僕は初デートで浮かれすぎるハーレム高校生。
「なにが【ラブラブカップル、ガッキー&アッキー】だ! クッキー&クリームか!店員さんを困らせちゃいけません」
「そんなに怒らないでよー……こーわーい」
「そりゃ怒るだろ。誰が謝ったと思っているんだ」
禁煙席の隅っこ。案内された席に座って、早速目の前の彼女に説教を開始する。
明希は僕の言葉なんてまるで聴きたくないのか、わざとらしく両耳を隠していた。
「大体、一番怒りたいのは店員さんの方なんだぞ? こんなピーク時に、ふざけた名前を三連続で呼ばないといけないんだから。今頃、休憩室で愚痴っているだろうな。『あー、さっきのめちゃくそダルかったわー』って」
「なに食べよっかな〜」
「人が話しているんだから聞きなさい!」
三本の指を利用して机を叩くと、明希は開いたメニューを眼前に置いた。
「だってだって、みんなやってたし〜……。あたしもついノリに乗っちゃったけど、最初にやり始めた人が一番悪いと思うけどなー」
「なんだその理論は」
唇をほそめている。注文なんて二の次だ。
「周りがやっていたら自分もやっていいと? くだらないな。そんな無駄な空気なんて読まなくていい。面白くもないし」
ハッキリと目を見て述べる。なんでもかんでも『面白いと思った』という条件を満たせば何をやってもいいというのは、正直あまり好きではない考え方だった。
それに、皆がやっているから自分もやっていい、だなんて旧世代の考え方である。もうそういう時代ではない。《赤信号をみんなで渡れば怖くない》のかもしれないけれど、大概は轢かれて死ぬのがオチである。
「……ごめんなちゃい」
「謝罪なら、僕じゃなくて、あの人にだ」
先ほど受付係をしていた店員さんが、スプーンやフォークを詰めたシルバーケースを持って来てくれたので、二人でもう一度だけ謝ることにした。
悪ふざけもほどほどに、だ。切り替えは大事。切り替えていこう。
「ご注文は後ほどで?」
頷く。
「それではベルを鳴らしてお呼び下さい」
手元にあったお品書きを開く。サイゼイヤにはよく訪れるので、いつもサイゼに来た時には温泉卵のペペロンチーノとミイラ風ドリアを注文するのだが、少し違う商品にするのも良いかもしれない。
「決まった?」
「うむむ……しばし待たれよ。あーでもない。こーでもない」
緑のシートに背中をくっ付けている。
「ガッキー、なにするの?」
「僕はこの我が鳥のグリル(ディアブル風)にしようかなと。辛口チキンもセットで」
「がっつり食べるねー」
「育ち盛りだからな」
学生達御用達ファミリーレストラン【サイゼイア】の鉄板メニューはミイラ風ドリアであるが、その他にも美味しい料理は沢山あった。例えばトマトとポークのサラダ。これも旨い。コトコト煮込んだクリームスープと一緒に食べれたら最高だ。
それにピザもいい。ジューシーだ。自分はまだ未挑戦だけど、エスカルゴのガーリック焼きも人気のようだ。いつか食べてみたいな。
「うーん、明太子パスタにしよっかなー。ポテトも食べたいし……。チョリッソーやマルゲリータも捨てがたい。むむむむむ………」
即断即決の僕と、決め兼ねている彼女。
「ドリンクバーはどうする?」
「もちよ」
「デザートは? 一気に頼むか?」
「もーー、急かさないでよぉ〜」
……すいやせんね。余裕がなくて。
メニューとにらめっこしている明希を待つため、近くにあったキッズメニュー表を手に取る。
このキッズメニューには間違い探しが記載されていた。こういうのは暇潰しにちょうどいい。しかし、中々難しいんだよな……。
「体重を気にせず、食べれればいいんだけどね。最近太っちゃってさー」
間違い探しから、目を離す。
「太っているか?」
「うん」
「……そうは見えないけど」
もう一度だけ、間違い探しに目をやる。あ、一つ目見つけた。この子供の瞳の大きさがちょびっとだけ違う。
「はいはい。お世辞はいいです! そういう言葉は聞き飽きました! 弟にいつもバカにされるんだよ。『お前は太っている』ってー」
そういえばこの子には弟がいると言ってたっけ。中学二年生だったか。
「太ってると思うから太っていると捉えるんじゃないのか。自分が太っていないと思えば、太っていないだろ」
「なにさその理論」
「痩せていると思えば大丈夫だ。思い込みの力はすごいぞ。明希、君は痩せてる!」
「わーい、あたし痩せてるっー! ──って、いいよもう……。決まったから呼ぶね」
ノリツッコミだけをこしらえて彼女はそこでベルを鳴らした。結局、明希が頼んだのは小エビのサラダとミイラ風ドリアだった。
※ ※ ※ ※ ※
「彼氏がいないってよくバカにしてくるのー。アイツはね、イヤなやつだよ!」
「からかってるだけじゃないのか。そんなに間に受けなくとも」
「自分がちょっとばかしイケてるからって、調子に乗ってるんだよ! あきしぃはもーウンザリなのです。トュットュルーだよ……」
スプーンとフォークを利用して、パスタを巻く。数回巻いて口に運ぶ。美味である。ちなみにこれはお代わりでさっき頼んだペペロンチーノだ。
明希が食べ終えた皿を横にどける。その間も、乙女な彼女はずっと自身の弟に対する不満を漏らしていた。
× × ×
辛口チキンの皿を上に重ねて、数枚のペーパーで口元を拭く。そろそろデザートにしようか。
メロンソーダが空になっていたことに気付き、席を立つ。ドリンクバーのお代わりへと向かう。
「オレンジでいい?」
「ほよ?」
「……いや、だから、オレンジで」
「んちゃ!」
唐突にアラレちゃん化するのやめて。
スマホを触りながら適当に返事をしていたので、さっさと移動を開始することにした。
なんだろう、彼氏・彼女という関係よりも兄貴と妹みたいだな。どこが【ラブラブカップル、ガッキー&アッキー】なんだよ。
一人脳内で独白を零しながら、二つのコップに氷を入れる。まずはオレンジジュースから。今回、自分のはコーラにしておいた。
明希の分のジュースと共にテーブルへと戻る。結構な距離である。こぼさないように注意しなくては。
「それでさー、アイツがさ」
「上司がマジウザくて」
「えっとぉ〜、オススメはぁー↑↑↑」
お客さん達の声を聴きながら、席と席の間を抜けていく。ドリンクを飲み終えたら、デザートを注文をして解散だ。振り返ってみれば長い一日であった。
それにしても、知り合いとの遭遇率はホントに高かったな。シネマフロアでの渚と茜さん。スポーツ用品店では安穏と菜月。スタバでは桜さん。明らかに集まりすぎだったな。
一人、ジュースのコップを両手に抱えながら、そんな事を考える。
ラブラブカップル、ガッキー&アッキー。その片割れであるアッキーこと柳葉 明希のところまであと少し。
「やっぱミラドリかなぁ〜!^ 瑠美、ドリアだーい好きなのっ♡ サイゼにきたら、ぜーったい、たべるんだっ♪」
「ん?」
そんなとき、どこかで猫撫で声がした。
異性を誘惑するような甘えた声色を奏でる女性に、僕は呆気に取られて、一瞬立ち止まってしまう。決して、立ち止まるべきではなかった。バレる前に逃げてればよかった。
「へぇー♪ 祐くんって少食なんだぁ〜↑↑↑ 可愛……はぁ?」
近くに座っていた少女が、僕に気付く。
可愛らしく作っていた偽りの仮面は消え、一瞬素に戻ったようにあんぐりと口を開く。その眉間には徐々に深い溝が刻まれていた。装っていた口調がみるみる内に変化する。
「……なんでいるの。クソおにぃー」
それはこっちの台詞だ……。
※※※
新垣 瑠美。僕の愛すべき妹が、メニューを閉じて、こちらを睨みつけている。
「誰? 知り合いかよ?」
傍らにはもう一人男が座っている。眉毛が薄い、背丈が小さめの男性。髪は染めているのか、茶色の毛先がうねうねとしていた。見た目は若い。中学生だと思われる。
……直感的に察した。
今すぐここから離れるべきだと。
「ご、ごゆっくり〜」
不穏な気配がしたので、店員さんのフリをしてその場を離れようとする。だが、ここであるアクシデントが起こってしまう。
「おい、テメェ誰だよ? なにか用でもあんのかよ!」
男が僕のことを不審者だと勘違いしたのか、咄嗟に腕を掴んできたのだ。そのせいで、体勢を崩してしまう。
「あっ、ちょ──」
動き出そうと加速をしたのにも関わらず、ブレーキをかけられてしまったら、手元が震えるのは当然のことだ。
掴んでいたグラスからジュースが溢れ出る。しっかりと握りしめていたせいもあってか、液体は地面に落下する前に、別方向に飛んでいってしまう。
「あ」
ぐらついたコップから、ジュースだけが空に孤を描きながら飛んでいく。背景に虹が出来そうなほどに、美しい光景だった。一瞬、気を取られてしまった。
だが、それも束の間。
飛ばされた液体たちはソファーへと導かれるかのように、着地する。
即ち、どういう事態が発生したか。
「……」
僕はジュースを瑠美にぶっかけてしまったのである……。




