81 口の悪い精霊
「いま、しゃべった?」
『さっきからしゃべってるだろ。早く拾え、クソガキ』
床へ落としたひのきを、恐る恐る拾い上げる。
「750倍メガ……いえ、ITOさん。この木、しゃべるよ!」
「わたくしには聞こえませんが、声が届いたのでしたら、大当たりでございます」
「大当たり?」
「ひのきの精霊が宿ること自体は、それほど珍しくございません。ただし、人へ直接声を届けられるほどの精霊となりますと、およそ300分の1でございます」
「300分の1……」
「一箱10ゴールドですので、確率だけで申し上げれば、シェリィ様は3000ゴールド相当のお買い物をされたことになります。おめでとうございます」
はあ?
10ゴールドが3000ゴールド?
また適当なことを言っているな。
さすが750倍メガネ。
『おい。いつまで俺様を握り締めてやがる』
「それにしても、口が悪いね」
『俺様を誰だと思っている。さっさと崇めろ。供物はまだか』
私は、手の中のひのきをまじまじと眺めた。
「どう見ても、ただの棒切れなのに」
『棒切れじゃねえ! 俺様は、れっきとしたひのきの精霊だ!』
「精霊なら、私と似たようなもの?」
『どこがだ!』
「私、ノームだよ。大地の精霊みたいなものでしょ。たぶん」
『自分の種族くらい把握しとけ!』
失礼な精霊だな。
「なお、当店では、初めて商品をお買い上げいただいたお客様へ、簡単な戦術指南も行っております」
「いらん、いらん」
私は、空いている手をぱたぱたと振った。
戦術指南まで師匠の真似か。
今日からこいつは、モノマネ750倍メガネだ。
「じゃあ、10ゴールドは預けてるお金からね。これ、もらっていくよ」
「かしこまりました。ありがとうございました」
私は素材の入った木箱を抱え、店を出た。
これで、人気商品の秘密を調べられる。
それに、3000ゴールド相当の精霊まで手に入った。
最初の投資は全部ガラクタだったけど、最後に大当たりを引いた。
「よし。さっそく師匠のところへ――」
『待て、クソガキ』
「なに?」
『光をよこせ』
「外だから、もう当たってるよ」
『全然足りん。それから水だ。あと、葉っぱをつけろ』
「なんで?」
『なんでって、お前……』
ひのきの声が、急に小さくなった。
『このままじゃ、光合成できねえだろうが』
「精霊も光合成するの?」
『ひのきだからな』
「でも、あなた、棒じゃん」
『それが問題なんだよ!』
ひのきが、私の手の中でかすかに震えた。
『このままだと、俺様は死ぬ』
「え?」
『光と水と葉っぱがなければ、今日中に死ぬかもしれん』
「買ったばかりなのに!?」
『だから早くしろ、クソガキ!』
大当たりを引いたと思ったら、いきなり死にかけていた。
私は近くの公園へ駆け込んだ。
先ほど商品を分解したベンチへ戻り、木箱を置く。
中身を全部取り出した。
細く切られたひのき。
麻布。
麻縄。
透き通った樹脂。
水を含ませた布。
「なんで水まで入っているんだろう」
『知るか。さっさと飲ませろ』
もしかして、750倍メガネは、こうなることまで分かっていた?
いやいや。
適当に詰めたものが、たまたま役に立っただけだ。
私は水を含んだ布で、ひのきの先を包んだ。
『おお……水だ。もっとよこせ』
「一気に飲んだら、お腹を壊すよ」
『木に腹があると思ってんのか』
水は、これでいい。
次は葉っぱだ。
私はベンチのそばに生えていた雑草を、根ごと一本引き抜いた。
『おい。まさか、それを俺様につける気か?』
「そうだけど」
『俺様はひのきだぞ。雑草じゃねえ』
「好き嫌いを言ってる場合?」
『せめて木の葉にしろ!』
注文が多いな。
近くの木から、枝先の葉を少し分けてもらう。
でも、そのままひのきへ縛りつけても、葉っぱから力を取り込めない。
葉とひのきの通り道をつなぐ必要がある。
葉の根元。
ひのきの木目。
水を含ませた布。
三つを樹脂でつなぎ、最後に麻縄を巻いて固定した。
「これなら、いけるかな」
『いけるわけないだろ! ちゃんとつなげろ!』
「どうやって?」
『そんなことも知らんのか』
「知らん。教えて」
『分からん』
「役に立たないなぁ」
とりあえず、ひのきをぶんぶん振ってみた。
『やめろ! 目が回る!』
私は振るのをやめた。
『いや、待て。もう一回振ってくれ。なんか、いい感じにつながってきた』
「まじか。雑な作りだな」
もう一度、ぶんぶん振る。
葉とひのきをつないだ樹脂が、少しずつ馴染んでいった。
『お前の手から、何か流れ込んできてるぞ』
「何かって、なんだよ?」
『知らん。魔力じゃねえのか?』
「私、そんな力あったっけ? もう一回ぶん回せばいいの?」
『たぶん、ぶん回したときに強く握っただろ? それだ』
「じゃあ、握るだけでいいんじゃん」
『……たぶんな』
私は、葉のついたひのきを両手で握った。
しばらく待つと、葉がゆっくりと開いた。
『おお……。入ってくる。力が入ってくるぞ!』
「光合成できた?」
『ああ。光合成うめぇ!』
よかった。
どうやら成功したらしい。
『よくやった、下僕よ。褒美として、願いを一つかなえてやろう。どんな願いでも一つだけだ』
誰が下僕よ。
でも、願いか。
それはいいな。
「私をお金持ちにしなさい!」
『できん』
「じゃあ、レベルを10くらい上げて」
『それもできん。もっと簡単な願いにしてくれ』
「さっき、どんな願いでもって言ったじゃん」
『クソガキ程度の願いだと思って、侮っていた』
「なんだよ、それ。じゃあ、何ならできるの?」
『えーと……。それをお前が決めろ』
「庭掃除でいいよ。糸尾さんのお店、汚いから」
『できん。俺は棒だぞ』
「役に立たないなぁ」
『クソガキよりは役に立つ!』
「まだ何の役にも立ってないじゃん」
『これからだ! 俺様が活躍するのは、これからだ! ああ、光合成うめぇ! さあ、願いを言え!』
何もできないな、このクソ精霊。
「じゃあ、私のことをクソガキって呼ばないで」
『その程度なら簡単だ』
「シェリィ……だけじゃ面白くないな。神と呼んで」
『嫌だ』
「は? そのくらいもできないの?」
『できん。特別に、クソガキからシェリィさんへ昇格させてやる。これで願いは終わりだ』
腹立つ。
「ところで、あなたの名前は?」
『え?』
「まさか、ないの?」
『あるわ! 馬鹿にするな! 俺様は偉大なるひのきの精霊の……』
長い沈黙。
『……偉大なる、ひのきの精霊だ!』
「なるほど。名無しか」
『ある! きっとある! あるはずなんだ!』
「だから、何?」
『それは……いま、思い出せないだけだ』
急に声が小さくなった。
なんか、泣きそうだ。
「しょうがないなぁ。私が命名してあげる。ひのきの棒だから、ピノ」
『おお。その名前、いいな。俺もそんな名前だった気がしてきた』
「いいでしょ! わりと考えたよ。ひのきの棒を短くしたの。それに、半人前の精霊だから」
『なんだと、クソガキ!』
「約束」
『……シェリィさん』
「ピノ、よろしく!」




