第26章 制度は緩やかに
この文章は生成AIの力を借りながら、細々と進めています。ご了承ください。
春の終わり。
西彼杵半島の海は穏やかだった。
長崎の港には今日も船が入る。帆柱が軋み、荷を運ぶ掛け声が飛び、商人の呼び声が重なる。
国は確かに動いている。
だが神浦城の評定の間では、違う音が響いていた。ため息である。
星奈が帳面を閉じた。
「殿。」
龍重は机に向かったまま答える。
「何じゃ。」
「制度が多すぎます。」
龍重は顔を上げた。
「多すぎる?」
「はい。」
星奈は帳面を差し出す。
村役規定、市場規定、港規定、徴税規定、倉管理規定。
紙は山。
龍重は首を傾げた。
「必要なものばかりじゃろう。」
星奈は苦笑した。
「殿は。」
横から空海が言う。
「殿は怠け者と言いながら、働きすぎですな。」
龍重が眉を上げる。
「何を言う。」
空海は笑う。
「殿は一日に三人分働く。」
少し間。
「人は一人分も働きません。」
沈黙。
星奈が続けた。
「制度を殿の速さで回すと目が回りますな。」
外から港の鐘が鳴る。
龍重は机を見つめた。
国は動いている。だが人は、そこまで速く動けない。
龍重は小さく笑った。
「なるほど。」
そして呟く。
「制度は緩やか、か。」
数日後。
西彼杵半島の小さな村。
田は青く、麦が揺れ、子供が走っている。
村役、早田与三郎は帳面を見ていた。
三十代の男、痩せた体、鋭い目。
村人が言う。
「与三郎様、今年は銭が増えました。」
与三郎は頷く。
「市場を増やしたからだ。」
村人が言う。
「日野様のおかげですな。」
与三郎は少し笑う。
「いや。」
そして言う。
「働いたからだ。」
彼は優秀だった。
村の収益は増えた。年貢も増えた。市場も増えた。港へ出す荷も増えた。
だが代わりに、仕事も増えた。労役も増えた。帳面も増えた。
村人が言う。
「与三郎様、休みが欲しい。」
与三郎は言う。
「休むと損をする。」
村人は黙る。
与三郎は悪人ではない。
むしろ最も真面目に制度を守っている男だった。
神浦城。
星奈が帳面を開く。
「殿。」
龍重が言う。
「何じゃ。」
「村が疲れています。」
龍重は眉を上げた。
「疲れる?」
星奈は言う。
「働きすぎです。」
空海が笑う。
「良いことではないか。」
星奈は首を振る。
「人が壊れます。」
龍重は黙る。
星奈は続ける。
「与三郎という村役がいます。優秀です。」
「村の収益は二倍になりました。」
龍重が頷く。
「大変結構。」
星奈。
「結構じゃないですよ。」
少し間。
「村人が疲弊しきっています。」
沈黙。
空海が言う。
「働きすぎか。」
星奈は頷く。
「制度が人を追い詰めています。」
龍重はゆっくり息を吐いた。
「……なるほど。」
龍重は村へ向かった。
与三郎が頭を下げる。
「殿。」
龍重は田を見た。麦が揺れる。倉には米がある。
確かに村は豊かだ。
龍重が聞く。
「与三郎。」
「何でそんなに働く。」
与三郎は答える。
「儲かるからです。」
龍重が笑う。
「正直じゃな。」
与三郎は言う。
「働けば村も豊かになります。それが殿さまの決めたことです。」
龍重は少し黙った。
「村人はどう思う。」
与三郎は言う。
「少し疲れてはいます。」
「だが得はしています。」
龍重は空を見た。
そして言う。
「与三郎。」
「お主は優秀じゃ。」
与三郎が頭を下げる。
「恐悦至極。」
龍重は続けた。
「だから問題じゃ。」
与三郎が顔を上げる。
龍重は言う。
「国は人と同じく走り続けることはできない。」
与三郎は黙る。
「常に走り続ける必要はない。」
風が吹いた。
龍重は続ける。
「休み休み進む国がよい。」
与三郎が言う。
「しかし殿、怠け者が出るのでは。」
龍重は笑う。
「出る。人は怠ける。」
少し間。
「儂も怠け者じゃ。」
空海が後ろで吹き出した。
龍重は続ける。
「だが。」
「適度に休みつつ、誠実に働いた者が一番儲かる。それが国の形じゃ。」
与三郎。
「休ませれば収益が落ちますが」
龍重。
「落ちぬよ。」
与三郎。
「それでは村は弱くなると思われますが……。」
龍重。
「疲弊しきった村は、廃村へつながる。」
後日。
与三郎が村を回る。
村人が揉めている。
若い農民。
「今日は休みじゃ!」
別の農民が言い返す。
「働きたい者は働けばよかろう!」
老人も、
「前は皆働いておったのぉ。」
他の若者たちも、
「前は働きすぎたんですよ。」
双方、正論。与三郎は困る。
そこで龍重に報告書を送る。
龍重が言う。
「休みとは命令ではない。」
沈黙。
「選べるということじゃ。年貢はある。それを確実に納められるのであれば、働くも休むも選べばよろしい。」
神浦城、評定の間。
星奈が帳面を書く。
龍重が言う。
「制度を変える。」
空海が聞く。
「どう変える。」
龍重は言う。
「三つ。」
一 労役上限。
星奈が筆を動かしながら、
「働きすぎは禁止、と。」
一 利益分配。
星奈が呟きながら、
「余剰利益を村へ。」
一 村休日
「村の繁忙期など実情に合わせて休みを確保、と。」
空海が笑う。
「殿、怠け者制度ですな。」
龍重が笑う。
「そうじゃ。」
龍重は言う。
「欲は悪ではない。」
「制御されぬ欲が悪じゃ。」
星奈が頷く。
龍重は続ける。
「儲かる方を正しくする。そうすれば人は勝手に働く。」
空海が笑った。
「殿。」
「国を商売にしましたな。」
龍重。
「元から商売じゃ。」
数か月後。
村人が笑っている。
与三郎が言う。
「休め休め。」
村人が笑う。
「休んでも銭は減らん。」
与三郎が言う。
「働けば増える。」
村人。
「なら働こうや。」
神浦城。龍重が庭を見る。竹が揺れる。港の鐘が鳴る。
空海。
「制度とは。」
龍重。
「何じゃ?」
龍重。
「面倒なものですな。」
龍重が笑う。
「人が面倒だからな。」
風が吹く。
龍重は立ち上がった。
「……さて。」
小さく笑う。
「まだまだ、仕事じゃな。」
初夏。
西彼杵半島の海は穏やかだった。
港はさらに忙しくなっている。帆柱が軋み、荷車が行き交い、異国の言葉まで混じる。
日野の国は、確かに豊かになっていた。
神浦城の評定の間。星奈が帳面を閉じた。
「殿。」
龍重が顔を上げる。
「何じゃ。」
星奈は少し言葉を選んだ。
「……問題が出ました。」
空海が眉を上げる。
「制度疲労か。」
星奈は首を振った。
「違います。」
少し間。
「横領です。」
沈黙。
龍重は驚かなかった。ただ、ゆっくり聞く。
「どこじゃ。」
「港。」
星奈が帳面を差し出す。
「港税。」
空海が低く呟く。
「来ましたな。」
龍重は紙を見る。
数字は整っている。
だが一箇所。
「ここ。」
星奈が指す。
「銀が合いません。」
空海が言う。
「いくら。」
星奈は答えた。
「六百両。」
空海が口笛を吹く。
「大きい。」
龍重は静かに言う。
「誰じゃ。」
星奈。
「港役人。」
少し間。
「長崎港役頭、堀口弥兵衛。」
空海が顔を上げる。
「……弥兵衛?」
龍重も少し目を細めた。
その名は知っている。古馴染み。
龍重がまだ長与だけの土豪だった頃。米の売買を手伝った男。
龍重は小さく息を吐いた。
「そうか。」
そして言う。
「呼べ。」
弥兵衛はすぐ来た。五十を過ぎた男。
頭を下げる。
「殿。」
龍重は静かに言う。
「久しいな。」
弥兵衛は苦笑した。
「若殿の時以来ですな。」
空海が腕を組む。
龍重が帳面を指した。
「弥兵衛。」
「銀が合わぬ。」
沈黙。
弥兵衛は目を伏せた。
「……。」
龍重は言う。
「取ったか。」
弥兵衛はしばらく黙っていた。
そして小さく言う。
「はい。」
評定の間が静まる。
龍重は怒らなかった。
ただ聞く。
「なぜじゃ。」
弥兵衛は言う。
「借りました。」
空海が呟く。
「借りた?」
弥兵衛。
「戻すつもりでした。」
沈黙。
龍重。
「いつ。」
弥兵衛。
「商いがうまくいけば。」
龍重はゆっくり言う。
「つまり……うまくいかねば戻らぬ。」
弥兵衛は黙った。
弥兵衛は顔を上げた。
「殿。」
龍重。
「何じゃ。」
「私は日野を裏切ったつもりはありません。」
龍重は黙る。
弥兵衛は言う。
「日野家は豊かになった。港は広がった。銭も増えた。」
少し間。
「だから、少し借りてもよいと思いました。」
沈黙。
空海が顎を擦り憮然と。
「借りる、ねぇ。」
弥兵衛は龍重を見る。
「殿。私は殿と一緒に苦労した。まだ長与が寒村だった頃から。」
龍重は言う。
「覚えておる。」
弥兵衛。
「なら。」
少し声が震える。
「見逃してくださらぬか。」
沈黙。
評定の間の空気が止まる。
龍重は目を閉じた。
夜、龍重は庭にいた。
竹が揺れる、港の灯が遠くに見える。
後ろから声。
「龍。」
柚那だった。
龍重は振り向く。
「聞いたか。」
柚那。
「聞きました。」
龍重は苦笑した。
「困ったの。」
柚那は言う。
「困っている場合じゃないです。何を悩んでおられるのですか。」
龍重。
「弥兵衛は昔馴染みじゃ。」
柚那。
「だから何です。」
龍重は黙る。
柚那は言う。
「殿。」
「情を出すと、誠実な者を裏切ります。」
沈黙。
柚那は続ける。
「殿が裏切れば、皆も裏切ります。かつての民の勝手し放題がまた起きますよ。」
龍重は庭を見る。
柚那は静かに言う。
「殿は。」
少し間。
「日野家当主。もはや友ではありません。」
龍重は小さく笑った。
「厳しいの。」
柚那。
「優しいだけの殿は、結局誰かに斬られます。私は、そのようなもの見たくない。」
沈黙。
風が吹く。
龍重は言う。
「……そうじゃな。」
翌日、神浦城。
弥兵衛が座っている。
龍重が入る。
弥兵衛は頭を下げた。
龍重は言う。
「弥兵衛。」
「覚えておるか。」
弥兵衛。
「何を。」
龍重。
「昔、お主が言った。」
弥兵衛は首を傾げる。
龍重。
「銭は人を変える。」
弥兵衛は苦笑した。
「言いましたな。」
龍重は静かに言う。
「お主も変わった。」
沈黙。
弥兵衛。
「……。」
龍重は言う。
「弥兵衛、罪は重い。」
弥兵衛は頷いた。
「覚悟しております。」
龍重。
「弥兵衛。」
少し間。
「斬る。」
沈黙。
弥兵衛は頭を下げた。
「……はっ。」
龍重は言う。
「だが。」
弥兵衛が顔を上げる。
「家族は逃す。」
弥兵衛の目が揺れる。
龍重。
「お主一人の罪じゃ。家族を泣かせおって、この馬鹿野郎。」
弥兵衛は泣いた。
「殿。」
龍重は背を向けた。
「空海。」
空海。
「はい。」
「頼む。」
空海は静かに頷いた。
夕方。処刑は静かに行われた。
城の外。民は見ていた。
空海が刀を抜く。懐刀に斬らせる、せめてもの恩情の欠片。
弥兵衛は空を見る。
「……殿。」
小さく言う。
「素晴らしき国に。」
刀が振り下ろされた。
今後、このようなことを起こさせぬためにも、金の事を学ばねば。空海は刀の血を拭いながらも思う。龍重の心は血まみれ、俺も血に塗れねば……。
堺、いや、近場の博多が良い。他の商人の考え……。
夜。
龍重は庭にいた。
柚那が来る。
龍重は言う。
「斬った。」
柚那。
「はい。」
龍重は言う。
「重いの。」
柚那は言う。
「殿、それがあなたが作った国です。」
沈黙。
港の鐘が鳴る。
その時、星奈が走ってきた。
「殿!」
龍重。
「何じゃ。」
星奈の顔が青い。
「銀が。」
沈黙。
「消えました。」
星奈が言う。
「弥兵衛の帳面を追っていたのですが」
少し間。
「港の銀の流れが妙です」
空海。
「いくら。」
星奈。
「……。」
少し間。
「……凡そ、い、一万五千両。」
弥兵衛の時の二十五倍、日野家の総収入の三割相当。
沈黙。
龍重は空を見た。
そして小さく言う。
「……始まったな。」
結局汚職はつきもの。欲を制御する、難しいですね。足るを知る、どこかで聞いたことがある言葉ですが、足るを知ることは難しいなぁと痛感しています。




