第55章 厳島会談
この物語は生成AIの力を借りながら、細々と進めています。ご了承ください。
厳島の海は、静かだった。
波はある。だが荒れてはいない。揺れているのに、乱れてはいない。
船の舳先に立つ龍重は、海を見ていた。
朱塗りの社殿が、潮の上に浮かんでいる。
厳島神社。毛利が陶を、大軍を小勢で破った、象徴的な場所。そして、中国地方神道の中核。
夕暮れの光を受け、海面が赤く染まっていた。
後ろで空海が言う。
「……嫌な場所ですな。」
龍重。
「ほう。実に美しく静かな場所なのにか。」
空海は苦笑した。
「美しく、静かすぎる。」
短い。
「このような場所は、だいたい恐ろしい。」
龍重は少し笑った。
「違いない。」
船がゆっくりと桟橋へ寄る。
そこには既に人が並んでいた。
毛利家。
武装は少ない。だが、隙もない。
中央に立つ男が頭を下げた。
小早川隆景。
「ようこそ。」
静かな声。
龍重も頭を下げる。
「急な訪い、失礼仕る。」
隆景は笑った。
「鉄炮千丁を持って来る客人を、急とは申しますまい。」
沈黙。
後ろでは木箱が降ろされている。
鉄砲千丁。
兵器でありながら、これは既に言葉だった。
敵意ならば持ち込めぬ、誠意だからこそ持って来られる。
隆景はその木箱を一瞥し、すぐ視線を戻した。
「屋形様がお待ちです。」
厳島神社。
回廊を歩く。
海の上を渡る木の床。
潮の匂い。
香の香り。
遠く、鈴の音。
空海が小さく呟く。
「仏の国の者が、神の島に招かれる。」
龍重。
「面白いの。」
隆景は振り返らない。
「西をまとめるには、どちらも必要でしょう。」
短く、重い。
社殿の奥。
茶室。
そこだけ空気が違った。
静か、いや、涅槃静寂と言うべきか。
音が吸われる。
そこに、一人の老人が座っていた。
毛利元就。
小柄で痩せている。
だが、その目だけが異様だった。
笑いながら、何一つ見逃さない。
龍重は一瞬だけ理解した。
島津とは別種の妖怪。
これは。
「根を育てし者。」
国そのものだ。
元就が笑った。
「よう来られた。」
龍重。
「お招き頂き、痛み入ります。」
空海と隆景は下がる。
だが、完全には遠ざからない。
互いに、互いを見ている。
元就が茶を差し出した。
「厳島の水です。」
龍重。
「ありがたく。」
茶を飲む。
静か。
海の音だけが遠く聞こえる。
元就。
「長崎。」
短い。
龍重。
「はい。」
元就。
「面白い。」
沈黙。
「止まらぬ地よ。」
龍重は少し笑った。
「止めぬようにしております故。」
元就。
「止めれば死ぬか。」
龍重。
「左様。」
元就は頷いた。
「難儀な国じゃ。」
龍重。
「中国も左様では。」
元就が笑う。
「うちは、人で止まる。」
短い。
「だから、容易に流れぬ。」
龍重。
「ですが、流れは切れない。」
沈黙。
互いに理解している。
日野は流れの国。速いが、止まれば崩れる。
毛利は人の国。遅いが、切れない。
元就が言う。
「背中合わせじゃな。」
龍重。
「ええ。」
一拍。
「だからこそ、噛み合えば全てが見える。」
元就の目が細くなる。
「ほう。」
龍重。
「毛利は、人を繋ぐ。」
「日野は、流れを繋ぐ。」
「どちらかだけでは、西は持ちませぬ。」
沈黙。
元就はすぐには答えない。
茶を飲む。
海を見る。
その横顔は、老人のものだった。
だが、次の瞬間。
目だけが獣になる。
「東が速い。」
龍重。
「ええ。」
元就。
「織田。」
短い。毛利元就が高く評価する織田信長。戦国の麒麟児。
龍重。
「止まらぬでしょうな。」
元就。
「止まらぬ。」
静かに。
「だからこそ、いずれ西をも飲まんと欲す。」
空気が少し重くなる。
元就は続けた。
「じゃが。」
一拍。
「天下統一など、無益なり。」
龍重は黙る。
元就。
「一つになれば止まり、競う敵が消え、流れは淀む。」
茶室に沈黙が落ちた。
遠く、波の音。
龍重は小さく笑った。
「淀みはまこと、厄介ですな。」
元就。
「ほんにな。」
少し間。
「じゃが、それで良い。」
龍重は理解した。
この男、天下を望まぬ。壊れるから。
元就が言う。
「西は割れておる。」
龍重。
「ええ。」
元就。
「じゃが。」
少し笑う。
「割れておるから強い。」
龍重の口元もわずかに動いた。
「左様。」
一つにならぬ。
だから、残る。
毛利。
島津。
河野。
村上。
日野。
それぞれ違う。
違うからこそ、流れる。
元就が視線を上げる。
「河野を繋いだな。」
龍重。
「妹がよう働いております。」
元就。
「良き嫁御のようじゃ。」
短い。
「瀬戸内が変わった。」
その時、障子の向こう。
隆景の声。
「失礼致します。」
茶室へ入る。
帳面を持っている。
元就は苦笑した。
「茶会に帳面を持ち込むとは無粋じゃな。」
隆景。
「相手が日野ですので。」
龍重が笑った。
空海は肩を竦める。
隆景は紙を広げる。
瀬戸内の港と航路、荷量と船団。
毛利経済の全てが書かれている。
「瀬戸内。」
「博多。」
「唐津。」
「伊万里。」
「平戸。」
「長崎。」
線が繋がる。
隆景。
「既に、西の海の流れは変わり始めております。」
龍重。
「完全ではありませぬ。」
隆景。
「十分恐ろしい。」
短い。
「我らですら、飲まれかけました。」
沈黙。
元就が笑う。
「怖いか。」
隆景。
「怖いですな。」
即答。賢人隆景の即答の重さ。
「ですが。」
一拍。
「必要です。」
元就は頷いた。
「東への備え。」
隆景。
「はい。」
「織田は速い。」
「尾張、美濃の流れを中央へ流し、全てを一本にする。」
龍重が言う。
「西は複数の流れ。」
元就。
「分岐するからこそ残る。」
沈黙。
龍重が茶を置く。
「お願いしたき儀がございます。」
元就。
「申してみよ。」
龍重。
「敵対勢力への共同対処。」
隆景の目が細くなる。
龍重。
「敵を滅ぼすのではありませぬ。」
「流れを乱す者。」
「海を荒らす者。」
「商いを断つ者。」
「それらへの共同対応。」
元就。
「海の秩序か。」
龍重。
「左様。」
隆景。
「つまり。」
一拍。
「西海-瀬戸内海運管理。」
龍重。
「大仰に申せば。」
空海が横で笑った。
「もう半分ほど始まっておりますがな。」
誰も否定しない。
元就は静かに海を見た。
厳島。
海。
船。
流れ。
そして言う。
「面白い。」
短い。
「ならば、やってみるか。」
その瞬間。
茶室の空気が変わった。
同盟ではない。
主従でもない。
だが。
西が、繋がった。
夜。
厳島の灯が海に映る。
帰りの船。
空海が甲板で息を吐いた。
「吐くかと思いました。」
「船酔いかね。」
「船以上に人に酔いましたよ。……化け物でしたな。」
龍重。
「誰がじゃ。」
空海。
「全員。」
「儂ら込みじゃな。」
「買い被りでは?」
「それは手厳しい。」
「あの場に元春殿が居れば、我らは気圧され、潰されたでしょうな。」
沈黙。
遠くに見える厳島の灯。
そのさらに向こう。
瀬戸内。
長崎。
西彼杵。
唐津。
博多。
海の流れが、一本に繋がり始めている。
龍重は海を見た。
「潰されず、止まらずな。」
空海。
「ええ。」
龍重。
「まぁ、五一対四十九じゃわな。」
潮が流れる。
西へ。
静かに。
止まることなく。




