洞窟に広がる疑念――作戦前夜の不協和音
「アンジェリカ、来てやったぞ!」
海斗は、アンジェリカの自宅兼魔法研究所の扉を叩いた。本音を言えば、解剖されかけたこの家には二度と足を踏み入れたくはなかった。
「はーい」
と緊張感のない返事が返ってきたかと思うと、フェイスパックをつけたままアンジェリカが姿を見せた。
海斗は昨日の出来事を思い出し、苦虫を噛み潰したような顔をした。
アリシアは怒りの形相で
「アンタがダーリンを解剖しようとした、アンジェリカか!」
と切り出した。
「そうよ、あなたのダーリン? を解剖しかけたアンジェリカよ」
その返答に皆が呆れた表情を見せた。
「今回は情報が欲しいから手を組んでやるが、本当なら叩き斬ってやりたいぐらいだからな! その辺をわきまえておけよ!」
とアリシアは凄んだ。
「おー怖い怖い。でも、素直に金貨1000枚を出していれば済んだ話よね? なまじお金をケチって、人にチャームのスキルをかけようとするからこんなことになったのではなくて?」
この返答には、アリシアだけでなく、レイナ、エリザベスもムッとした表情を見せた。結衣は、もうその言い草に慣れているからか、黙ってアンジェリカの方を見ていた。しかし、その無表情さは慣れというより『余計な感情を見せない、余計なことを言わないためのもう一つの仮面』のようにも思えた。
剣を抜こうとするアリシアに対して、海斗は
「もうそれぐらいにしろ、アリシア。時間が惜しい」
と仲裁に入らざるを得なかった。
「フン、ダーリンがそう言うから、今日のところはこれぐらいで勘弁してやる!」
しかし、アンジェリカはアリシアの発言が聞こえなかったかのように、
「それで、作戦はお仲間さんたちに知らせてあるの?」
と海斗に聞いて来た。
「俺がお前に捕まった体で、教会に捕まった人質と交換される。そして、あらかじめ隠れていたエリザベスが身体強化魔法を俺に詠唱、俺が拘束されている縄を断ち切ってひと暴れする。そして、敵の人数にもよるが、同じく隠れていた仲間達の援護を受けながら、人質を連れて逃げ帰る。それでいいんだよな」
「よくできました! その手はずでお願いね」
徹頭徹尾ふてぶてしい態度のアンジェリカに対して、アリシア、レイナ、エリザベスはいい顔をしない。海斗は思わずため息をついた。俺が一番の被害者である筈なんだけどな……と。
アンジェリカと合流後、西の洞窟の中で海斗たちは幾度となく魔物と出くわすこととなった。
「アリシア、オオムカデの頭がそちらに行った!」
「OK、ダーリン。弱点の頭の相手をするから、後ろから攻撃して牽制をしてくれ」
全長六、七メートルはあるオオムカデの頭には一対の触角と毒爪があり、眼は明暗しか区別できない。
「要は触角にさえ触らなければ、楽勝なんだよ!」
アリシアの叫び声が聞こえる。洞窟内の明かりは、エリザベスが光の魔法で球形の光源を宙に浮かしている。海斗は尾にある偽触角を斬り払い、アリシアが二本の触角を切り落とすと、オオムカデはのたうち回った。その隙を見逃さず、アリシアは頭部と胴部の間を断ち切った。
すると、頭部を失った胴部が暴れだし、待機していたレイナは鋭利な脚に襲われそうになった。次の瞬間、レイナの後ろから結衣が飛び出すと、ダガーを胴部の真ん中に突き刺し、そのまま胴部を縦断するように、胴部を左右にきれいに切り離していった。
レイナは完全に左右に分れたオオムカデの胴部の裂け目を見て
「すごい、きれいに切り離されている……」
普段、森の中で昆虫系の魔物と遭遇するレイナだからこそ、この神業のすごさを感じているのであろう。
「すごい、すごいですよ、結衣さん。こんな芸当見たことがありません!」
「はーい、よく出来ましたぁ~」
とアンジェリカも茶化すように、わざとらしく拍手をした。
「アンジェリカ、お前も仕事をしろよ!」
とアリシアは怒りを露わにした。
「あら~、もっと手ごわい敵に遭遇するまで魔素の使用を控えているだけよ」
ホホホと笑うアンジェリカ。本当にふてぶてしい。アリシアは、
「はぁ、結衣が仕事をするようになったかと思ったら、今度はアンジェリカかよ」
と嘆いた。
しかし、この芸当を見た、エリザベスは無言のまま眉をひそめて結衣を見ていた。そして、アリシアに耳打ちをした。
「結衣さんは急に盗賊のスキルに目覚めたのではなくて、以前から盗賊だったのではないでしょうか? この戦闘能力を見せられたら、そう思わざるを得ません」
「確かに、な」
アリシアは思わず頷いた。
「結衣さんは、実は海斗さんが死なない程度に戦闘の経験値を積ませるため、自らの戦闘能力を隠していたのではないでしょうか?」
アリシアは
「それで、ダーリンが死にそうになった、フェルノスの戦いやアンジェリカの解剖の時だけ本性を顕わして、助けに行ったと? でも、そんなことをする理由は?」
と少し不思議そうに聞き返した。
「わかりません。でも、そう仮定すると全てがうまく説明できると思うのですが……」
結衣は褒められると少し素に返ったように笑顔を見せたが、二人の視線を感じると無表情に戻った。その視線に気づいて心が痛くてもそんな様子は一切見せまい――そんな虚勢にも見えた。結衣は、今は隠していた理由に関して何も言えないが、さりとて戦闘に参加すると言った以上戦闘能力を見せずにはいられないというジレンマに陥っている、と海斗は思えた。結衣の無表情と仲間たちの視線が交錯し、場の空気が一瞬、張り詰めた。結衣の沈黙は、どんな言葉よりも重く、海斗は窒息しそうな感覚に襲われた。
「こほん、では奥に進むぞ」
本当にこのままで、作戦は上手くいくのか? 海斗の脳裏には「不安」の二文字がよぎった。
今回も読んでくださり、ありがとうございます。
洞窟での戦闘は、結衣の参戦もあって順調に進んでいるように見えましたが
その裏で、パーティ内での心理的な戦いが始まっていました。
仲間たちの視線。
結衣の沈黙。
そして、海斗の胸に残った不安とわだかまり。
作戦前夜に生まれたこの『不協和音』が、
これからどのような形で波紋を広げていくのか――
その答えは、もう少し先で明らかになります。
引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。




