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婚約破棄、結構ですわ。ただし私が裏で支えていた王室予算三万枚、今すぐ一括返済してくださるかしら?  作者: 朝比奈ミナ


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第29話:『不換紙幣の恐怖。神の加護が消えた国の、一晩のハイパーインフレ』

「熱い、熱い、熱いぃぃぃっ!! た、助けて、わたくしは聖女、わたくしは救世主なのよぉっ!!」


 帝都・中央広場に、リリアナ様の絶叫が木霊していました。

 自ら盗み出したショウの『燃料』に火をつけ、英雄気取りで演説をぶち上げた代償は、彼女の両腕を焼き、彼女を煽動者として捕縛しようとする群衆の怒りとなって返っていました。

 魔法が消えたこの世界で、その火を消す水は魔法の杖からは出てきません。


「……醜いですわね。シエル、あれが『非合理な感情』に身を任せた者の末路ですわ」


 私は、炎に照らされる馬車の窓から、広場に広がる地獄絵図を冷ややかに眺めていました。

 リリアナ様は兵士たちに泥を塗られながら引きずられていきました。かつての聖女の面影など微塵もありません。彼女に残されたのは、帝国に対する莫大な損害賠償という名の『負債』だけですわ。


 ですが、本当の地獄は火が消えた後に始まりました。


「パン一つが銀貨五十枚!? 昨日まで銅貨五枚だったじゃないか!」

「うるさい! 魔法が消えて物流が止まったんだ。金がなければ飢え死ぬだけだぞ!」


 闇に包まれた市場では、強欲な商人たちが松明の光の下で、市民の弱みに付け込んだ便乗値上げ――いいえ、ハイパーインフレを加速させていました。

 魔法という『裏付け』を失った旧教会の金貨や、旧王国の紙幣を、人々はゴミのように投げ捨て始めていたのです。


「……エレノラ。街は混乱の極みだ。今すぐ騎士団を出し、力で価格を抑えさせるか?」


 隣に座るアラリック様が、剣の柄に手をかけて問いかけました。

 私はゆっくりと扇を閉じ、微笑みました。


「いいえ、陛下。剣で価格を叩いても、市場は余計に歪むだけですわ。……価格を支配するのは、暴力ではなく『圧倒的な供給』と『信頼』です」


 私は馬車を降り、混乱の渦中にある市場の競売台へと上りました。

 

「皆様! 静まりなさいな!」


 拡声器の魔法は使えません。ですが、私の声には、混乱する群衆を一瞬で黙らせる『数字の重み』がありました。


「パン一つに銀貨五十枚? ふふ、随分と安く買い叩かれたものですわね。……シエル、開けなさい」


 私の合図で、背後に待機していた帝国輸送部隊が一斉に荷馬車の覆いを取り払いました。

 そこにあったのは、魔法の消失を見越して数ヶ月前から北方の直轄領から運び込ませていた、数万トンの『乾燥小麦』と、新鮮な『保存食』。


「……なっ!? なぜこんなに食糧が……!」


 商人が目を見開きました。

 私は彼を指差し、冷酷に宣告しました。


「今日から、帝都の食糧価格はわたくしが決定いたします。……パン一つ、新帝国銅貨一枚。……ただし! 旧教会の通貨や、旧王国の紙幣での支払いは一切受け付けませんわ」


「な、なんだと!? なら、どうやって買えばいいんだ!」


「簡単ですわ。……あちらに設置した『帝国投資銀行』の出張所で、お手持ちのゴミ……失礼、旧通貨を、わたくしの発行した『新帝国紙幣』に交換なさいな。交換レートは、一対一万。……つまり、あなたたちの財産は今、わたくしの裁定一つで万分の一の価値に格下げされたのです」


 市場に、絶望と沈黙が広がりました。

 魔法が消えたことで価値を失った旧通貨。それを、私が発行する「金本位制(現物の金で裏付けられた)」の新紙幣に強引に統合する。

 それは、大陸全土の富を一晩で私の帳簿に吸い上げる、合法的な強奪に他なりません。


「ふざけるな! そんなレートでたまるか! 俺はパンを銀貨五十枚で売り続けるぞ!」


 一人の商人が叫びました。私は彼に向けて、最高に甘美な微笑みを浮かべました。


「ええ、ご勝手になさい。……ただし、わたくしが放出したこの大量の小麦。これがある限り、誰もあなたの高いパンなど買いませんわ。……そして、明日にはあなたの手元に残るのは、誰も受け取らない紙屑の山と、売れ残ってカビの生えたパンだけ。……破産宣告の準備はよろしいかしら?」


「……っ、う、うあぁぁぁぁ!」


 商人はその場に崩れ落ちました。

 自由競争? いいえ、これは『独占』による処刑ですわ。


「セレスティーヌ様。出番ですわよ」


 私は、馬車の影で震えていた真の聖女セレスティーヌを前へと促しました。

 彼女は、魔法ではなく、私から手渡された「帝国印の配給チケット」を持って、飢えた民衆の前に立ちました。


「……皆様。神の加護は消えましたが、帝国の『慈悲インフラ』はここにあります。……どうか、このチケットを受け取ってください。これは、エレノラ様が約束してくださった、明日の食事の証です」


 民衆は、魔法の光よりも温かい、その「食糧の保証」に涙を流して縋り付きました。

 セレスティーヌを希望の象徴に、そして私を経済の支配者に。

 魔法が消えた暗闇の中で、帝都の支配構造は完全に書き換えられたのです。


「……見事だ、エレノラ」


 アラリック様が、私の腰を引き寄せ、耳元で熱い吐息を漏らしました。


「世界が燃える中で、君だけが冷徹に『利益』を収穫している。……君を私の隣に据えたのは、人生で最高の投資だったようだ」


「ふふ、陛下。配当はこれからですわよ。……さて、シエル。暴動で焼けた教会の跡地、すべて差し押さえたわね? あそこを、魔法に頼らない『新産業特区』として再開発いたしますわ。……工員は、破産した旧貴族たちを安く使いなさいな」


 準備は、すべて整いましたわ。

 魔法が死んだ後の世界を、私の『数字』が支配する。

 神様。……あなたの不在を嘆く必要はございません。これからは、わたくしがこの世の『価値』を司る唯一の神になりますのよ。


 しかしその時、帝都の正門から、血相を変えた伝令が飛び込んできました。


「エレノラ顧問! アラリック陛下! ……西方の自由都市連合が、帝国の新紙幣を拒否し、独自の『反魔法同盟通貨』を発行! 帝国の物資をボイコットすると宣言しました!」


 あら。

 わたくしの新秩序に、不穏な『売り』を仕掛けてくる愚か者がまだいるようですわね。


「……面白いですわね。為替戦争……望むところですわ。……シエル、対抗措置として『全港湾の封鎖』と『関税の五百倍引き上げ』の準備をなさいな」


 私の清算は、一国に留まるような小さな器ではございませんの。

お読みいただきありがとうございます。

「一晩で旧通貨を紙屑にする」。

魔法消失によるハイパーインフレを逆手に取り、大陸の富を新紙幣に強制統合したエレノラ様。

便乗値上げを目論む商人を「圧倒的な備蓄」で叩き潰す様、スカッとしていただけましたでしょうか。


セレスティーヌ様を「配給の女神」として担ぎ上げ、信仰を経済に組み込む手腕も冴え渡っておりますわ。

ですが、帝国の独走を許さない勢力が、ついに「為替」という武器を持って立ち上がりました。


経済、法律、そして今度は「通貨の信用」を賭けた大陸規模の戦争へ。

エレノラ様は、どうやって西方の同盟を買い叩き、屈服させるのか。


「為替戦争編が楽しみ!」

「旧貴族たちの工場勤務生活が見たい!」

そう思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】と【評価】をお願いいたします!

皆様の評価が、西方の都市連合を破産させるエレノラ様の「空売り資金」になりますわ!


次回、第30話は『聖女セレスティーヌの戴冠。宗教を「国家ブランド」として再構築いたしますわ』。

神をも資本に組み込むエレノラ様の、さらなる覇道をお楽しみに!

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