討伐の王命、廃墟の静寂――総大将エリザベス
エリザベスは王の間にて父親でもある王と対面していた。
「……トーマスと教会から話は聞いた。何でも教会からの依頼でKaitoに接触していたみたいだな。そして消息を絶った原因は、教会内での会議のせいだという報告も受けている」
エリザベスは、教会の意外な助け船に少し驚いた。
「しかも、私にも他言できない隠密行動だと聞いた。感情のまま怒って申し訳なかった。よってセリーナの罪は問わないことにする。王命に背いたアンナベルの罪はなかったことにはできないが、な」
アンナベルの処遇について考えると、エリザベスは素直に喜べなかった。
「ところで、そのローレンシア教の教皇様から、Kaito討伐の命が我がエルシオン王国に下った。そして、その総大将は、エリザベス、お前が執るよう、教皇様からのご指名だ」
エリザベスは少したじろいだ。
「私が、ですか? 私は一度も軍を率いた経験はありません。……どうして、私が指名されたのでしょう?」
王はうむと頷いて
「私もその点について教皇国の使者に尋ねたのだが、何でもKaitoのことをよく知っているのはお前しかいない、というのが理由らしい。是非とも教皇様のご期待に沿えるよう、この任にあたれ。いいな」
と命を下した。
「わかりました。僭越ながら、その任に当たります。……ただし条件があります。もし私がKaitoを討った曉にはアンナベルお姉様の罪を不問にして下さい」
王はしばらく考え込んでいたが
「よかろう。もし討伐に成功すれば、ローレンシア教を信仰する我が国にとっても、お前個人にとっても大変名誉な話となる。アンナベルのためにもKaitoを討ち取ってこい」
と励ますように言った。
「わかりました。謹んでお引き受け致します」
「……ところでだ、その討伐の兵のことなのだが、教会側は教会直属の兵を出しても構わない、との話だが、どうする?」
今回の一連の事件に教会関係者が関与していると見ているエリザベスは、教会直属の兵のことを信用する気にはなれなかった。
「できましたら、信用のおける我が国の兵士をお借りしたいと思います」
それを聞くと王は少し困った様子で
「うむ、そのことなのだがな、あまり兵を割いてやれそうにないのだ。何でもKaitoはチャームのスキルを使えるとか。そんな相手と戦うのは危険だとか、むしろ我が国がKaitoを懐柔して上手く利用すべきだ、という意見を持つ将軍とか重臣もいてな……。それにだ。……考えたくもないのだが、以前チャームのスキルを持った勇者を危険視して殺したティリアス帝国が、チャームのスキル持ちが我が国にいることを聞きつけて派兵してくることも考えられる。大事にはしたくないのだ。教会も同じ意向だ。できたら、少数精鋭の兵で隠密のうちにKaitoらを討伐して欲しいのだ……」
その言葉を聞いた時、エリザベスは父でもある王の顔をじっと見つめた。
一方、海斗達は廃墟の町・ソドラに潜んでいた。町中には一つとして、原形を留めている建物はなく、目に入るものと言えば、崩壊した壁や瓦礫ばかりで、八角形の広場の各角に立つ八本の柱は、今や屋根も失われ、虚しく空に向かって伸びていた。曇り空の下、弱々しい光が柱の薄い影をつくっている。台所であったと思われる床には、割れたままの陶器の破片が散らばっていた。風が吹いても静寂が破られることはなく、瓦礫と瓦礫の間から健気に生えている野草の花が誰に見られることなく、揺れているだけであった。
「……また、ここに隠れるなんて……。一体何の因縁かしら……」
結衣は少し嫌そうな顔をしながら、そうつぶやいた。海斗は振り返ると
「何か言ったか、結衣?」
と何気なく聞いた。
「……なんでもないわ」
憂い顔の結衣は、そう素っ気なく返答した。
「とにかく、ダーリン、エルシオン王国を敵にまわした以上、既に関所にも手配書は回っているだろう。安易に関所に行って、足止めを食らい多数の兵に囲まれたら終わりだ。ここは、この廃墟に身を隠し、兵をやり過ごすしかないだろう。その後のことは、その時の話だ」
そんなアリシアの発言に結衣は皮肉を言った。
「ずいぶん、行き当たりばったりの作戦ね」
「……結衣にはもっといい案があるのか?」
と海斗が尋ねた。
「万が一、大軍が来たらどうするの? 廃墟の周りを囲まれて、逃げ道がなくなるわよ」
海斗は
「それじゃあ、結衣は今すぐこの廃墟から逃げた方がいい、という意見か?」
と尋ねた。
「ううん、恐らく追討の軍は少数精鋭で来ると思うの。理由は二つ。まずは私たちが四名しかいないこと。私たちを殺すのに百とか千単位の兵なんかいらないから」
「ちょっと待て。俺たちを生きて捕まえる方が、賞金が高くなるんじゃないのか?」
結衣は首を振って
「今回、近衛隊隊長をチャームのスキルで魅了した。恐らくエルシオン王国に海斗がチャームのスキル持ちであることがばれたと思うの。そうしたら、当然相手も警戒してくる。相手はエルシオン王国よ。賞金の多寡なんて気にしないわ。チャームのスキルで同士討ちになったらシャレにもならないでしょう?」
と冷静に言った。海斗は不思議そうに
「俺は一回一人、しかもこの世界の女性しか魅了することはできないぞ?」
と尋ねた。
「その点については、エルシオン王国にはわかっていないはず。相手も最悪の事態を想定して戦いに臨んでくると思うの」
「それで、もう一つの理由は?」
「ティリアス帝国の存在。ティリアス帝国は以前チャームのスキル持ちの勇者を殺そうとしたのよ。それだけチャームのスキルを恐れている、ということ。チャームのスキル持ちであるあなたがエルシオン王国にいるとわかれば、エルシオン王国に軍を出兵してくる可能性だってある。それはエルシオン王国も望まないはず。ティリアス帝国に今回の件を悟られないように、隠密のうちに私たちを殺そうとする。そうしたら、少数精鋭の兵で来ると考えるのが普通じゃない?」
この言葉を聞くと、アリシアは珍しく
「確かに、エルシオン王国が異端者を討伐する時は、少数精鋭の近衛兵を使うのが通例だと聞いている」
と同意見だった。
「なるほど。しかし、結衣はどうして、そんなにこの世界の外交に詳しいんだ?」
結衣は少し慌てながら
「ガレアの町で、見知らぬお爺さんが、勇者はティリアス帝国に反逆したって言っていたでしょう? 勇者はどうしてそんなことをしたのか、宿にあった新聞の切り抜きや、図書館の記録資料を少し読んだの。最近の外交の動向が載っていて、ティリアス帝国のことも触れていたわ。……まあ、断片的な情報だけど、少しは役に立つかな、と思って」
と言い訳した。
アリシアも
「まあ、冒険者カードがあれば、図書館を利用することはできるのは確かだけれどもな」
と言った。
今日のアリシアはやたらと結衣の肩を持つ。それだけ同意見だということか……ちょっと気持ち悪いな。
それにしても、結衣は外交や軍の動きに妙に詳しい。だが、彼女は元来頭が切れる方だ。図書館で少し読んだだけでも、ここまで推理できるということだろうか?
そして、今はその冷静さに頼るべきなのか――結衣の予想通り、相手が少数精鋭で来るのなら、この廃墟で罠を仕掛けながら、俺たちを捜索する際に兵を分けるだろうから、それを各個撃破した方がいい。
しかし、もし大軍であったら……。
海斗は難しい判断を強いられた。
今回もお読みいただきありがとうございます。
エリザベスは総大将として討伐の任を受け、『姉を助けるための戦い』という大義名分も整いました。
一方その頃、海斗たちは廃墟ソドラで追討軍の影を感じながら、次の一手を探っています。
それぞれの思惑が動き出した今ついに両者の戦いの火ぶたが切って落とされようとしています……。
次回もお付き合いいただければ嬉しいです。




