第12話:『跪いて乞うが良い、金の滴一突きまでな』
アルテマ王国の旧王都に、かつてないほど盛大で、かつてないほど『静かな』パレードが通り抜けていました。
石畳を叩く白馬の蹄。ドラクロワ帝国の双頭の龍を刻んだ、純金と魔法ガラスの馬車。
その中に座るのは、皇帝アラリック様と、今日この広大な領地の『最高統治権』を委ねられた私、エレノラ・フォン・ロスタールです。
沿道を埋め尽くす民衆は、かつて私に石を投げた時とは打って変わり、熱狂と、救いを求める祈りの眼差しを向けていました。
彼らは理解したのです。
空虚な『愛』を語る王子よりも、無責任な『奇跡』を振りまく聖女よりも――自分たちの明日のパンを保証し、冷えた暖炉に薪を届ける、『計算高い悪役令嬢』の署名こそが、この世で最も尊いということを。
「……エレノラ。見ろ、あそこに醜い影がいるぞ」
アラリック様が、窓の外を低く笑って指さしました。
パレードの端、荷車の陰で、泥にまみれた男女が兵士に突き飛ばされています。
セドリック。そして、リリアナ。
二人は、かつて自分が捨てた女が世界で最も高貴な輝きを放って通り過ぎるのを、ただ指をくわえて眺めることしかできません。
リリアナ様は、かつて自分が『マヨネーズ』で買収した食堂の店主に「食い逃げ女め!」と汚水を浴びせられ、泥の中で泣き叫んでいました。
私は、馬車を止めさせました。
そして窓を開け、彼らに――かつての婚約者と、その聖女に――まっすぐ視線を向けます。慈悲ではなく、帳簿の最後の一行を確認する者の目で。
「セドリック殿下。リリアナ様。最後に、一つだけ申し上げておきますわ」
二人が、泥の中から私を見上げました。
「あなた方の借金は、これから『複利』で増え続けます。この国がどれほど豊かに生まれ変わろうとも、あなた方だけは、その繁栄の外側で、利息の鎖に繋がれ続けるのですわ。……それが、価値を見誤った者へ請求される、ただ一つの『代金』ですの」
私は窓を閉じ、御者に合図しました。馬車が再び、ゆっくりと進み出します。
背後で、二人の名を呼ぶ声とも、すすり泣きともつかぬ音が、車輪の響きに溶けていきました。
「お嬢様。あの方々の処遇は、いかがいたしましょう。帝国の『更生プログラム』へ?」
シエルの問いに、私は扇を閉じて答えました。
「いいえ。『旧アルテマ王国の管理代理人』という、名前だけの肩書きを与えて残しておきなさい。……この国は、これから始まる、もっと大きな仕事の『最初の一頁』ですもの。生き証人は、いた方が面白うございますわ」
馬車は、王宮の門をくぐりました。
ですが、私の視線はもう、この小さな国にはありません。
海の向こう――武勲と血統を誇り、いまだ私の署名を一度も見たことのない、傲慢な帝国の重鎮たちが待つ、本物の戦場へ。
王子を相手にした、軽い清算は終わりました。次に向き合うのは、剣も、誇りも、私の数字より重いと信じて疑わない者たちですわ。
「準備は、すべて整いましたわ」
私はアラリック様の手を取り、新しい玉座へと歩みを進めました。
……さあ。次の頁を、めくりましょう。
(第1部・完 第2部「帝国動乱編」へ続く)
第1部、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
エレノラとアラリックの「王国清算編」は、ここで一旦幕を下ろします。
「準備はすべて整いましたわ」――この一言に最後まで付き合ってくださった皆様のおかげで、この結末を描き切ることができました。
ですが、エレノラの物語はここで終わりません。
第2部の舞台は、王子のような『無能』ではなく、武勲と誇りを盾にする帝国の重鎮たち。剣も、伝統も、彼女の「一枚の請求書」より重いと信じる者たちが、初めての強敵としてエレノラの前に立ち塞がります。
「王子相手のざまぁ」では終わらない、本物の経済戦を読みたい方は、ぜひ【ブックマーク】と【★★★★★】での評価をお願いいたします。
皆様の評価一つ一つが、私の新しい物語の原動力(資金)になりますのよ。
それでは、第2部「帝国動乱編」でお会いしましょう。




