表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
肥ノ国立志伝~戦国制度革命史  作者: 日野龍哉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/43

第24章 日野の革新、龍造寺の誇り

この文章は生成AIの力を借りながら、細々と進めています。ご了承ください。

挿絵(By みてみん) 

 春。

 西彼杵半島の海風は柔らかい。

 だが神浦城の評定の間には、妙な緊張が漂っていた。

 障子の外からは港の音が聞こえる。荷を運ぶ声、船を繋ぐ綱の軋み、市場の呼び声。

 日野の国は確かに動いていた。

 しかし、評定の間の中央で日野龍重は小さく肩を竦めていた。

「なりませぬ。」

 静かな声だった。だが反論は許さない。そう分かる声音。言ったのは希実だった。

 日野水軍副総督。今や長崎の海を動かす女である。その視線は真っ直ぐ龍重を見ている。

 周囲の家臣たちも頷いていた。

 龍朋、空海、瞳、明日香、星奈、龍徳、梨香。

 日野の中枢。

 誰一人として希実の言葉に異を唱えない。

 龍重は頬を掻いた。

「駄目かねぇ。」

 小さく呟く。

 明日香がすぐに言った。

「兄様は自分がどれほどの重みとなりましたか。」

 星奈が帳面を閉じる。

「今、龍重兄様がいなければ制度はあっという間に崩壊します。」

 龍徳が静かに言う。

「兄様あっての我ら村役です。倒れられたとなっただけでも動揺が走りましょう。」

 発端はほんの一言だった。

 龍重がぽつりと呟いたのだ。

「儂はもっと前に出ねばならぬ。」

 それだけである。

 だが評定は大反発となった。

 龍重が息を吐く。

「儂は迂闊に死ぬこともできぬのか。」

 空海が笑う。

「それは最初から。」

 少し間を置いて続ける。

「あなたが死ぬくらいなら私が先に死にますよ。」

 言った直後、周囲の視線に気付き、空海は不貞腐れたように横を向いた。

 瞳が静かに言う。

「自分で言うのも恥ずかしいけど、私たちもそれなりの働きはできる。でも代わりはいる。能力差はあっても。」

 彼女は続ける。

「青雲たちを見て。あそこは集団合議が機能している。絶対的な第一人者はいない。」

 明日香が頷いた。

「金なら桜岡の叔父上と本河内殿が何とでも。宗教は地空阿闍梨。軍事は空海。内政は星奈。足元の村落は龍徳。集団合議で何とかなるでしょう。」

 そして一瞬だけ間を置く。

「でも。」

 静かな声。

「方向性は……兄上がいなければ無理です。」

 評定の間が静まる。

 明日香が龍朋を見る。

「父上、御異存は?」

 龍朋はゆっくりと口を開いた。

「……儂は守るだけ。堰き止めるだけ。」

 少し間。

「流す力を認めて当主にした。」

 そして言う。

「代わりはいない。」

 その一言で沈黙が落ちた。

 龍重まで黙る。

 風の音が障子を揺らす。

 遠くから市場の活気が流れてくる。長崎は今日も賑わっている。

 龍重がぽつりと言った。

「誰が代わり戦う。」

 明日香がにこやかに言う。

「兄様より強く賢い人に。」

「おい。」

 龍重が思わず突っ込む。

 明日香は笑う。

「でも、そういう人じゃないと誰がやっても役者不足。」

 龍徳が言う。

「余程の方じゃなければ、陣代は無理でしょうね。」

 梨香が考え込む。

「一門でそれができるのは……一典叔父様?」

 空海が首を横に振った。

「彼の御方、確かに日野家では最強の武将だが。」

「殿の名代かと問われると首を傾げざるを得ぬ。」

 あの粗野で野蛮な男が陣代。旧来の看板もいいところだ。

 星奈が言う。

「室町の叔父様は? 松島神社でも功績ある実力者ですけど。」

 龍朋が苦笑する。

「奴は儂と同じ。激しき流れを制することなら見事也。」

 少し間。

「されど流せるかというと……。」

 沈黙。

 瞳が言う。

「室町の叔父上には都市建設の要として見守っていただきたい。」

 全員が頷く。

 一門の数は決して少なくない。だが、それぞれ適任すぎる役がある。

 当主代理として戦に赴く者がいない。

 贅沢な悩み。

 龍重が深く息を吐く。

「国が出来ると不便じゃな。」

 空海が笑う。

「殿が作ったのですよ。」

 龍重は言う。

「戦の方が楽じゃ。」

 空海。

「左様。」

 星奈が静かに帳面を閉じる。

「戦は単純ですから。敵を見ればいい。今は。」

 星奈は窓の外を見る。

 港、市場、村、寺。

「全部を見ないといけません。」

 その時だった。

 廊下の向こうから声がした。

「その役目。」

 静かな声。

「私が適任でしょうな。」

 障子が開く。

 男が一人。背は高くない。目は細い。静かな顔。一礼する。

 希実が言う。

「あなた、ここは一門会議。」

「鍋島直茂改め日野重直、一応一門の末席くらいには連なることができると思うぞ、希実。」

 巻き狩りの『誤解』で肥前を去った男に空海が目を細めた。

「……鍋島の子狐か。」

 重直は微笑む。

「狐と呼ばれるほど賢くはございません。」

 そして続ける。

「ただ流れを読むだけです。」

 龍重が言う。

「流れ?」

 重直は頷く。

「日野は戦っていない。流れを変えただけ。」

 沈黙。

 重直が言う。

「ならば戦も同じ。龍重様が流れを作り、私が動かします。」

 空海が笑う。

「面白いことを言う。殿の影武者にでもなるかね。」

 重直は答える。

「面白いのではありません。簡単です。龍重様が動くはただの戦、動かざるは、大国の礎。」

 龍重が笑う。

「お主、最初から分かっておったな。」

 重直は静かに答えた。

「縁談が来たときかね。」

 沈黙。

 そして言う。

「あの時。勝ち戦でなく国が見え申した。」

 少し間。

 龍朋が呟く。

「……狐ではない。」

 重直を見る。

「我らが陣代よ。」

 龍重。

「実によいのぉ。儂は流れを作る。お主は儂として戦え。」

 評定の間の空気が変わった。

 日野の戦はここから新しい形になる。


 佐嘉城。

 春の風が平野を渡っていた。広い。あまりにも広い。麦が揺れている。遠くまで続く田畑。

 その中央、評定の間で龍造寺隆信は黙って座っていた。

 家臣が並ぶ。百武志摩守、江里口藤兵衛、成松新十郎(信勝)、円城寺美濃守(信胤)、そして席が一つ、空いている。そこに本来座るはずの男は、今ここにはいない。

 隆信はそれを気にしていないように見えた。だが、皆がそれを知っていた。鍋島清房と息子、直茂。隆信の知恵袋だった者たち。

 その男は今、肥前にはいない。

 報告が続く。

「市が立ちませぬ。」

 沈黙。

「塩が入って参りませぬ。」

 沈黙。

「鉄が……。」

 報告の男は言葉を詰まらせた。

 隆信が目を上げる。

「言え。」

「三倍。」

 評定の空気が凍る。

 隆信はしばらく黙っていた。やがてゆっくり聞く。

「米は。」

「余っております。」

 また沈黙。

 隆信は笑った。

「なるほど。」

 誰も笑わない。

 隆信は言う。

「兵力ではない。」

 皆が顔を上げた。

 隆信は続ける。

「国力じゃ。」

 誰も言葉を出せない。

 隆信はゆっくり立ち上がった。

「日野。」

 その名を口にした。

「合戦に非ず。」

 沈黙。

「国造りじゃ。」


 同じ頃。

 西彼杵半島、長与郷日野龍重別邸。

 障子を開けると海が見えた。船が行き交う。港は賑わっている。

 机の上には地図。

 空海が腕を組んでいた。

「鉄、三倍。」

 星奈が帳面を閉じる。

「塩、四倍。」

 明日香が笑う。

「効いてますね。」

 龍重は頬杖をついていた。

「儂は何もしておらぬ。」

 空海が言う。

「殿は流れを作った。」

「流すのは別。」

 その時、障子が開いた。

 男が入る。静かな顔、細い目。

 日野重直、かつて鍋島直茂と呼ばれた男である。

 一礼する。

「報告。」

 龍重が言う。

「聞こう。」

 重直は地図を見る。

「龍造寺、兵役強化。」

 空海が笑う。

「やはり来たか。」

 重直。

「徴発も開始。」

 星奈が帳面に書く。

「村は軋みますね。」

 重直は続ける。

「街道封鎖。」

 明日香が肩を竦める。

「典型ですね。」

 重直は頷いた。

「正しい対応。しかし……。」

 龍重が笑う。

「しかし?」

 重直は静かに言った。

「失敗します。」

 沈黙。

 龍重が聞く。

「なぜ?」

 重直は地図を指す。

「龍造寺は平野国家。」

 指が動く。

 佐賀平野。

「日野は山海国家。」

 長崎港に多数の船。山林の恵み、恵を生かす整備。

「街道は止められる。」

 少し間。

「しかし山も海も止められない。」

 空海が笑った。

「悪辣じゃ。」

 重直は言う。

「制度です。」


 数日後。

 佐嘉城評定の間。

 報告が続く。

「兵役、強化。」

「徴発、完了。」

「街道封鎖。」

 隆信が頷く。

「よい。」

 百武志摩守が言う。

「しかし。」

 隆信が見る。

「市は戻らぬ。」

 沈黙。

「塩が入らぬ。」

 沈黙。

「鉄も。」

 隆信が言う。

「商人。」

 江里口藤兵衛。

「長崎。」

 隆信は笑った。

「狐め。」

 しばらくして言う。

「鍋島。」

 沈黙。

 成松新十郎が言う。

「殿。」

 隆信は言う。

「清房、直茂。」

 沈黙。

「惜しい男たちじゃ。」

 そして続ける。

「だが。」

 隆信は立ち上がった。

「戦う。」

 沈黙。

「村はどうだ。」

 円城寺美濃守。

「逃散。」

 隆信の目が細くなる。

「どこへ。」

 沈黙。

「長崎。」

 隆信はゆっくり言う。

「焼け。」

 評定の間が凍る。

「殿?」

 隆信は言う。

「儂に従う者は全力で守る。」

 沈黙。

「背く者は敵。」

 そして。

「悉く焼け。」


 数日後、村が燃える。煙が上がる。農民が逃げる。

 兵が叫ぶ。

「逃げるな!」

 しかし村人は走る。

 南へ、山へ。西へ、海へ。長崎へ。


 長崎港、船が並ぶ。

 役人が言う。

「どこから参った。」

 村人。

「肥前佐嘉。」

 役人。

「こちらへ。」

 倉が開く。米、塩、醬油、魚、山菜等。

 村人が泣く。

「助かる。」

 役人が言う。

「気にするな。ここは長崎だ。」


 西彼杵半島、長与郷日野龍重別邸。

 重直が報告する。

「逃散、増加。」

 星奈が帳面を書く。

「村、五つ。」

 明日香が言う。

「龍造寺は民を焼いた。」

 龍重が頷く。

「予想通り。」

 空海が笑う。

「殿。」

 龍重。

「なんじゃ。」

 空海。

「大義の流れです。」

 龍重は黙る。

 外では港の鐘が鳴る。

 龍重が言う。

「戦はまだじゃ。」

 空海。

「ええ。」

 そして笑う。

「今は国です。」


 遠く佐賀平野。

 隆信は城の上から煙を見ていた。

 村が燃える。

 隆信は言う。

「直茂。」

 沈黙。

「お主ならどうしていた。今なら、お主の考えをしかと聞けたであろうなぁ。」

 答えはない。

 隆信は空を見た。

「小童。」

 日野龍重。

 隆信は小さく、獰猛に笑った。

「面白い。」

 そして言う。

「戦じゃ。」

 しかしその戦は、もう槍だけの戦ではなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ