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スタイリッシュ武器屋  作者: 弘松 涼


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75 怪しい防具屋

 扉を開くと、カラン、と小さな鐘が鳴った。


「失礼します」


 返事はない。


 店の中は薄暗かった。

 壁にかかったランプには火がなく、窓から差し込む夕暮れの光だけが、店内をぼんやり照らしている。


 中央には、ガラスの曇ったショーケース。

 床には埃が積もり、隅には糸くずが固まっていた。

 

 そして、客は一人もいない。

  

 聞いていた通りだ。


「あのぉ、誰かいませんか?」


 店の奥で、ガタンと音がした。


「少々お待ちください」


 何かを慌てて片づける音。

 しばらくして、奥から一人の男の人が現れた。


 七三に分けた黒い髪。

 黒縁の眼鏡。

 細身のスーツに、少し出たお腹を無理やり押し込んでいる。


 想像していた大賢者とは、だいぶ違う。


 男の人はスーツの襟を整えると、胸へ片手を当てた。

 舞台の上にでも立っているような、大げさなお辞儀をする。


「いらっしゃいませ。糸尾防具店へようこそ。店主の糸尾でございます」


 イトー!

 本物だ。


「は、初めまして! シェリィです!」


 私も慌てて頭を下げた。


「シェリィ様。遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。なるほど。お客様はドワーフでございますね」

「ノームです」


「……もちろん、存じております」


 イトーさんは、眼鏡を押し上げた。


「いまのは、シェリィ様がご自身の種族を正しく理解しているか、確かめるための質問でございます」


「そうだったんですか!」


 私がノームだと答えることまで読んでいた。

 やっぱり、すごい人だ。


「ところで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「はい。何か買いに来ました!」


「何か、でございますか?」

「ええと……」


 私は店の中をきょろきょろと見回した。

 

「あ、じゃあ、あれ……は?」


 曇ったショーケースを指さす。

 中には、布の服が3着並んでいた。

 

「ありがとうございます。では、あなたにぴったりの、スタイリッシュな一着をお選びいたしましょう」


 どれも同じ形。

 どれも同じ色。

 どれも、私でも作れそうなくらい普通に見えた。


 いや。

 表面だけで判断しては駄目だ。

 この3着には、私には分からない何かがある。


「当店では、1日に3名様までと決めております」


 きた!

 選ばれし3人。


「どうして、3人だけなんですか?」

「お客様一人ひとりに、きちんと向き合うためでございます。数を売るだけの仕事は、わたくしの主義に反しますので」


 やっぱり。

 丁寧な個別対応をするために、3人しか相手にしないんだ。


「ちなみに、この服はいくらですか?」

「一着、5ゴールドでございます」


 5ゴールド。

 これも合っている。


 でも、まだだ。

 本物かどうか、もう少し確かめておかないと。


 いきなりこんなことを聞くのは、失礼かもしれない。

 でも、ここまで来て人違いでしたでは困る。

 私は勇気を出して、口を開いた。


「イトーさん。もし魔王が来たら売りますか?」

「お売りしません」


 やっぱり!


「わたくしには、魔族を採寸した経験がございません。まずは体格や骨格について、それなりに勉強する必要があるかと思います」


 魔王お断り。

 合っている。


「どんなに大金を積まれても?」

「はい。お断りいたします」


「どうして?」

「お金の問題ではありません。たとえ魔王であろうと、わたくしが自信を持ってお渡しできる一着でなければ、お売りできません」


 よく分からない。

 でも、なんか深い。

 やっぱ本物は違う!

 里のノームなら、10倍、いや2倍積まれても余裕で売る。


 ただ、一つだけ不思議だった。


 そこまで自信のある服なら、もっと店が流行っていてもいいんじゃないだろうか。

 私が誰もいない店内を見回していると、イトーさんが眼鏡を押し上げた。


「シェリィ様。いま、これほどの自信作を売っているのなら、もっと店が流行っていてもよいのでは――そう思いましたね?」


「えっ」


 予言きたー!


「やはり、流行っていないことにも深い理由があるのですね」


 イトーさんは静かにうなずき、窓の外へ目を向けた。

 どこか遠いところを見つめ、ぽつりと呟く。


「時代が、まだわたくしに追いついていないのです」


「え?」


 何を言っているんだ?

 まったく分からない。


 でも、シュバルツァーさんが言っていた。

 イトーさんの何気ない言葉にも、私たち凡人にはすぐ理解できない深い意味がある。

 さらに、これから起こり得る1億通りもの未来を読む、とも。


 はっ!


 1億通りの未来を読んでいる――

 

 つまり、イトーさんは時代よりずっと先にいる。

 だから、まだ時代がイトーさんに追いついていない。


 なんか、それらしい。

 きっとそうだ!

 本物は違う!


「この服を買ったら、すごい戦術指南もしてくれるんですよね?」

「……戦術?」


「この服で、どう戦えばいいのか教えてくれるって」

「着方と手入れの方法でしたら、責任を持ってご説明いたします」


「私、理解力はかなり高い方だと思うけど、なんか勘違いがひどいってボネットさんから言われていて……。勘違いなんてしたことないんだけど、大丈夫かなぁ」

「ご安心ください。当店では、アフターフォローも大切にしております」


 やっぱそうだ。

 しかもやさしい。

 この人こそ、私が探していた大先生に間違いない。


 この人の布の服を買いたい。

 戦術指南も受けたい。

 錬金術も教えてもらいたい。


 絶対に、弟子にしてもらう。


 胸のどきどきが止まらない。

 いますぐ全部お願いしよう!


「この布の服をください!」

「ありがとうございます。5ゴールドになります」


 私はポケットから硬貨を取り出し、イトーさんへ差し出した。


「全財産です。受け取ってください!」


 イトーさんは差し出された硬貨を見た。


「本当に、それですべてですか?」

「そうですけど……」


「ほかには?」

「ありません」


 イトーさんは渋い顔になった。

 小さく息を吐く。


 いま、舌打ちされたような気がした。


「でしたら、お売りできません」

「え? どうして?」


「それが全財産なのでしょう?」

「はい!」


「お帰りください」


 私は慌ててメモを確認した。


 ――真心のお金しか受け取らない。


 これか!?

 

 しまった!

 トラップにやられた!

 ちゃんと予習してきたのに。

 

 でも、私、どこがいけなかったの?

 とにかくリカバリーしないと。


「いまのなし! もう一回、最初からできない?」

「何をですか?」


「5ゴールドを渡すところから!」

「同じ結果になると思います」


 また未来を読まれた。


 もう、どうすればいいの!?


「お願いします! そこをなんとか!」

「お帰りください」


「嫌です!」

「なぜですか!」


 イトーさんは、眼鏡を押し上げる。

 その瞬間、眼鏡が夕暮れの光を受け、ちょっとだけ不気味に輝いた。


「……では、一つだけ方法がございます」

「ほ、本当ですか!」


「本日中に、50ゴールドを所持していると証明してください」

「50ゴールド?」


「それができましたら、特別に一着お売りいたします」


「本当に、本日中に50ゴールドを持ってくれば、売ってくれるんですね?」

「もちろんです。お約束いたします」


 いま持っているのは5ゴールド。

 あと45ゴールド。


 でも、無理ではない――気はする。

 突破口は、こじ開けた。

 こっからリカバリーだ!


「分かりました。なんとか本日中に50ゴールド作ってきます!」


 私は店を飛び出した。

 待っていて、イトーさん。

 絶対に、あと45ゴールド集めてみせる!

 

 少し走ってから、振り返る。


 イトーさんは店先に立ち、微動だにせず私を見ていた。

 夕日を背負った体は真っ黒で、眼鏡だけが白く光っている。


 その唇の端が、わずかに上がった。


「フフッ……」

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― 新着の感想 ―
やっぱ、イトウじゃなくてイトオだったか〜。
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