79 投資!
「師匠。家賃は、あといくら足りないの?」
「……75ゴールドです」
「私、50ゴールド持ってるよ。これも使って!」
私はリュックから、50ゴールドの入った袋を取り出した。
師匠の前へ差し出す。
「お断りします」
「でも、足りないのはあと25ゴールドになるよ」
「あなたの全財産をいただくわけにはまいりません。それに、残りの25ゴールドを用意できたとしても、来月にはまた同じことになります」
「来月……」
考えていなかった。
たしかに。
50ゴールドをそのまま渡しても、一時しのぎにしかならない。
1日3人までと言っているけど、その3人どころか、一人も来ていない。
やっぱり、お客さんが来るお店にしないといけないと思う。
翌朝。
目を覚ますと、師匠の姿はなかった。
一階へ下りる。
小さな机の上には、パンと短いメモが置かれていた。
『用事がございますので、昼過ぎまで外出いたします。店には出なくて結構です』
「朝から極秘任務か」
さすが大賢者。
私が寝ている間にも、世界を救うために動いているらしい。
とりあえず、私も自分の任務を始めよう。
売り場へ出る。
ショーケースを開け、布の服を一着取り出した。
昨日は、私でも作れそうなくらい普通だと思った。
でも、私はルクルクルのノームだ。
作りの良し悪しくらい、少し見れば分かる。
服を裏返す。
「こ、これは……」
縫い目が細かい。
しかも、縫い目の間隔が、最初から最後までほとんど変わっていない。
肩と肘の部分は、布が二重に重ねられている。
胸元を指で押すと、内側に何か柔らかいものが入っていた。
「中に綿が入ってる」
転んだときの衝撃を和らげるためか。
それなのに、服は軽い。
無駄に厚くしていないから、これなら動きやすい。
さらに、中の綿だけ取り出せるようになっている。
汗を吸っても、取り出して何度でも洗える。
これを服の中にきれいに収めるのは、かなり面倒だ。
手先の器用なノームでも、途中で嫌になってやめると思う。
「この模様、飾りじゃない」
表面に入った刺繍を指でなぞる。
一見、ただの模様に見える。
でも、きれいに見せるだけじゃない。
縫い目を隠し、布を留め、中の綿がずれないように押さえている。
一つの刺繍に、いくつもの役割がある。
これ、相当手先が器用じゃないと作れない。
それか、信じられないくらい時間をかけている。
どっちにしても、師匠は天才だ。
「なんで、これが5ゴールドなの?」
ルクルクルへ持っていけば、倍でも売れる。
三倍でも買うノームがいるかもしれない。
形と色を変えれば、ノームの王様だって着るかもしれない。
でも――
もう一度、服を表向きに戻した。
「なんか、ダサい」
どこが悪いのかは、よく分からない。
人間の好みも、私はあまり知らない。
でも、何かが違う。
作りは、時代より先へ行っている。
見た目は、時代から置いていかれている――ような気がする。
店の外へ出た。
建物の周りを、ぐるぐる回ってみる。
古びた看板。
汚れた扉。
中の見えない窓。
なんというか、建物全体が、
『入ってくるな』
というオーラを放っている。
商品はいい。
悪いのは、見た目と売り方のような気がする。
「まずは、お客さんがたくさん来るお店を調べないと」
師匠は50ゴールドを受け取らなかった。
でも、一度は師匠のために使うと決めたお金だ。
直接渡せないなら、師匠のお店を流行らせるために使えばいい。
売れている商品を実際に買う。
持って帰って、ばらす。
売れる理由が分かったら、師匠の商品にも取り入れる!
完璧だ。
つまりこれは、投資!
「私、もしかして天才かもしれない!」
私は50ゴールドの入った袋を握りしめ、武器屋ストリートへ向かった。
朝の武器屋ストリートには、すでに大勢の人が集まっていた。
剣を選ぶ冒険者。
鎧を運ぶ店員。
大声で客を呼び込む商人。
糸尾防具店とは、まるで違う。
私は、その中でも特ににぎわっている武器屋へ入った。
「このお店で、一番売れているものをください!」
「それなら、こいつだ! 値は張るが、それだけの値打ちはあるぜ!」
店員のおじさんが、200ゴールドの剣を指さした。
「……あ、いえ。もう少しお手頃なもので」
「ご予算は?」
「値段のわりによく売れているものをお願いします!」
おじさんが、棚から赤い飾り紐を取り出した。
「今なら、これだな。剣の柄や鞘につけると、強そうに見える」
「強くなるの?」
「強そうには見える」
なるほど。
見た目は大事だ。
「10ゴールドだ」
「買います!」
投資!
次は、向かいの防具屋へ入った。
「このお店で、値段のわりによく売れているものをください!」
今度は、銀色の磨き粉を勧められた。
鎧に塗れば、太陽の光を反射して輝くらしい。
値段は15ゴールド。
「買います!」
投資!
さらに、その隣の道具屋へ入った。
「このお店で、値段のわりによく売れているものをください!」
店員のお姉さんが出してきたのは、小さなお守りだった。
「身につけると、商売運が上がると言われています」
「それだ!」
値段は25ゴールド。
かなり高い。
でも、商売運が上がるなら絶対に必要だ。
「買います!」
投資!
最後に入った店で、きらきら光る盾飾りを見つけた。
「これもください!」
私はポケットを探った。
右のポケット。
左のポケット。
リュックの小袋。
「……あれ?」
もう一度、奥まで探る。
何もない。
「買わないのかい?」
「あははは。それは、また今度にします。もう荷物がいっぱいで、持ちきれないしね」
私は両手いっぱいの荷物を抱え、店を出た。
やべ。
全部、使ってしまった。
買ったものを抱え、近くの公園へ向かった。
空いているベンチに、全部並べる。
さて、調査開始!
赤い飾り紐をほどく。
磨き粉を指先につける。
商売運のお守りも、縫い目をほどいて中身を取り出す。
しばらく調べてみた。
普通だな。
どれにも、特別な技術は使われていない。
このくらいなら、私でも余裕で作れる。
それに、材料代だけならものすごく安い。
「みんな、ぼったくってるじゃん」
ただ、まったく使えないわけではなかった。
飾り紐をつければ、剣が少しだけ立派に見える。
磨き粉を使えば、鎧はきれいになる。
お守りだって、持っている人の気分くらいはよくなるかもしれない。
でも、師匠の布の服は違った。
見た目は普通だけど、かなり手間がかかっている。
私の目から見ても、5ゴールドよりずっと価値が高い。
それなのに、誰も買わない。
「もしかして、あの服が悪いんじゃなくて、欲しい人がいないのかな?」
丈夫で、何度も洗えて、転んだときの衝撃まで和らげてくれる。
形と色を変えれば、ノームの王様が着てもおかしくない。
でも、あの王様なら、きっとこう言う。
『5ゴールドの服など着られるか! わしが着る服は、安くても300ゴールドからじゃ!』
はっ!
いま、何かすごく大事なことに気づきかけた。
値段が安いから――
うーん……。
もう少しだ。
答えが、ここまで出かかっている。
こういうときこそ、秘伝のメモだ。
私はポケットから、師匠の教えを書いた紙を取り出した。
詐欺。
最後まで。
騙し切る。
そうか!
私は立ち上がった。
「王様を、最後まで騙し切ればいいんだ!」
そのとき、近くを通りかかった冒険者たちの話し声が聞こえてきた。
「今朝、あの店に騎士長のヴァルナ様が来ていたらしいぞ」
「剣聖マキシム様も、あの店をひいきにしているんだろ?」
「あの店には、大物がよく来るよな」
私は冒険者たちへ駆け寄った。
「あの、そこって儲かっているんですか?」
「クソ儲かってると思うぞ。マキシム様なんか、ひのきの棒をまとめ買いしてるらしいからな」
「ひのきの棒を、まとめ買い?」
「ああ」
「なんで?」
「知らん。気になるなら、自分で行ってみたらどうだ? ただ、行っても売ってくれるかどうかは分からんぞ」
「どうして?」
「俺も買えなかったからな。まあ、別にいらんけど」
「そのお店、どこにあるの?」
「俺、店のビジネスカードを持ってるぞ。ほら、やるよ」
冒険者の一人が、小さなカードを差し出した。
表には、人間界の漢字がびっしり並んでいる。
「うわ、漢字だらけ。読むの、だりぃ……」
でも、隅にローマ字が書かれていた。
『ITO』
「い、と……イトー?」
ん?
どこかで聞いたような名前だな。
「裏に地図があるぞ」
カードを裏返す。
武器屋ストリートをまっすぐ進み、一番奥。
道の曲がり方と、店の形には見覚えがある。
「あ、ここ知ってる!」
昨日行った、750倍メガネの店じゃん!
「ありがとう!」
私はカードを受け取り、ベンチへ戻った。
分解した商品をリュックへ詰め込む。
冒険者たちは再び歩きだした。
まだ、あの店の話を続けている。
「でも、マキシム様もヴァルナ様も、ひのきの棒なんてなくても、素手で十分強いんだろ?」
「まあな。なんであれを買っているのか、俺には理解できん」
やっぱり、詐欺の類か。
そういえば。
750倍メガネの店も、商品は確か5ゴールド。
それなのに、高名な冒険者が何人も通っているらしい。
店もきれいだった。
家賃の取り立てに怯えているようにも見えない。
同じ5ゴールドなのに、師匠とは何が違うんだ?
商品に秘密がある?
それとも、売り方?
もしかして、両方?
何かヒントがあるかもしれない。
「待っていろ、750倍メガネ」
お前のインチキを、全部見抜いてやる!




