運命の分岐
「それで、廃人になることをわかった上で多くの巫女達を犠牲にしたのか。……許せん!」
怒りに身を震わせながら、海斗は剣を抜き、足元に力を込めて一歩前に踏み出す。
その瞬間、鋭い殺気が場に満ちた。
ただ、海斗のその言葉を聞いた結衣は少しばつが悪そうな表情をして一瞬下を向いた。が、すぐにダガーを握り直し顔を上げた。
「結衣、お前がこの世界に転移する前に神様にお目通りしたと言うのも……」
海斗の言葉には怒気が含まれていた。結衣は眉毛一つ動かさず
「そう、全くの嘘よ。あなたがチャームのスキルを持っていることや異世界間をつなげるトンネルを作る魔法に目覚めること、そしてその呪文は古代魔道書の最終ページに書いてあることは、あなたが召喚される以前に、巫女の神託によって私たちは知っていた」
とこともなげに答えた。海斗は少しムッとしながらも
「まだ他に俺を騙していることはないんだろうな」
と答えを期待していない問いを発した。
すると、海斗は自分の発言を聞いて、エルシオン王国の関所で男の隊長にチャームのスキルが効いたことを思い出した。
「ひょっとして、俺のチャームのスキルは異世界の女性だけでなく……異世界の男にも、効くのか?」
カイアンはおやっという表情を見せると、ふてぶてしく笑いながら
「さあて、それはどうかな……? しかし、仮にそうだとして海斗、君が男も魅了できることを知ってしまったら、私が用意した試練も難なくクリアしてしまっていただろう? だったら、例え男を魅了できたとしても、それを黙っているのが当たり前なんじゃないのかな?」
と海斗の神経を逆なでするように言った。海斗は剣を、手のひらから血がにじみそうなほど強く握り、
「お前が俺を召喚したせいで、どれだけ理不尽な目に遭ったか。そして男も魅了できることを知らなかったせいで、俺は何人もの刺客を、男を殺すはめになったんだ!」
と叫んだ。
「その者たちは、海斗、君が魔力を増して異世界とのトンネルを作る魔法を使えるようになるために、その肥やしとなるために生まれてきたのだ。それ以上でもそれ以下でもない」
そうカイアンが言うと、アンジェリカが会話に入り込んできた。
「ちょっと待って! じゃあ私と海斗を戦わせようとしたのも……」
カイアンは不敵に笑いながら、声にわずかな嘲りを含ませた。
「そう、エリザベスやアンジェリカと戦って、海斗が経験値を得るためにだ。ついでに海斗がアンジェリカを殺してくれていたら、私の正体を知る者もいなくなるし、一石二鳥のはずだったんだがな。それが海斗の味方になるとは……。人生とは全く上手くいかないものだ」
海斗はカイアンの一方的なもの言いに、さらに怒りを覚え、体が熱くなっていた。握りしめた剣が微かに震え、海斗の体から立ちのぼる殺気が、さらに鋭さを増していく。
カイアンはそんな海斗の感情などお構いなしに、
「もう変装も意味はあるまい。スキル、リブーム・ザ・ディスガイズ」
と唱えると、カイアンは老人の顔から海斗の顔へと変わった。
カイアンは不敵な態度で
「そう、カイアン・モーティスは仮の名前、 私の本名は高橋海斗だ。君とは微妙に世界が異なる平行世界から来た高橋海斗と言えばわかりやすいかな?」
と芝居がかった調子で、自らの正体を告げた。
「ダーリンの顔だ!」
「確かに、海斗さんの顔です!」
「……やはり、あなたは勇者・海斗だったんですね」
この言葉を聞いて、アリシアとレイナは驚きの声をあげた。ただ一人、エリザベスは自分の推測に確信を持てたようだったが。
この後、誰もが口をつぐんだ。風は止み、聖堂の扉が微かに軋む音が聞こえるほどの静寂。この沈黙が、嫌でもこの事実を噛みしめる時間を与えていた。もはや、心を完全に失ったような無表情を浮かべる平行世界の結衣が――
不気味な存在だと、海斗は心の奥底で認めざるを得なかった。……あの笑顔で笑っていた結衣はどこに行ってしまったのであろう?
すると海斗は海水浴場で心肺停止になった結衣のことを思い出した。
「でもどうして平行世界の結衣は元気に生きている? 俺の世界の結衣は、海水浴場で溺れた子供を自力で助けようとして心肺停止になった。平行世界では違うのか?」
カイアン、いや平行世界の海斗は少し考えていたが
「君は……結衣が子供を助けると言ったとき、止めなかったんじゃないのか? 私は結衣に自力で助けることを思いとどませて、一緒にライフセーバーを呼びに行った。その結果、結衣は助かったが、子供は死んだ」
と淡々と語った。
「俺の世界では子供が助かって、結衣が心肺停止になった……」
平行世界の海斗は笑いながら
「おそらく、君の世界の結衣はその後死んだんじゃないのか。そこが起点となって、君の世界と私の世界が分かれて、お互いが平行世界になった。そう考えたら辻褄が合う」
と言った。
「そ……そんな……」
海斗の膝が震えた。信じられない。結衣が死んでいる?
全身から血の気がひく感覚に襲われた。唇を強く噛みしめ、海斗はなんとか平静を保とうとしたが、込み上げる感情を抑えきれず、涙で視界がゆがむ。
「結衣……俺の知っている結衣は、もういないのか? いや、そんな筈がない!」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
結衣の嘘が、そしてカイアンの所業が明らかになった回になりました。
そして海斗が聞きたくなかった『運命の分岐』も──。
海斗は、この事実から立ち直れるのでしょうか。
そして、平行世界の海斗は、なぜこんな人間になってしまったのか。
次回以降、その答えが明らかになっていきます
引き続き読んでいただければ嬉しいです。




