第十四話 再会
外交手続きは、驚くほど速く進んだ。
ザイルがアルテミア王家に話を通したのが三日後。王家の許可が下りたのがさらに二日後。正式な招聘状が王都に向けて送られたのが翌日。ルミナには、このスピードがザイルという人物の実質的な影響力を如実に示していると感じた。
仕組みの上では、筆頭魔導士は王家の臣下だ。しかし実態は、ザイルの存在がアルテミアの国防の要である以上、王家もザイルの判断を無下にはできない。今回の件でも、王家はルミナが屋敷で出している魔法陣の修復実績を評価していたらしく、エルカリナ家の招聘は「アルテミアの国益に資する」として即座に認可が下りた。
その間、ルミナは父への手紙を書いた。
招聘の経緯と、来ることへの意思確認。そして一番最後に、こう書いた。
「父上が育てた薔薇を、ぜひアルテミアに持ってきてください。この国の土にも、根づくと思います」
返信は予想より早く来た。
「行く準備をする。白薔薇は必ず持っていく。庭師が泣いていた」
最後の一文に、ルミナは思わず笑った。父らしかった。
手紙を胸に当て、目を閉じた。
父が来る。
その事実が、胸の奥で温かく広がった。
——
オスカル伯爵の一行がヴェルナード邸に到着したのは、招聘状を送ってから三週間後だった。
伯爵自身と、数人の使用人。そして馬車一台分の荷物。その荷物の大半が研究資料だとわかったとき、ルミナは小さく笑った。父らしかった。着替えよりも研究書の方が多い。
正門の前で、ルミナは父を待った。
秋の夕暮れで、空が橙色に染まっていた。馬車が門をくぐってくるのが見えた瞬間、ルミナは気づかないうちに一歩前に出ていた。
馬車の扉が開き、オスカルが降りてきた。
三ヶ月ぶりの父は、少し痩せていた。しかし目の光は変わっていなかった。翡翠色の目が、娘を見つけて細くなった。
「ルミナ」
「父上」
二人はすぐには近づかなかった。少しの間、向き合って立っていた。
それからルミナが先に動いた。父の前まで歩み寄り、深く礼をした。
「遠くまで来てくださいました」
「お前が招いてくれたのだろう」
「ヴェルナード様が動いてくださいました。私は何もしていません」
「何もしていない子供が、ヴェルナード家の筆頭魔導士を動かすものか」
父が微かに笑った。しわの深くなった顔に、ルミナがよく知っている表情が浮かんだ。
そこへザイルが現れた。礼装ではなく、落ち着いた普段着だった。しかし佇まいの重さは礼装のときと変わらない。
「ようこそ、エルカリナ伯爵。お待ちしていました」
「ヴェルナード侯爵。わざわざのお出迎え、恐縮です」
オスカルがザイルを見た。娘を見た。再びザイルを見た。何かを確認するような、静かな目だった。研究者の目だった。
「……娘がお世話になっています」
「こちらこそ、力を貸していただいています」
「見たところ」父がもう一度ルミナを見た。「顔色がいい。来る前よりも」
「……そうかもしれません」
「目が変わった。来る前は、どこか見えていないような目をしていた」
ルミナは何も言えなかった。
父は頷き、それ以上何も言わなかった。しかしその目が、全部わかっているという色をしていた。娘の変化を確認して、安堵した、その色だった。
荷物の降ろし作業が始まった。父の使用人たちが慣れた手つきで馬車から荷物を降ろす中、クロードが手配した屋敷の使用人たちが手伝いに動いた。その連携が自然だったことに、ルミナは小さく胸が温かくなるのを感じた。
「研究室は東翼に用意しています」とクロードが父に告げた。「書庫との距離も近く、ご不便はないかと」
「ありがとう。荷物の中の資料が優先です、丁寧に扱ってほしい」
「承知しました」
父が屋敷に案内される流れになった。その傍らで、ザイルがルミナに短く言った。
「次の手続きを、いつ始めますか」
ルミナは少しの間考えた。
「……年内に」
「わかりました」
二人の間にある「次の手続き」が何を指すか、このやり取りを聞いていた者にはわからなかっただろう。しかしルミナには、はっきりわかっていた。
ザイルは直接は言わない。しかし意図は明確だった。エルカリナ家がアルテミアの庇護に入る「最も確実な形」とは、ヴェルナード家とエルカリナ家が正式に結びつくことだ。外交的な保護協定よりも、家同士の結びつきよりも、それが最も強く、最も揺るぎない。
考えた。三週間、考えてきた。
答えは、とうに出ていた。
父が来た。
家が、ここに根を張り始める。
ならば、自分もここで根を張る覚悟を決める。
それが、エルカリナ家を守る「最も確実な形」だった。それは同時に、ルミナ自身の意志でもあった。義務でも、策略でも、なく。
白薔薇の鉢を抱えて馬車から降りてきた父の使用人を見ながら、ルミナはもう一度、翡翠の指輪を見た。
母の指輪が、夕暮れの光を返した。
夕陽が屋敷の壁を橙色に染めていた。エルカリナ家の白薔薇が、アルテミアの土の上に置かれた。
ここが、新しい場所になる。
そうルミナは思った。




