
「経済戦のワクワクが止まらない!」「エレノラ様の冷酷な微笑みがもっと見たい!」
そう思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】と【評価】をお願いいたします!
皆様の評価が、西方の羊毛市場を暴落させるエレノラ様の「売り注文」の重みになりますわ!
次回、第31話は『準備はすべて整いましたわ。……さあ、魔法なき世界の「新秩序」を書き込みましょう』。
第2部・帝国動乱編、ついにクライマックスへ!
どうぞお楽しみに!




