76 謎の宝石店
イトーさんから出された条件。
本日中に、50ゴールドを持ってくること。
いま持っているのは5ゴールド。
あと45ゴールドも足りない。
「どうしよう……」
私は道端へ座り、リュックの中身を広げた。
かちかちの干しパン。
しなびた木の実。
しおれた薬草。
曲がったネジ。
何に使うのか分からない黒い塊。
これで全部か。
リュックを逆さにして、底をぱんぱんと叩く。
ころん。
青く透き通った、小さな石が落ちた。
「こんなの入れたっけ?」
夕日に透かしてみる。
石の奥で、小さな光がきらきらと揺れていた。
たしか、ルクルクルでは20ゴールドくらいで売っていた気がする。
私が入れた覚えはないから、里のみんなが荷物を詰めてくれたとき、誰かが入れてくれたのかもしれない。
これが一番高く売れそうだ。
あと25ゴールド足りないけど、まずはこれを売ってみよう。
私は荷物をリュックへ押し戻し、立ち上がった。
そうだ!
さっきイトーさんの店を教えてくれたおじさんなら、買ってくれるかもしれない。
私は、おじさんが武具を修理していた場所へ戻ってみた。
大通りの端に張られた、小さな日よけ。
その下には、修理待ちの鎧や盾がいくつも積まれている。
ちゃんとした建物もないのに、ぱっと見、イトーさんのお店よりずっと繁盛しているっぽい。
おじさんは低い椅子へ座り、へこんだ胸当てを金槌で叩いていた。
「お、さっきのノームじゃないか。糸尾の店は見つかったか?」
「はい。あの、ごめんなさい」
「何が?」
「おじさんはイトーさんを攻略できなかったんだって、心の中でちょっと笑ってました。でも、私も駄目でした」
「……何の話だ?」
「でも、惜しいところまではいったよ」
「そうか」
「言われた通り、誰もいなかったし、ぱっと見はボロだった」
「そうだろ。あそこはボロいし、流行ってない」
「5ゴールドでは駄目だったけど、50ゴールドあればいけそう」
「あいつの店に、そんな高額な商品あったか?」
やっぱり、このおじさんは何も知らない。
私は、かなりいいところまで進んでいるみたいだ。
ここから先は、内緒にしておこう。
「いや、なんでもない」
「そうか……」
「それより、この石、買ってくれませんか?」
私は青く透き通った石を差し出した。
「俺に?」
「はい。たぶん20ゴールドくらいなんですけど、できれば45ゴールドで」
「倍以上じゃないか」
「あと45ゴールド必要なんです」
「そういう問題か? それなら糸尾に買ってもらえば――」
あ、その手があったか!
「ああ、でも、あいつには買えんか……」
ん?
買えない。
「どういうこと?」
「察してやれ」
私は腕を組んで、考えてみた。
うーん。
イトーさんが買ってしまったら、私は簡単にお金が手に入ってしまう。
それではダメってことか。
なぜ?
あ!
そうか!
これは修行なんだ。
すでに戦術指南は始まっている!
自分の力で50ゴールドを作れるかどうか。
私はもう、試されているんだ。
「うん。たぶん、これは修行だからね」
「修行?」
試されているってことは――
もしかして、私には見込みがある?
だから、ずっと店先で見送ってくれていたんだ。
「やったー!」
「な、何が?」
「なんでもない!」
おじさんは石を夕日にかざし、何度か角度を変えた。
「悪いが、俺にはこいつを鑑定できんなぁ。見たこともねぇし、価値があるのかどうかも分からねぇ」
「そんなぁ」
「うーん。武器屋ストリートなら、目利きのできる商人も多い。この時間でも、まだ開いている店があるんじゃないか?」
「本当?」
「さっき通ったんだろ? 戻って聞いてみな」
「ありがとうございます!」
私はおじさんに頭を下げ、走り出した。
武器屋ストリートなら、さっき行ったから分かる。
私の記憶力は完璧だ。
そう思って走り出したのに、気がつけば知らない路地にいた。
「あれ?」
来た道を戻ったはずなのに、今度は噴水広場へ出た。
さらに引き返すと、さっきのおじさんによく似た人がいた。
「おじさんのそっくりさん?」
「俺だよ。お前、まだいたのか?」
おかしい。
私の記憶力は完璧なはずなのに。
きっと、焦っているからだ。
初めての修行だし、焦るのも仕方ない。
期待もされているしね。
「武器屋ストリートはあっちだ」
「ありがとう!」
散々迷った末、ようやく武器屋ストリートへたどり着いた。
辺りはすっかり暗くなっていた。
店はどこも扉を閉め、看板まで片づけられている。
本日中に50ゴールド。
もう時間がない。
「どこか、まだ開いている店は……」
通りの奥に、一軒だけ明かりが見えた。
「あった!」
大きな窓から明るい光が漏れている。
店内には、ぴかぴかに磨かれたガラスのショーケース。
その中央に、何かが大切そうに飾られていた。
「きっと宝石屋だ!」
やった。
まだ運は残っている!
私は明かりのついた店へ飛び込んだ。
「まだやっていますか!?」
「いらっしゃいませ。どうぞ、お入りください」
店の奥から、男の人が現れた。
きれいに整えられた髪。
細身の体に、ぴったり合ったスーツ。
そして、鋭く光る眼鏡。
ショーケースの中を、よく見る。
宝石……ではない。
よく磨かれた、茶色い棒だった。
なんで宝石屋に棒が?
「なに、あれ?」
「ひのきの棒でございます」
「ちなみに、いくら?」
「5ゴールドでございます」
どこかで聞いたような……。
「ただし、本日お相手できる新しいお客様は、すでに3名に達しております」
1日3人!?
どれだけ殿様商売なのよ。
「ここ、宝石屋ですよね?」
「宝石店かと問われますと、どのようにお答えするべきか、少々悩むところでございます」
「違うの?」
「宝石の鑑定や買い取りとは、浅からぬ縁がございます」
「つまり、買ってくれる?」
「品物を拝見してから判断いたします」
「私はシェリィ。これを45ゴールドで買ってください!」
私は青く透き通った石を、カウンターへ置いた。
男の人は石を手に取り、眼鏡越しに一度だけ眺めた。
「シェルルの瞳でございますね」
「知ってるの?」
「はい。この石には、ノームの手の記憶をほんのちょっぴり――量にして、スプーン一さじほど宿す性質がございます」
「そんな機能あったん?」
「はい。持ち主が自らの技を込め、次のノームへ託したとき、その手の記憶が一つ宿ります。ただ触れたり、持ち主が変わったりするだけでは、変化はありません」
「初めて聞いた。ボネットさんも言ってなかったよ」
「はい。ほとんど誰にも知られておりません。目立った変化が現れるのは、500人を超えてからですので」
「500人?」
「もっとも、その段階では、まだ実用には耐えません」
うそくせぇ。
「多くのノームは、これを装飾品として使っております。一部の錬金術師は、粉末にして調合材料へ混ぜ、量を増やして高く売ろうとしているようですが」
「いるいる。そういうことをする奴。そして10倍にして売る」
「人間界の価格から見れば、それでも非常に安いのですが」
街へ入るときに会った、あの悪い行商人と同じことを言っている。
男の人は石を明かりへ透かし、眼鏡を押し上げた。
「こちらには、1万5241人のノームが託してきた手の記憶が宿っております。間違いなく一級品です」
なんだよ、その妙にそれっぽい数字は?
里にいるノームは――
ボネットさん。
ゴンさん。
サロさん。
アルトさん。
ペンちゃん。
ラミュ。
ええと……。
そこから先が出てこない。
どう考えても、1万人はいない。
はい、嘘確定。
やっぱり詐欺師だ。
「たしか、1万5000ゴールドだったと記憶しております。……もっとも、これでも安すぎますが」
は?
この石ころが?
「い、1万5000ゴールド?」
「はい」
「ノームの里では20ゴールドだよ」
「はい。しかし、シェリィ様は45ゴールドでの買い取りをご希望されました」
やべ。
男の人の口元が、わずかに緩んだ。
そういえば、どこかで聞いたことがある。
ノームの品は、人間界では何十倍もの値段になる。
あの悪い行商人も、同じことを言っていた。
ノームの里では20ゴールド。
それが、人間界では1万5000ゴールド。
ええと……。
指を折って数えようとした。
無理だ。
頭の中で計算する。
うーん……。
「750倍です」
あ、そうそう。750倍。
はい、また詐欺師確定。
これでダブル確定!
「って、そんなにいりませんよ。45ゴールドでお願いします」
「……45ゴールドでよろしいのですか?」
「はい」
本当は20ゴールドくらいの石ころだ。
それを45ゴールドで売ろうとしている。
ちょっと悪いことをしている気もする。
「でも……私には、どうしても45ゴールドが必要なんです」
「さようでございますか。では先に45ゴールドをお渡しいたします」
男の人は、カウンターの下から硬貨を取り出した。
「残りの1万4955ゴールドは、シェリィ様のお金として、当店でお預かりいたしましょう」
「いらないよ」
「そういうわけにはまいりません」
「どうして?」
「こちらを45ゴールドで買い取れば、わたくしが不当に利益を得ることになります」
「大丈夫。私は騙されたりしないから」
「誤解なさらないでください。わたくしは詐欺師ではございません」
そうそう。
詐欺師って、自分では詐欺師じゃないって言うのよ。
テンプレだ。
トリプル詐欺師に昇格!
「誤解のないよう、お預かりする金額を記した証書をお渡しいたします」
男の人は紙へ何かを書き込み、私へ差し出した。
難しい人間界の文字が、びっしり並んでいる。
読む気すら起きない。
でも、受け取らないと話が終わらなそうなので、折り畳んでポケットへ入れた。
「おそらく、このままお話を続けても平行線でしょう」
「へーこーせん?」
「一つだけお伝えしておきます」
トリプル詐欺師は、人差し指で眼鏡の中央を押さえた。
「38時間12分45秒後、シェリィ様は再び当店を訪れ、先ほどお預かりしたお金を使えないかと、わたくしにお尋ねになるでしょう」
は?
「絶対に来ません!」
こんな怪しい店、二度と来るもんか。
男の人から45ゴールドを受け取り、何度も数える。
もともと持っていた5ゴールドと合わせれば――
「50ゴールド! やったー!」
これで、イトーさんの試練は突破した。
「あの、最後に一つだけ聞いてもいい?」
「はい。なんでしょうか?」
「もし魔王が来たら、商品を売りますか?」
「条件次第では、お売りいたします」
やっぱり、売るんだ。
しかも条件までふっかけるなんて、もはや論外だな。
イトーさんは、どんなに大金を積まれても、魔王には売らないって言った。
このトリプル詐欺師め。
いや、トリプルじゃない。
今のも入れないと。
トリプルの次は――
えーと……。
詐欺師レベル4に昇格!
この調子だと、レベルがインフレするな。
もう数えるのはやめよう。
なんて呼ぼう。
ただの怪しい宝石商?
ただの……?
いや、違う。かなり怪しい。
よし。750倍メガネと呼ぼう。
「ありがとうございました」
私は店を飛び出した。
第一試練、クリア!
待っていて、イトーさん!
人間界、ちょろいです。




