第二十一話 決断
翌朝、ルミナはザイルの部屋の扉を叩いた。
「話があります」
「どうぞ」
書斎に入ると、ザイルはすでに起きていた。机の前に座り、何かの文書を読んでいた。ルミナが入ってくると、それを静かに閉じた。
「眠れましたか」
「少し。あなたは」
「眠れませんでした」
ルミナは向かいの椅子に座った。朝の光が窓から斜めに差し込んでいた。冬の朝の、柔らかな光だった。
「答えが出ました」
ザイルが目を上げた。
「動きます」
部屋の中で、しばらく沈黙が続いた。風が窓を揺らした。
「理由を聞いてもいいですか」
「はい」
ルミナは背筋を伸ばした。
昨夜、眠れない時間の中でずっと考えていたことを、今言葉にする。
「王家を許すわけではありません。テオを許すわけでもない。エルカリナ家が受けたことへの怒りは、今も変わらずあります。それは変わらない」
「しかし」
「しかし、私の才は、ここまで来るために育ちました。祖父のノートが、父の研究が、あなたとの三ヶ月が、すべてこの才を育てました」
ルミナは机の上の祖父のノートを見た。
「才とは何のためにあるのかを、ずっと考えてきました。この半年間、ここで毎日考えてきました。街の魔法陣を整えるとき、あなたの魔力を調律するとき、父と一緒に手順書を作るとき——才は、使われるときに意味を持つのだと思うようになりました」
ザイルが静かに聞いていた。
「王都の地下で今、五年分の歪みが限界に達しようとしています。それを感じ取れる者が、この世界に何人いますか。おそらく、私と父だけです。その才を持ちながら、使わないでいることは——私にはできません」
「その才を、今この瞬間に使えるとしたら——使わない理由が、私には見つからない。制御者は、流れを整えるために存在します。流れが歪んでいるのを感じ取れる者が、整えない理由はない」
「王家のために、ではなく」
「王都の人々のために。あそこで生きている人々は、王家の判断を選んだわけではありません。生まれた場所で、今夜も暖房なしで耐えている。それと私の怒りは、別の話です」
ザイルは静かに聞いていた。
「もう一つ」ルミナは続けた。「昨夜、ザイルが言ったことがあります。あなたの才は、あなたのものだ、と」
「言いました」
「私はそれを、今朝もう一度考えました。私の才を、どう使うかを私が決める。それは、王家に使わせるのでも、王家に使わないと決めるのでも、なく——私が、私の意志で使う、ということです」
「……わかりました」
ザイルの声に、いつもと違う質があった。低く、静かで、しかし何か深いところで動いているような。
「条件があります」
「聞きます」
「三つです」
ルミナは指を折った。
「一つ。王家への対応は、アルテミアの外交チャンネルを通した正式なものにする。私がエルカリナ令嬢として行くのではなく、アルテミアの技術支援の一環として行く。この件でエルカリナ家が王家に頭を下げることは、一切しない」
「了解しました」
「二つ。作業の内容と結果は、アルテミアの公式記録として残す。エルカリナの制御理論がこの問題を解決したという事実を、消えない形で記録する」
「記録します」
「三つ」
ルミナは少し間を置いた。
「ザイルが、一緒に来てください」
「最初から、そのつもりです」
迷いのない即答だった。
ルミナはその答えを聞いて、初めて肩から力が抜けた。
「……ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらです」
「何が」
「あなたが動くと決めた理由に、私への信頼が含まれていた」ザイルは静かに言った。「そして、あなた自身の意志で決めた。それが、嬉しかったです」
ルミナは目を瞬かせた。
嬉しかった、という言葉を、ザイルから聞いたのは初めてだった。いつも静かで、感情の色が薄い人が、はっきりと嬉しいと言った。
「……では」とルミナは言った。「出発の準備をしましょう」
「はい」
二人は立ち上がった。
「父上には私から話します」
「私も同席します。手順書の確認も必要です」
「わかりました」
廊下に出ると、父の書斎の扉がすでに開いていた。オスカルが中から顔を出した。
「来ると思っていた」
「聞こえていましたか」
「壁は薄くない。しかし、昨夜から決まっていたのだろう」
ルミナは少し考えた。
「……昨夜から、ではないかもしれません。最初から、だったのかもしれません」
父は頷いた。
「そうだろうな。お前はそういう人間だ」
窓の外に、冬の朝が広がっていた。北西の空に、薄く雲がかかっていた。
その雲の向こうに、母国がある。
ルミナは一度だけ目を閉じ、そして開いた。
行こう。




