絶望の部屋で芽生えた殺意――姉を救うための決断
「それで、アンナベルお姉様はどんな様子なのです? さぞ落ち込んでおられるのではないですか?」
エリザベスのその発言を聞いたセリーナは眉をひそめて
「落ち込んでいるどころか、誰にも会いたくないと部屋に閉じこもっておられるとか……」
とエリザベスに気を遣うように言った。
「それにしても、アンナベルお姉様はどうして王命に背くような真似をしたのでしょう? その辺の事情を何か知っていますか、セリーナ?」
「何でも王様の前でも、その点については一切何も語ろうとせず、『私は国を裏切り、妹を見捨てようとした』と言って泣き崩れたと聞いております……」
エリザベスは違和感と何か嫌な予感がした。あのお姉様が国を裏切ろうとするとは、到底考えられない――きっと何か事情があるはずだ。
「わかりました、私がアンナベルお姉様の部屋に行って事情を聞いてみましょう」
セリーナは顔色を変えて
「いえお嬢様、今回のKaitoへの接触に関して王様は大層ご立腹されております。また、勝手なことをしたら、お嬢様にどんな懲罰が下るかわかりません。ここは是非ともお部屋で大人しく王の裁定を待っていて下さい!」と訴えた。ギルバートも
「そうです、エリザベス様。ここは我慢して下さい」
と諫言した。しかし、エリザベスは
「まずはお姉様の様子が心配です。それと、今回のこともKaitoが絡んでいます。他の巫女も私同様、Kaitoに関する神託を授かっている点も気になっているところです。……私は、Kaitoはただの宗教異端者とは思えません――それにKaitoに対する教会の執着ぶりにも違和感を覚えています。私は事実が知りたい。そのためにもアンナベルお姉様にお話を聞かなくてはいけません」
と毅然とした態度で言った。
エリザベスの真剣な話しぶりにセリーナは
「エリザベスお嬢様の覚悟は見てとれました……。しかし、私は今謹慎の身。ご一緒することはできません。それでも構わないと言うのなら、もうお止め致しません」
と応えた。ギルバートも黙ってしまった。
「現在、トーマスが王の前で事情聴取されています。今のうちに行ってきます」
と言うと、エリザベスは足早に居室を出ていった。
「アンナベルお姉様、お願いですから部屋の鍵を開けてください!」
エリザベスはアンナベルの居室の扉を叩き続けたが、返事はない。拳は赤く腫れ、声も枯れかけていた。さらに一時間以上、扉越しにアンナベルに声をかけ続けたが、何の反応もなかった。エリザベスは、
「どうしてですか、お姉様……どうして。もしかして、今回のことで私のことをお嫌いになられましたか……」
と悲しそうにつぶやいた。
それを聞いていたのか、扉の向こうからカチャと鍵が開く音がした。
「アンナベルお姉様……」
エリザベスは扉を開けて、真っ暗なアンナベルの部屋の中に入った。思わず唾を飲み込んだ。あの明るく、頼もしかったアンナベルお姉様のお部屋と思えない、空気が重く、胸の奥がざわつくような気配――負のオーラで充満していたからだ。霊感の強いエリザベスにしかわからない感覚だった。
暗い部屋の奥へと進んでいくと、暗闇に目が慣れてきたのか、ベッドに腰掛けているアンナベルの姿が見えてきた。
「エリザベス、すまなかった――でも、もうお前にも王にも合わす顔がないんだよ」
暗くてアンナベルの表情はうかがえなかったが、その声から泣いているのは手に取るようにわかった。エリザベスは
「今回のことは私が原因です。私の軽率な行動のせいでお姉様まで巻きこんでしまいました――合わせる顔がないのは私の方です」
と悲しそうに言った。
しかし、アンナベルは
「そのことはもういいんだ……。私が落ち込んでいるのは――やはり、言えない! とにかく私はKaitoの言うがままに行動をした結果、この国を、お前を裏切ったんだ!」
と鼻をすすりながら喋った。
エリザベスは
「どうしてKaitoの言うがままに行動されたのですか? 決して責めたり怒ったりいたしませんので私にもわかるように説明して下さい、アンナベルお姉様……」
と優しく言い含めるように言った。
アンナベルはすすり泣きながら、Kaitoを愛してしまったことを告白した。
「……アンナベルお姉様、どうしてKaitoのことをお好きになられたのですか?」
「それが私にもよくわからない。こんなことを言って信じてもらえるかわからないが、拘束されて彼に見つめられたら、知らないうちに恋に落ちていたんだ」
「えっ」
この現象に、エリザベスは心当たりがあった。チャームの魔法、もしくはチャームのスキル。Kaitoの魔力は乏しかったから、恐らくスキルの方だろう。しかし、魔物ならともかく、チャームは極めて人にとって稀な能力で、今の時代唯一使える人間は、異世界から召喚された勇者・高橋海斗だけだと聞いている。その勇者・海斗が生きていて、賞金首・Kaitoとして生きながらえているのであろうか。わからない。しかし、明らかであることはKaitoが非常に危険な存在であることだ。そして、今大事なのは、アンナベルお姉様をお助けすることだ。
「アンナベルお姉様、お姉様がKaitoのことを愛してしまったのではありません。Kaitoのチャームのスキルによって、強制的に愛させられてしまっただけです」
「……」
エリザベスは黙考する。魔物がチャームの魔法を使った場合、その魔物を殺せば、チャームの効力がなくなることはよく知られている。そう、チャームのスキルを使った者を殺す。今考えられる、アンナベルを救う唯一の方法はそれしかない。
「もういい、エリザベス。いくら精神操作系のスキルにかかっていたはいえ、Kaitoにいいように使われて、国やお前を裏切り、そしてKaitoから捨てられた。いっそのことKaitoに殺された方が、余程気が楽だった」
「アンナベルお姉様は毅然と賞金首・Kaitoらと戦い、Kaitoは卑怯にもアンナベルお姉様にチャームのスキルを使った。それだけです。お姉様に罪はありません」
エリザベスは涙をこらえ、険しい表情で部屋を出た。
……そして、その背には殺気のオーラが漂っていた。
今回もお読みいただきありがとうございます。
海斗のチャームのスキルの結果、絶望の中に沈むアンナベル。その状況を目の当たりにして、『姉を救うための答え』が静かに、そして激しくエリザベスの胸を焦がします。
その決意が、エリザベスと海斗の戦いを不可避とし──その結果、誰が傷つき、誰が得をするのか?
エリザベスの強い思いは、周囲を巻き込みながら物語の情勢を大きく動かしていきます……
次回もお付き合いいただければ嬉しいです




