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制御者の令嬢は隣国の大魔導士に溺愛される  作者: まる
第四章 優しさと

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第十八話 来訪

テオ・マルコシアンが来たのは、使節団の訪問から五日後だった。

朝、ヴェルナード邸の正門に馬車が停まった。エルカリナ王国の王家紋章。馬車から降りてきた人物を見て、門番が執事のクロードに急報を入れた。

事前の通告はなかった。外交上は明らかな無礼だったが、今の王国にそれを正式に指摘する余裕はないとわかっていたのだろう。あるいは、正式な通告をすれば断られると、テオ自身が知っていたのかもしれない。

クロードがルミナのもとへ知らせに来たとき、ルミナは書庫にいた。

「殿下がお見えです」

「わかりました」

ルミナは手の中の文献を閉じた。動揺はなかった。来るだろうと思っていた。準備はしてある。心の準備も、言葉の準備も。

「ザイル様には」

「すでに伝わっています。応接の大広間でお待ちです」

「先にザイルのところへ行きます」

廊下を歩きながら、ルミナは自分の心の状態を確かめた。

怒りはあるか。ある。しかし焰のような怒りではなく、冷えて固まったような怒りだ。もう熱を持っていない。あの式典の日から半年かけて、感情が変化した。

悲しみはあるか。もうない。五年間の婚約期間に感じていた悲しみは、あの式典の石畳に置いてきた。あそこで何かが終わり、そして何かが始まった。

では今、何がある。

母国への案じる気持ちがあった。あの北区画で震える夜を過ごしている人々への、どうにもならない心配があった。テオへの感情ではなく、それだけがあった。

それと、もう一つ。

今日ここに来てくれた人物への、信頼があった。隣に立つと言ってくれた人物への。その信頼が、今日のルミナの背骨だった。

ザイルは大広間の外廊下に立っていた。

二人は言葉なく視線を合わせた。

「準備はいいですか」とザイルが短く聞いた。

「はい」

「何があっても、私の隣に立っていてください」

「わかりました」

大広間の扉が開いた。

テオ・マルコシアン第二王子は、半年前と変わらず整った容姿をしていた。金色の髪、青い目。しかしその目の下に疲労の影があり、立ち姿に半年前の威風はなかった。五年間の婚約期間に慣れ親しんだその顔が、今は遠い。知っている顔なのに、知らない人を見ているような感覚があった。

テオはルミナを見た。

ルミナはテオを見た。

半年間、この人物のことをどれだけ考えたか、ルミナは思い起こした。怒りの形で。悲しみの形で。しかし今この瞬間、広間に立つテオを見て、ルミナが感じたのはその二つではなかった。

距離だった。

同じ部屋にいるのに、この人物は遠くにいる。言葉を交わしても届かない距離に、ルミナ自身がいる。それを、この瞬間に実感した。

「……久しいな、ルミナ」

「はい」

「元気そうで」

「おかげさまで」

短い、しかし密度のある沈黙が降りた。

テオの視線がルミナからザイルへ移り、また戻った。何かを測るような目だった。ルミナとザイルの間にある空気を、読もうとしているような。そしてその読み方が、半年前の式典で自分が何をしたかを理解した上でのものだと、ルミナにはわかった。

それがテオにとっても、楽ではないはずだ。ルミナは思った。しかし楽ではないことと、正しいことは、別の話だ。

「ヴェルナード侯爵、この度の来訪、受け入れていただき感謝する」

「エルカリナ王国からの使節団の要請は聞いております」とザイルは静かに答えた。「直接お越しになったということは、それ以上の話があってのことでしょう」

「……ある」

テオの目がルミナに戻った。

「ルミナ、頼みがある」

「聞きます」

「王都の基幹魔法陣が、不安定になっている。専門家に診てもらったが、修復方法がわからないと言う。お前の……エルカリナ家の技術が必要だという結論になった」

「存じています」

「助けてほしい。王都の民が危険にさらされている」

テオの声に、珍しい質のものが混じっていた。

懇願だった。

この人物が懇願する声を、ルミナは五年間の婚約期間中に一度も聞いたことがなかった。命令する声は知っていた。宣告する声も知っていた。しかしこの声は初めてだった。

変わったのか、と思った。しかしすぐに、追い詰められれば誰でもこういう声を出せると、ルミナは静かに考え直した。

「殿下、一つだけ確認させてください」

「何だ」

「今回の要請は、エルカリナ家の技術が必要だという判断に基づいてのことですか。それとも、他に方法がないから来たのですか」

テオが黙った。

「どちらでも、私への回答は変わりません。ただ、理解しておきたいのです」

「……両方だ」テオは目を逸らさずに言った。「エルカリナの技術が必要だという判断と、他に方法がないという現実と、両方だ」

その率直さに、ルミナは少しだけ意外な気持ちを覚えた。誤魔化すかと思っていた。しかしテオは正直に答えた。

「わかりました」

ルミナは背筋を伸ばした。

深呼吸を一つした。

来る前に、ルミナはこの瞬間のことを考えていた。テオが頭を下げにきたとき、自分は何を言うか。民への言葉か、王家への言葉か、あるいはテオ個人への言葉か。いくつか用意していた。

しかしその言葉が口をつく前に、隣から声がした。

「断ります」


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