第10話:『一晩でゴミと化した王国の通貨』
ドラクロワ帝国、帝都の中央取引所。
大陸中の銀行家、両替商、大商会の代表が一堂に会するその大広間の壇上に、私は立っていました。
数百の視線が、ただ一枚の羊皮紙を手にした私に注がれています。
「皆様。本日、帝国最高経済顧問エレノラ・フォン・ロスタールの名において、一つ布告いたしますわ」
私は、羊皮紙を広げました。
「本日この刻をもって、アルテマ王国発行の銀貨、並びに同国名義の全債券を、ドラクロワ帝国経済圏における『不渡り(デフォルト)』として扱います。以後、当該通貨での決済を、大陸全土の加盟銀行にて停止いたします」
ざわり、と大広間が揺れました。
一国の通貨を、公衆の面前で『死んだ』と宣告する。それは戦の砲声よりも、よほど確実に国を殺す一手です。
「お、お待ちください、エレノラ顧問!」
列の中から、ひとりの初老の商人が進み出ました。アルテマ王都に本店を構える、老舗両替商の頭取です。
「それでは、我々がアルテマ銀貨で抱える債権が、一夜にしてすべて……っ! 後生でございます、せめて段階的な措置を……!」
「あら。あなた、半年前に私の商会が出した『アルテマ債、引き受け縮小』の通達を、お読みになりませんでしたの?」
私の問いに、頭取は言葉を詰まらせました。
「あの時、私は確かに警告いたしましたわ。『この国の信用は、間もなく担保を失う』と。それを『令嬢の戯言』と笑って、高利に目が眩んでアルテマ債を買い増したのは、どなたでしたかしら? ……投資の結果は、ご自身の判断の結果ですわ。私を恨むのは、筋違いというものですわよ」
「うっ……ぐ……」
「ご安心なさいな。価値あるものは、価値あるまま扱われます。価値のないものが、無価値として扱われる。……ただそれだけの、至極当然な帰結ですもの」
私は頭取から視線を外し、壇上に用意されたもう一枚の書類――『アルテマ王国全不動産担保権譲渡証』に、その場で羽ペンを走らせました。
数百の証人の前で、王国の土地そのものが、一筆で帝国の所有へと移ります。
「これで、あの国に王族の土地は一寸も残りませんわ。……セドリック殿下が今お立ちのその地面も、本日からは、私と陛下のものですのよ」
――同じ刻、アルテマ王都の噴水広場。
昨日まで銀貨十枚で買えたパンが、今日は百枚積んでも買えない。人々は手の中の金属が、ただの重いゴミに変わった現実に、正気を失っていました。
その混乱の中へ、紋章を隠すことも忘れた王家の馬車が突っ込み――民衆の投げる石の雨に、たちまち呑まれていきます。
「こいつだ! こいつがエレノラ様を追い出したせいで、俺たちの金がゴミになったんだ!」
その光景の報せを、私は取引所を辞した馬車の中で、シエルの口から聞きました。
「お嬢様。王都にて暴動。王太子の馬車が群衆に囲まれ、リリアナ様は……かつて自分が買収した食堂の店主に、引きずり出されたとのことです」
「そう」
私は、ただ一言だけ返し、窓の外へ目を移しました。
水晶の魔法映像で覗き見るような趣味は、私にはございません。
数字で下した判決の、その執行の様子を、いちいち眺める必要などないのですから。
「準備は、すべて整いましたわ。……さあ、次は誰が、この『更地』を買いたいと名乗りを上げるかしら」
馬車は、黄金の都へと静かに走ります。
すべてを清算したあとに残るのは、計算通り――清々しいほどの、虚無だけでしたわ。
第10話、お読みいただきありがとうございます。
今回は、エレノラが大陸中の商人の前で一国の通貨に「死」を宣告する回。水晶越しに眺めるのではなく、自分の足で壇上に立ち、自分の口で布告し、自分の手で署名する――その「公開処刑」の冷たさを込めました。
「私を恨むのは筋違い。投資の結果は、あなた自身の判断の結果ですわ」。この一言、痺れていただけましたか?
いよいよ物語は、清算の総仕上げへ。
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次回、第11話は『辺境の不毛の地? いえ、ここは私の「新帝国」ですわ』。
旧王宮の玉座の間で、エレノラとセドリック、そしてリリアナが、最後に相まみえます。
どうぞお楽しみに!




