第13話:『帝国の最高経済顧問、その初仕事は「全貴族の資産査定」ですわ』
ドラクロワ帝国の帝都、その中心にそびえ立つ『黒龍宮』。
王国のそれとは比較にならないほど巨大で、威圧的な静寂に包まれた謁見の間を、私は一歩ずつ、確かな足取りで進んでいきました。
左右に居並ぶのは、大陸最強の軍事力を支える帝国の重鎮たち。
彼らの視線は、王国の貴族たちのように軽薄な嘲笑ではなく、もっと重苦しく、排他的な『敵意』に満ちていました。
「……陛下。正気ですか。このような、滅びゆく国から逃げ出してきた小娘を、我が帝国の『最高経済顧問』に据えるなど。帝国の伝統と誇りを、なんと心得ておられるのか!」
玉座のすぐ傍らに立つ、白髪の巨漢――ヴァレリウス大公が、地響きのような声で吠えました。
彼は帝国の保守派を束ねる首領であり、魔導騎士団の総帥。
彼にとって、経済や帳簿などは『卑しい商人の仕事』であり、帝国の栄光は武力のみによって保たれると信じて疑わない御仁です。
アラリック様は、玉座に深く腰掛けたまま、不敵な笑みを浮かべて私を見ました。
「ヴァレリウスよ。誇りで腹が膨れるなら、君の騎士団に食糧を配る必要はなくなるな。……エレノラ、挨拶をしてやれ。この頑固者たちに、君が何を持ってきたのかを」
私は、優雅に、だが一点の隙もなくカーテシーを捧げました。
そして、ヴァレリウス大公の射抜くような視線を、真っ向から受け止めます。
「はじめまして、帝国の皆様。ロスタール公爵家令嬢、エレノラですわ。陛下より大命を授かり、本日より皆様の『財布の中身』を、少々整理させていただくことになりましたの」
「……財布の中身だと? 無礼な! 我ら帝国貴族は、陛下への忠誠と武勲によってその地位を保っているのだ。貴様のような女に、何がわかる!」
「あら。忠誠と武勲……素晴らしい響きですわね。ですが大公、あなたのその『誇り高い魔導騎士団』。先月の魔力石の消費量が、軍事予算の三割を超過しておりますわ。……その穴埋めに、帝都中央銀行から『無利息』という名の不当な強制融資を引き出していらっしゃいますわね?」
会場の空気が、一瞬にして凍りつきました。
ヴァレリウス大公の顔が、怒りから驚愕へと染まっていく。
「な、なぜそれを……」
「わたくしの前で、『なぜ』という言葉は無意味ですわ。……シエル」
背後に控えていたシエルが、一束の分厚い書類を掲げました。
「これは、過去五年にわたる帝国全貴族の資産状況、並びに不正蓄財、公金流用の実態を調査した『中間報告書』ですわ。……皆様、伝統や誇りを語る前に、まずはご自身の帳簿の『赤字』をどう清算なさるか、お考えになった方がよろしいのではなくて?」
ざわざわ、と。
会場にいた貴族たちが、一斉に顔を見合わせ、動揺し始めました。
彼らは私がただの『亡命令嬢』だと思い込み、自分たちの懐事情を把握されているなど夢にも思っていなかったのでしょう。
「……エレノラ・フォン・ロスタール! 貴様、我々を脅迫するつもりか!」
「脅迫? いいえ、これは『査定』ですわ。……陛下、ご提案がございます」
私はアラリック様を仰ぎ見ました。
「本日より、帝国全貴族を対象とした『信用格付け制度』を導入いたします。資産、納税実績、経営能力を数値化し、一定基準を下回る貴族からは、徴税権および領地経営権を一時的に剥奪し、帝国の直轄管理下に置くべきですわ」
「な……っ!? そんなことが許されるはずがない!」
「許されるか否かではありません。……『破産』した者に、他人の生活を預かる権利などない。ただそれだけの理屈ですわ」
私は、ヴァレリウス大公に向けて、最高に甘美で、最高に冷酷な微笑みを浮かべました。
「大公。あなたの騎士団も、明日からは私の『承認』がなければ、剣一本新調することはできませんわ。……誇りだけでは、鉄は打てませんもの」
ヴァレリウス大公の膝が、わずかに震えるのを見逃しませんでした。
王国の無能な王子とは違う、百戦錬磨の武人。
そんな男が、私の手にある『たった一枚の紙切れ』に、恐怖を感じている。
準備は、すべて整いましたわ。
帝国という名の巨大な怪物を、私の数字で飼い慣らす。
その最初の一歩が、今、刻まれたのです。
第13話、お読みいただきありがとうございます。
第2部、開幕です!
「誇りで腹が膨れるなら、騎士団に食糧を配る必要はありませんわね」
エレノラ様の容赦ない正論が、帝国の巨頭・ヴァレリウス大公を射抜きました。
これから始まる、帝国貴族たちの「資産査定」という名の処刑劇。
果たして生き残れる貴族はいるのでしょうか……?
そして、エレノラを「最高経済顧問」として迎えたアラリック皇帝の真の狙いとは?
第2部もノンストップで突き進みますわ。
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次回、第14話は『ヴァレリウス大公、あなたの「誇り高い騎士団」の維持費は誰が払うのかしら?』。
大公の最後の抵抗を、エレノラ様がどう「清算」するのか。
どうぞお楽しみに!




