80 38時間12分45秒後
ビジネスカードの地図を頼りに、店へたどり着いた。
扉を開ける。
「いらっしゃいませ、シェリィ様」
カウンターの奥に、750倍メガネが立っていた。
「なんで私の名前を覚えてるの?」
「大切なお客様のお名前ですので」
750倍メガネは、静かに頭を下げた。
相変わらず怪しい。
私は店の中を、改めて見回した。
店内は明るい。
床には埃一つなく、ガラスのショーケースもぴかぴかに磨かれている。
ほのかに、ひのきの匂いもする。
商品は、相変わらず茶色い棒だけ。
でも、師匠のお店とは全然違う。
なんというか、この店からは、
『入ってきてもいい』
というオーラが出ている。
なるほど。
店の見た目は大事だ。
ただ、店内には誰もいなかった。
あれ?
クソ儲かっているんじゃなかったの?
「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
「べ、別に。ちょっと近くを通っただけです」
落ち着け、シェリィ。
今日は客として来たんじゃない。
敵情視察だ。
私は、こっそりポケットのメモを開いた。
詐欺。
最後まで。
騙し切る。
これだ。
最後まで完璧に騙し切れば、本当の目的はばれない。
「左様でございますか。それでは、ごゆっくりご覧ください」
750倍メガネは、それ以上聞いてこなかった。
よし。
店の秘密を探りに来たことは、ばれていない。
私は、ショーケースの中をのぞき込んだ。
並んでいるのは、やっぱりひのきの棒だけ。
どれも同じ太さ。
どれも同じ長さ。
どれも、その辺で拾えそうに見える。
こんなものを、剣聖マキシムがまとめ買いしている。
絶対に何かある。
一本、買ってみるか。
あ、やべ。
さっき全部、投資したんだった。
「これ、手に取ってもいい?」
「申し訳ございません。手に取っていただけるのは、ご購入されるお客様のみでございます。それに、本日の販売はすでに終了しております」
「まだ朝なのに?」
「本日お相手できる新しいお客様は、すでに3名に達しております」
「もう3人来たの?」
「はい」
朝から3人。
師匠のお店には、まだ一人も来ていないのに。
私はショーケースへ顔を近づけた。
表面は、きれいに磨かれている。
でも、見たところ普通の木だ。
完成品を買って、持って帰って、ばらす。
そうすれば、人気の秘密が分かると思ったのに。
「完成品を分解されても、製造工程まではお分かりにならないかと思います」
「な、なんのこと?」
「お気になさらず。あ、そうそう、もし研究が目的でしたら、ひのきの素材一式もございます」
え?
ばれている?
いや。
きっと、適当に言っただけだ。
「はい。適当に申し上げてみました。もしシェリィ様が産業スパイではなく、少し興味があって触ってみたいだけでしたら、まったく問題ございません」
「あ、はい。スパイではありません」
よし。
ばれていない。
セーフ。
750倍メガネは、カウンターの下から平たい木箱を取り出した。
箱の中には、細く切られたひのき。
麻布。
麻縄。
透き通った樹脂。
水を含ませた布。
「工作セット?」
「完成品より、素材からお調べになったほうがよろしいかと」
お、それだ!
「でも、今日はもう3人に売ったんじゃないの?」
「こちらは完成品ではなく、組み立て前の素材一式でございます。そのため、本日の販売枠には含まれません」
ラッキー!
いいのがあるじゃん。
それ、それ!
「いくら?」
「10ゴールドでございます」
「え、なんで完成品より高いの?」
「こちらは純度の高い、生のひのきになります。保存が利かないため、通常は販売しておりません」
はっ?
生ひのき?
何を言っているんだ?
この人は。
まぁ、いいや。
私はポケットを探った。
右のポケット。
左のポケット。
リュックの小袋。
ない。
そうだった。
投資に全振りしたんだった。
しかも、全部ガラクタだった。
どれか一つでも買わなければよかった。
でも、ここまで来て諦めるわけにはいかない。
「あの……」
「はい」
「この前、私のお金を預かっているって言ってたよね?」
「はい。1万4955ゴールド、お預かりしております」
「そこから、10ゴールドだけ使えない?」
750倍メガネは、カウンターに置かれた懐中時計へ目を落とした。
「38時間12分45秒」
「え?」
「お待ちしておりました、シェリィ様」
眼鏡の奥で、細い目が私を見つめている。
「少々の誤差はあるかと思いましたが、おおむね想定どおりの経路をたどられたようです」
なんのことだっけ?
うーん。
なんかそういうことがあったような、なかったような。
まぁ、ばれていないようだし、問題なし。
「それで、そのお金は使えるの?」
「もちろんでございます。もともと、シェリィ様のお金ですので」
750倍メガネは預かり証を確認し、金額を書き直した。
「残金は、1万4945ゴールドでございます」
よし。
これで、秘密を暴ける。
750倍メガネが、ひのきの素材一式を私へ差し出した。
「従来のひのきの棒と比べ、こちらの素材には一つ、異なる特徴がございます」
「特徴って?」
「運がよければ、ひのきの精霊にも会えるかもしれませんよ」
また適当なことを言ってる。
木の精霊なんて、そう簡単に会えるわけがない。
私は箱の中から、細長いひのきを持ち上げた。
軽い。
見た目も、普通の木だ。
もし精霊がいるなら、何か聞こえるかもしれない。
ひのきを耳元へ近づけ、軽く振ってみる。
『おい、クソガキ』
「え?」
『聞こえてんだろ。いつまで俺を振り回してやがる』
私は、ひのきを床へ落とした。
「しゃべったぁぁぁぁ!?」
『痛いぞ。クソガキ。早く拾え!』




