第四話 波紋
式典は中断された。
王族側から収拾のための対応が入り、来賓は各々の宿舎や馬車へと促された。ルミナはエルカリナ家の馬車に乗り込み、ザイルと別れた。手短に礼を述べたルミナに、ザイルは「また会います」とだけ言った。
馬車の中で、ルミナは一人だった。
マリアは式典会場から直接家に戻るよう指示していたため、今は馬車の御者だけがいる。揺れる車内で、ルミナは窓の外の景色を見ていた。
頬の痛みは引いていた。あるいは感覚が麻痺しているのかもしれない。
婚約破棄。
公衆の面前での断罪。
そして――。
それらが現実として頭に並んでいるのに、涙が出なかった。悲しいのか怒りを感じているのか、自分でもよくわからない。ただただ、疲れていた。
エルカリナ邸に戻ると、父のオスカル伯爵が玄関で待っていた。
白髪交じりの髪に、ルミナと同じ翡翠色の目。魔法研究一筋に生きてきた細身の男は、娘の顔を見た瞬間に目を伏せた。
「……帰ったか」
「はい」
「式典のことは、すでに知らせが来た」
ルミナは答えなかった。
「婚約破棄は……受け入れるしかない。王家の決定だ。しかし、あのような形で」オスカルの声が微かに揺れた。「あのような形での発表は、聞いていなかった。ルミナ、私は」
「父上」
ルミナは静かに遮った。
「私は大丈夫です。お気遣いなく」
大丈夫という言葉が嘘だとは思わなかった。少なくとも、今は。ただ父に心配をかけたくなかった。エルカリナ家に生まれた者として、取り乱した姿を見せることへの抵抗が、子供の頃からルミナの中に根付いていた。
「……そうか」
オスカルは何かを言いかけて、黙った。
その夜、ルミナは書斎に戻り、祖父の研究ノートを開いた。
制御の恩寵について書かれたページだ。何度も読んだ文章。しかし今夜は、違う部分に目が留まった。
「魔力の制御とは、抑圧ではなく調律である。暴走する力を押さえ込むのではなく、その流れを整え、あるべき形に導く。制御の才を持つ者は、世界の均衡を保つ要となり得る」
ルミナは顔を上げ、天井を見た。
ザイルの周囲で凪いだ空気を思い出した。
あの魔力の、あの重さを。
自分がそれを、無意識に整えていたという事実を。
窓の外で、夜風が木々を揺らしていた。




