炎の覚醒
その時であった。
「……炎の精霊よ、我が剣に地の底に眠る炎の一部を分け与え給え、火炎斬!」
という詠唱が聞こえてきたかと思うと、地から吹き出た赤黒い炎は蛇の如く地を這い、獲物を狙うように一瞬でブラックローズのヒーラーと魔法使い、そして男剣士一人を包み込んだ。人と森の空気を焼くバチバチという音と、辺りに焦げた臭いが漂う。
「アリシア流戦術その三、まず潰すべきは敵のヒーラーと魔法使い、ってね」
と聞き慣れた声が聞こえてきた。
そして炎に照らされた海斗の姿が、森の暗闇から現われた。
「海斗!」
「信じていました、海斗さん!」
「ダーリン、来るのが遅すぎるよ」
レイナ、エリザベス、アリシアは次々と海斗の名を叫んだ。
「話は後だ。エリザベス、まだ俺に身体強化魔法をかけられるだけの魔素は残っているか?」
「……かろうじて、そのくらいなら」
「では、身体強化魔法をかけてくれ。アリシアはそこで少し休んでいろ」
「でもダーリン、まだ敵は八人もいるぞ」
「大丈夫。俺は命を懸けてお前たちを守る!」
「ダーリン……」
エリザベスは残った力を絞り出すように、詠唱した。
「全知全能なる神よ、敬虔なる者たちに御力を分け与え給え、フィジカルエンハンス!」
海斗の体は青白い光で包まれた。
「俺の仲間を殺そうとした、お前達には然るべき代償を払ってもらう!」
……炎が森の空気を焼き、乾いた音を連続して響かせるたび、犠牲者達の悲鳴が混じり合う。その場にいたダンらは、焼き焦がされた仲間を見て愕然とし、互いに目を合わせながら後退をし始める。
「……Kaitoは魔法剣が使えるのか?」
ダンが叫ぶ。
「聞いてないぞ、そんなこと!」
ロキシーは思わずつぶやいた。
「メアリーとスーザンがやられた……」
動揺とも絶望とも言えない感情が広がる。
海斗は再び詠唱する。
「炎の精霊よ、我が剣に地の底に眠る炎の一部を分け与え給え、火炎斬!」
地から吹き出た火炎は蛇のように地を這うと、狙いすましたかのように男冒険者三人を襲い、彼らは地獄の炎の生け贄となった。ロキシーは横っ飛びをして、かろうじて火炎の贄にならずにすんだ。
「あと、五人!」
その時海斗に向けて矢が飛んできた。海斗は炎を纏った剣で悠々と矢を薙ぎ落とすとハンターのエミリーに向かって、剣を脇構えの形を維持したまま疾走した。
「エミリーまでやらせへん!」
ブラックローズの剣士・サマンサが海斗とハンターの間に割って入った。海斗はお構いなく、炎を纏った剣を脇構えから左逆袈裟斬りを繰り出す。
はじき飛ばされるサマンサの剣。
がら空きになった首を斜め下に海斗は斬り込んだ。頸動脈を斬られたサマンサの首から噴き出した血が、夜の冷気に霧のように漂う。サマンサはその場に倒れた。海斗は叫ぶ。「あと、四人!」
「ボ、ボクに近づくな!」
慌てたエミリーは近距離で矢を放ってくるが、海斗は半身になって矢を避けると、斜め一閃、エミリーの弓ごと腹をかっさばいた。
はじけ飛ぶ弓と血潮。鮮血を全身に浴びる海斗。
「あと、三人!」
怖じ気づいたダンが海斗に背を向けて逃走する。海斗はすぐに追いつくと、
「お前だけは絶対に許さん!」
と叫び、ダンの背を縦一文字に切り裂いた。
夜気を震わせる絶叫と共に――命がまた一つ森の中に消えていった。
「あと、二人!」
「じ、冗談じゃないぞ、命あっての物種だ!」
海斗と距離をとっていた男冒険者は逃げ出した。しかし、身体強化魔法をかけられている海斗は追いつくと、その背を十字に切り刻んだ。悲鳴と共に倒れる冒険者。間髪を容れず背後の殺気を察知した海斗が右に避けると、ロキシーの刃が空を切った。ロキシーは海斗を睨むと
「逃がさないよ、Kaito! メアリー、スーザン、サマンサ、エミリーの仇を討たせてもらう!」
と叫んだ。
海斗は
「お前だって、仲間を殺されたのなら怒りを覚えるのだろう? 俺も仲間を殺しかけたお前を許す気はない!」
とロキシーをにらみ返した。
……しかし、どうする? 魔素に変換した生気が不足してきているのか、海斗は今まで感じたことのない疲労感を覚える。恐らく、もう火炎斬は使えない。使ったら戦闘不能になる。それは危険すぎる。果たして剣技だけで、ロキシーに勝つことができるのか?
怒りにまかせて戦ってきた海斗の掌に汗がにじむ。
二人の顔を二つの月が照らす。ロキシーは不敵な笑みをこぼすと
「アンタの太刀筋は、火炎斬を含めて散々っぱら見させてもらった! 私に同じ手は通用しないよ!」
と威圧するように言った。それに対して、海斗は軽口を叩くように
「お前、仲間の命を犠牲にして俺の太刀筋を見たのか……。仲間の命を使い捨てにするような奴が、今さら仇討ちとは、笑わせるな……」
と挑発した。
「……」
「図星で言い返す言葉が見つからないのか?」
「アンタに、私たちブラックローズの何がわかる! アンタが何と言おうと、私は仲間の仇を討つ!」
流れてきた雲が二つの月を覆い、森は静かに闇へと沈む。
ロキシーは上段に構えて怒りのままに真っ向斬り。刹那遅れて、海斗の渾身の諸手突きが、がら空きになった胸元へと闇の中、貫く——。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
海斗はかろうじて間に合ったものの、怒りの代償として、ロキシー戦の前に生気は尽きようとしています。
仲間を殺されたロキシーもまた必死。
余力のない海斗は、一撃で仕とめることができるのか。
次回もよろしくお願いします。




