結衣
呪文の詠唱が終わると、ガラスの軋むような音が鳴り響き、空間にひびが走る。次の瞬間、闇の穴がぽっかりと開き、闇の中へと凄まじい烈風が吹き込んだ。
エリザベスは、
「皆さん、床に伏せて下さい!」
と叫んだ。
全く何のことか理解できなかった衛兵たちは、たちまち穴の中に吸い込まれていった。
幸い、早めに床に伏せた海斗たちに被害は出なかった。魔法は不完全だったのか、空間の穴はじわじわと縮小し、やがて完全に消滅した。巻き込まれた衛兵たちは初めから存在しなかったかのように、叫び声と共に消失した。
カイアンは舌打ちをし、結衣は眼を丸くし、今起きたことが信じられないといった表情を浮かべていた。
「今だ、入ってきた扉から大聖堂を経由して、大聖堂の出口から逃げるぞ」
アリシアはそう叫ぶと、扉を開けて、謁見の間の外へと出た。武器を預かっていた衛兵は一人しかおらず、アリシアは一瞬で距離を詰めた。そして、鋭く踏み込むと、地を蹴る勢いを乗せたアッパーカットが衛兵の顎を打ち抜いた。
衛兵は意識を失い崩れ落ちた。謁見の間から出てきた海斗たちが、床に置いてあった、それぞれの武器を次々と拾うと、アリシアは
「大聖堂の出口に向かうぞ」
と叫んだ。
海斗が殿となって、海斗たちは大聖堂の中央通路を走り、中央出口から外に出た。すると、中央出口から海斗たちを追って来た二十数名の衛兵も外に出てきた。また、門番をしていた衛兵五、六名が門から海斗たちに近づいてきて、海斗たちはサンクト・ルミナス大聖堂の敷地内で完全に囲まれた。
そして、余裕しゃくしゃくの表情のカイアンが中央出口から出てきて、こう言った。
「海斗、もう一度、先程の呪文を唱えろ。ただし今度は、私が君に貸した剣を媒体にしてな。どうやら剣なしでは、満足に魔法の一つも発動できないみたいだからな……私をこれ以上失望させるなよ、海斗!」
海斗は
「カイアンさん、本当にあなたは、フェルノスの森で俺を助けてくれた、あのカイアンさんなのか?」
と信じたくない、といった表情で尋ねた。
「そうだとしたら?」
とカイアンは笑いながら聞き返した。
「どうしてだ? どうしてこんなことをする! あの親切で優しかったカイアンさんと同一人物だとは思えない」
「ハハハ、海斗君、君はまだ青臭い子供だ。大人の事情はわかるまい」
「俺と結衣を賞金首にしたのも、カイアンさん、本当にあなたなのか?」
「もう隠していても仕方あるまい。その通り、君たちを賞金首にしたのは私だ!」
アンジェリカが、海斗とカイアンの会話に割って入って
「ほらね、私の言った通りでしょう」とドヤ顔で言った。
「カイアンさん、いやカイアン。俺たちは修道院で正気を失った巫女たちを見てきた。一体何が目的でこんなことをする?」
カイアンは
「そんなことは君が知る必要はない。知りたかったら、せいぜい実力で私に言わせるのだな、ハハハハ」
と高らかに笑った。
「そうかよ」
海斗はそう言うと、エリザベスに目配せをした。エリザベスは詠唱する。
「全知全能なる神よ、敬虔なる者たちに御力を分け与え給え、フィジカルエンハンス!」
詠唱が終わると青白い光に包まれた海斗は、カイアンと海斗の間にいた衛兵たちを跳び越え、カイアンに一太刀浴びせようとした。そして、
「どうしても言わないというのであれば、アンタの言うとおり実力で言わせてやる!」
と叫んだ。
……しかし、海斗の背後から影が飛び出すと、その影はカイアンと海斗の間に割って入り、海斗の剣をダガーで受け止めた。
……その影とは結衣だった。
海斗は驚き、一体何が起きたのか全く理解できなかった。結衣は頭がおかしくなったのか、それとも錯乱の魔法でもかけられたのか。海斗は、
「結衣、どうした、結衣? どうして俺たちを賞金首にした奴をかばう?」
と叫んだ。カイアンは、
「結衣のことは、最後まで海斗には秘密にしておきたかったのだがな。しようがない、結衣、本当のことを言ってやれ」
と言いながら不敵な笑みを浮かべた。
結衣は、今まで見せたことのない厳しい表情で、海斗の目をまっすぐに逸らすことなく見つめた。その瞳には、迷いも、ためらいも、言い訳もなかった。 ……覚悟だけが宿っている――海斗にはそう感じられた。
そして、結衣は小さく息を吸うと、静かに口を開いた。
「私はね、海斗。あなたから見たら、平行世界の結衣なの。そして、カイアンの、いえ平行世界の海斗の……スパイだったのよ!」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
……これまで結衣に漂っていた違和感。その理由がついに明かされました。
海斗は、この事実を受け止めることができるのでしょうか。
そして、これから海斗と結衣の戦闘という名の殺し合いが始まるのか?
次回も読んでいただけると嬉しいです。




