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小話集  作者: 海陽
5/5

バレンタイン 2015 ミイドside 「闘神」

薫花の1月末。


いつものようにシノブさんの部屋で獣神様方を含めた4人でのんびりしていると、彼女がテーブルに置いた紙に何やら書き始めた。そばで見ていたが、単語らしき短い語、何かの図などてんで纏まりがない。というか読めない。文字なのだろうとは分かる、だが『ニホン語』らしく俺どころか獣神様方にも理解は出来ないようだった。簡単な文字の組み合わせから、やたらとややこしそうな単語。彼女の母国は幾つもの文字を使い分けているとは聞いていたが……とてもじゃないが覚えられる気がしない。いつか覚えてみたいとは思っていたものの。



うんうん唸っては悩むシノブさんに尋ねれば、『バレンタインデー』なる日が毎年薫花の2月14日にあるらしい。シノブさんの故郷ニホンでは2月14日。委細を聞けばその内容にいつになく動揺するのが自分でもよく分かった。


『バレンタインデー』は自らが想いを寄せる相手にその胸内を告げる日なのだという。その手段に『チョコレート』という菓子を手渡す。そうすることで告白がしやすくなるのだそうだ。


そんな。シノブさんの恋を、愛を独占する奴が居るというのか?!嫌だ、考えたくない!!


だけど、彼女は言ったのだ。『本命』は居ないと。『本命』は恋情を抱く相手に渡す、1番心がこもったもの。ほっとすると同時に、俺は男として見られてはいないのかと落胆した。


『カカオ』という植物の実が、本来『チョコレート』の材料らしい。けれどそんな植物、外見が似た植物すらも見たことがない。これでは『チョコレート』は到底無理だろう思っていた。

が、シノブさんはそんなことで諦めるような人じゃなかった。『もしかしたらあるかも!』と、早速行動に移した。ダウエル様に東地方の森へ行く許可をもぎ取ってきたんだ。彼は渋っていたらしいが……何があるのか。



そうして東地方の森へと向かった俺達。今回は時間も掛かる東地方へのいわゆる遠征、それなのに残り日数は足りない。白狼の獣神ハクキ様はひと足先に森へと向かい、俺はというと何と馬神の獣神であるオウガ様に畏れ多くも騎乗させてもらえることになった。本来なら契約者のシノブさんしか許されない事で、一生に1度だってあるとは思えない僥倖。『大げさだなぁ』ってシノブさんは笑っていたけれど。


『行くよ、ミイドさん。今回は急ぎだから最初からすっ飛ばすね!捕まっててねっ』


今にも動き出してしまいたい、って気持ちがもろに伝わるわくわくした声音。鞍も鐙も無い獣神様の背に、シノブさんを前にしての相乗りとはちょっと情けない気がしなくもないが、馬具無しでの騎乗など初めての俺には何も言うことは出来ず、それからの3日間は獣神様の全力を身を以て体感した。3日で東地方に到着なんて……速過ぎるだろ!!

そしてシノブさんの凄さを実感した。3日間襲歩したにもかかわらず、彼女は疲れた様子も無く寧ろ溌剌としていたんだから。



『キャロブって植物を見つけたいんだ』


『キャロブ?』


『うん、キャロブ。地球では地中海付近で栽培されてるやつでね、あれなら味も似てるからチョコレートの代わりになるんじゃないかなって』


特徴を教えてもらい、探しに探した。いつの間に呼んだのかハクキ様の息子達も加わって探した結果、キャロブというらしい植物が群生しているところを見つけたんだ。しかもその2匹は更に甘味料になるらしいトウキという植物まで見つけていた。その時のシノブさんの喜びようは、こっちまで嬉しくなるような笑顔で。


帰路は荷物が増えたことで4日掛かったが、無事、ハイドウェル家にキャロブとトウキを持ち帰ったのだった。


それから何日か、シノブさんはハイドウェル家料理長アルヌさんと厨房に入り浸り、『チョコレート』もどきなものを作っているようだった。……一体誰に渡すのか。『本命』は居ないとは言っていたが……。


『バレンタインデー』とかいう日が近付く度、だんだん億劫になっていく。彼女から想われたい、男として。けれどあの旅の中でオウガ様から言われたあの言葉『シノブは色事に疎い』の通り、彼女は俺の恋慕に気付かない。家族で、兄で、剣の師で、旅の仲間で……そこに、『恋人』の2文字はない。







そして来てしまった薫花の2月14日。


シノブさんは獣神様方を始め、ハイドウェル家の面子へあの『チョコレート』もどきを少量ずつ配っていく。アルヌさんと厨房で試行錯誤している間、厨房からは甘い香りが漂っていた。そして今も、『チョコレート』もどきを持って屋敷内を歩く彼女からは甘い香りが漂う。俺はその後ろをついて行く。


そして彼女が『チョコレート』もどきを渡したのは、ダウエル様とその奥方のミリア様、イーニス様、家令のヒードさん、使用人頭のメリダさん。そしてハイドウェル家私兵のダインさん達全員に1つずつ。


『シノブのお手製?うわ、ありがとう』


『……シノブ?本当にこれは食べ物かい?……うん、見かけよらず美味いな』


『シノブ殿の手作りですか!へえ、『チョコレート』というのですね』


上からイーニス様、ダウエル様、そしてダインさんを筆頭としたハイドウェル家の私兵達の科白だ。ダインさんの言葉には『違う、『チョコレートもどき・・・』!』とすぐさま訂正を入れていたが。


こうして大量の『チョコレート』もどきを配り歩き、満足げな彼女だが……シノブさん。俺には無いのか?いや、あんなにたくさん作り配ったんだ、1人や2人配り忘れた奴だっているかもしれない。だけど、だけど。『俺にもくれるだろう』と密かに期待していたのも事実だった。

そんな俺に彼女が気付く事はなく、日は暮れ夜が更けていく。





コンコン。


『……ミイドさん、起きてる?』


大人げもなく内心不貞腐れて床に潜ってから2アルン(2時間)。結局胸がもやもやして眠れずにいた時に、やって来た来訪者。控えめに俺の部屋の扉を叩き、おずおずと顔を覗かせたのはシノブさんで。


『起きてる。どうした?』


こんな時間に女性が男の部屋を訪ねるなんて、何かあっても文句は言えないというのに……その警戒心の無さに胸内で嘆息する。そこまで俺は男として見られていないのか。


『あのね?渡したいものが、あって……』


いつになく気恥ずかしそうに部屋に入ってくる彼女。扉を慎重に閉め、寝台の俺の元に近付いてくる。


『……受け取って、くれますか?』


いつもは砕けた口調なのに敬語で、しかも恐る恐る俺に出されたそれは。


『俺には無いのかと思っていたのに』


あの『チョコレート』もどきだったんだ。昼間にはそんな素振りも見せず、何故今更?


『……だって』


『だって?』


『昼間に渡すのは恥ずかしかったし……他の人にも渡してたから、同じ気持ちだって思われたくなかった』


つまり、それは。


『皆に配ったチョコの意味は『親愛』だよ?……分からない?』


『期待しちまうぞ』


『正直ね、この気持ちが恋とか愛してる、とかがわからないんだ。向こう(日本)でもそういう経験って全く無かったから。でも、ミイドさんの笑った顔見るとドキドキするし、もっと見たくなるし、色んな事を一緒にしたいし……ああ、もう!私にも分かんないっ』


恥ずかしいのか『うぁああ』とよく分からない呻きと同時に俺のいる寝台に顔を押し付ける。そんな変な行動よりも、俺はじわじわと迫り上がってくる興奮と赤くなる顔を抑えるのに必死だった。

だって今、シノブさんが言ったのは、『俺という存在を男として見てくれている』ってことに他ならなかったんだから。……恋してる、にはまだ届かなくていい。異性として意識されてることが分かっただけでも今は充分だ。ここからは俺の努力次第で1歩も2歩も前進出来る。いつか、彼女と恋人になることだってできるかもしれないんだから。


『シノブ、さん』


『……』


『シノブさん、俺を見て』


きっと俺の顔は見るも無惨に緩みきっているだろう。そっと彼女の身体を寝台に引っ張り上げて、緩慢に抱き寄せる。


『……?』


のろのろ顔を上げた彼女の目の前に俺の顔。その額へ優しく口づけを落としてもう1度抱き締める。


『ありがとう。凄く嬉しい。……俺も努力するよ。シノブさんにもっと好きになってもらえるように、いつか『愛してる』って言ってもらえるように』


『?!』


『シノブさんの行くところには必ず付いて行くよ。色んなところへ行こう。一緒にたくさんの事を体験して、共有して』


『……うん』


『それでいつか、俺の恋人になってくれたら嬉しい』


『うん』


『欲を言えば嫁になって欲しいけどな』


『よ、嫁?!』


『当たり前だろ?俺がどれだけこの気持ちを我慢してきたと思ってんだ。……愛してる、ずっと前から。これからもな』


頰に唇を寄せれば月明かりでも分かるほどに真っ赤に染まる彼女に笑って、もう1度俺はその華奢な身体を抱き締めた。

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