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婚約破棄、結構ですわ。ただし私が裏で支えていた王室予算三万枚、今すぐ一括返済してくださるかしら?  作者: 朝比奈ミナ


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第14話:『ヴァレリウス大公、あなたの「誇り高い騎士団」の維持費は誰が払うのかしら?』

謁見の間での一幕から、三日。

 私はあえて格付けの公表を保留し、ヴァレリウス大公家の帳簿を、もう一度、隅々まで洗い直しておりました。


「お嬢様。大公家の運用費試算、まとまりましてございます」


 シエルが差し出した書面には、来月の魔導騎士団の運用費――人件費、食糧費、鎧の魔力充填費、並びに大公家の債務利子を合わせて、金貨五万枚と記されていました。

 アルテマ王国が一年かけて集める税収の半分に匹敵する、莫大な金額。そして大公家の金庫には、昨日の査定時点で、金貨三百枚しかございません。


 数字の上では、詰んでおりますわ。

 私が融資を止めれば、来月、彼の騎士団の食卓からパンが消える。それだけのこと。


 ……ですが、私はあの日、大公の背中が見せた「隙の無さ」を、まだ値付けできずにおりました。


 その答えは、翌朝、向こうからやって参りました。


 帝都の練兵場。私が査察に赴くと、そこには魔導騎士団の全兵が、雪の残る地面に整列しておりました。

 先頭に立つヴァレリウス大公は、旧式の鎧を纏い、私を待ち受けていたのです。


「来たか、経済顧問殿」


 大公は、跪きませんでした。


「貴様の試算は正しい。来月、この者たちの腹は空く。私にはもう、一枚のパンも買えぬ。……だが小娘、一つ見せておきたいものがある」


 彼が右手を上げると、二千の騎士が、一斉に剣を抜き放ちました。凍てついた空気を裂く、鋼の合唱。


「この者たちは、帝国中央銀行の融資で剣を抜くのではない。この老骨の号令で抜く。貴様が我が家を『破産』と書いた紙一枚で、二千の剣が北の国境から消える。……その時、魔獣を、隣国の兵を、貴様の帳簿が押し返してくれるのか?」


 私は、静かに息を呑みました。


 ――これが、私の『誤算』でしたわ。


 私は騎士団を、ただの『赤字の費目』として計上しておりました。けれど、この二千の剣は帝国の北を塞ぐ『唯一の壁』であり、その壁を積み上げているのは、金ではなく、この老いた武人への忠誠。

 大公を破産させて追い落とせば、私の帳簿はたしかに一行、綺麗になる。その代わりに、帝国は北の守りを丸ごと失うのです。彼は自分の首と引き換えに、私の勝利を『無意味』にできる。


 無謬の遠隔操作は、ここで終わりました。私は初めて、こちらの手札を一枚、切らなければならなくなったのです。


「……大公。一つ、訂正させてくださいまし」


 私は練兵場へ足を踏み入れ、抜き身の剣が居並ぶただ中を、大公の眼前まで歩みました。

 シエルが息を詰めるのがわかります。剣の一振りで首が飛ぶ距離。けれど、ここで馬車の中に留まっていては、この男は決して膝を折らない。


「わたくしの報告書は、たしかに『半分』しか見ておりませんでしたわ。あなたの騎士団の忠誠に、値をつけ損ねた。……認めます。これは、わたくしの査定の落ち度ですの」


 大公の眉が、わずかに動きました。私が非を認めるとは思っていなかったのでしょう。


「ですが大公。だからこそ、ご提案いたしますわ。――魔導騎士団を、格付けの対象から外します」


「……何?」


「その代わり、騎士団の予算は、貴族家の家計からではなく、帝国の『国防会計』として、わたくしが直接保証いたします。無利息の強制融資も、私的な流用も、もう要りませんわ。あなたは金の心配をせず、ただ北を守ることだけをお考えなさい。……鎧も、来月には新調して差し上げます。二十七名を雪で失うような、旧式の鎧ではね」


 二十七名。

 あの日、大公が突きつけてきた数字を、私が覚えていたことに、彼の表情が初めて崩れました。


「その代わり、大公。あなたには、家計の帳簿を帝国の直轄管理下に置いていただきます。ワインも夜会も、これからはわたくしの承認が要りますわ。……剣は好きに振るってくださって結構。ですが、その剣を研ぐ金は、わたくしが握る。それが、この取引の『対価』ですの」


 長い、長い沈黙がありました。

 やがて、ヴァレリウス大公は、抜いていた剣を鞘に収め――ゆっくりと、片膝を地についたのです。


 それは、屈服の膝ではありませんでした。武人が、対等と認めた相手にのみ捧げる、騎士の礼。


「……相分かった、経済顧問殿。この老骨の首より、二千の腹を選んでくれたこと、忘れはせぬ。北の壁は、私が引き受けよう。金勘定は、貴様に預ける」


「ふふ。……賢明なご判断ですわ、大公。良い『共同経営者』になれそうですこと」


 私は、跪く大公へ手を差し伸べ、彼を立ち上がらせました。

 処刑ではなく、握手。今日、私は一人の敵を潰すのではなく、一人の『壁』を手に入れたのです。


 ――けれど。

 この日、私が忠誠という変数に気を取られている間に、あの謁見の間を抜け出した貴族の影は、帝都の地下で、数字も忠誠も嗤う『別の力』と、静かに手を結んでおりました。

 そのことを、私はまだ知りません。


第14話、お読みいただきありがとうございます。

伝統のヴァレリウス大公、ついにエレノラ様の「請求書」の前に屈しました。

「誇りで鎧は直せませんわね」

エレノラ様の冷徹な正論、痺れていただけましたでしょうか。


これから始まる、大公家の再建劇。

エレノラ様は、旧態依然とした騎士団を、どう「利益を生む組織」へと変貌させるのでしょうか……?

そして、帝国の赤字は、黒字へと変わるのでしょうか?


面白かった!続きが気になる!と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】と【評価】をお願いいたします。

皆様の応援が、帝国の経済を回す魔力になりますのよ!


次回、第15話は『無能な伝統に支払う予算コストは、一銅貨たりともございませんの』。

帝国貴族たちの最後の抵抗、エレノラ様はどう「清算」するのか。

どうぞお楽しみに!

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