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みいつけた  作者: 紙とペン


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9/10

 離れの奥へ続く廊下は狭かった。

 本館の廊下とは違う。客を通すための道ではなく、家族だけが使う生活のための通路だったのだろう。天井は低く、壁の色も暗い。長い年月で染み込んだ湿気と埃の匂いがした。

 透は先頭を歩いていた。

 そのすぐ後ろに笑がいる。

 さらに後ろに真壁と柳田。

 手首の鈴が、歩くたびに小さく鳴る。

 

 ちりん。

 ちりん。

 

 その音だけを頼りに、透は足を前に出した。

 胸元には宗一郎の遺書がある。薄い紙なのに、そこだけ熱を持っているように感じた。

 

 ――もし次に会えるなら、そのときは、必ず見つける。

 

 宗一郎はそう書いていた。

 その言葉が本心だったとしても、遅すぎたことに変わりはない。

 美沙を傷つけた。悠真の声を聞かなかった。遊ぼうと言われるたび、あとでと言って逃げた。

 それは許されることではない。

 けれど、最後に後悔していた。

 悠真を見つけたいと思っていた。その事実だけは、悠真に届いてほしい。

 透はそう思った。

 廊下の奥から、力の声が聞こえた。


「透、こっち」


 続いて悟の声。


「早く」


 声は近い。

 けれど、どこから聞こえるのか分からなかった。

 右の部屋から聞こえる気もする。

 左の壁の中から聞こえる気もする。

 床下から聞こえる気もする。

 声は、場所を持っていなかった。

「返事をしないでください」

 真壁が低く言った。

「分かってます」

 透は答えた。

 だが、答えた瞬間にぞっとした。

 今、自分は真壁に返事をした。

 それも危険なのではないのか。

 真壁も同じことに気づいたのか、口を閉じた。

 暗闇の中で、子どもがくすりと笑った。


「へんじした」


 笑が透の手を握った。

「大丈夫」

 小さな声だった。

 その言葉は、透に向けられたものなのか、笑自身に向けられたものなのか分からなかった。

 廊下の突き当たりに、襖があった。

 古い襖だった。

 紙は黄ばんでいて、下の方には子どもの手形のような黒い汚れがいくつもついている。取っ手のあたりには爪で引っかいた傷。遊戯室の襖と似ていたが、こちらの方がずっと古く、ずっと重く見えた。

「この先は?」

 透が訊いた。

 真壁は答えた。

「宗一郎氏の寝室です」

「書斎じゃなかったんですか。亡くなった場所は」

「正確には、書斎と寝室が続き部屋になっています。書斎の奥に、この寝室があります」

「美沙さんは、ここも閉じたんですか」

 柳田が答えた。

「はい」

「どうして?」

「分かりません」

 柳田の声が少し低くなった。

「ただ、美沙さんはこの部屋を一番嫌っていました」

 襖の向こうで、何かが転がった。


 ころん。


 赤いビー玉の音。

 透は息を止めた。


 ころん。

 ころん。


 音は襖のすぐ向こうまで近づいてきた。

 そして止まった。

 笑が透の手を握る力を強くした。

「開けます」

 真壁が言った。

「待ってください」

 笑が言った。

 全員が笑を見る。

 笑は怖がっていた。顔は青白く、目には涙が浮かんでいる。それでも、彼女は襖を見つめたまま言った。

「これ、開けたらあかん気がする」

「どうして」

 透が訊いた。

「分からん。でも、今までと違う。悠真くんが呼んでる感じじゃない」

 真壁の表情が変わった。

「どういうことですか」

「さっきまでは、怖かったけど、子どもっぽかった。かくれんぼとか、遊ぼうとか、見つけてとか。でも今は違う」

 笑は襖を指さした。

「この向こうにいるのは、遊びたい子じゃない気がする」

 透は襖を見た。

 ただの古い襖だ。

 だが、笑に言われてから見ると、確かに違う。

 この襖の向こうには、子どもの気配ではなく、大人の沈黙がある。

 怒鳴り声の後に残る沈黙。

 誰かが泣いているのに、誰も助けに来ない家の沈黙。

 そんなものが、襖一枚を隔てて溜まっているようだった。

「美沙さんが嫌っていた部屋」

 透は呟いた。

「ここで、何かあったんですね」

 柳田は答えなかった。

 答えられないのか、知らないのか。

 真壁が鈴を握りしめた。

「それでも、進まなければなりません」

「でも」

 笑が言いかける。

 そのとき、襖の向こうから声がした。


「入ってはいけません」


 女性の声だった。

 書斎で聞こえた、あの声。

 美沙の声だった。

 柳田が震えた。

「美沙さん……」

 声は続いた。


「そこには、あの人の後悔だけではありません」


 部屋の空気が一気に冷えた。

 透は襖から一歩離れた。

「どういう意味ですか」

 透が訊いた。

 返事はすぐにはなかった。

 代わりに、襖の向こうで何かが落ちる音がした。

 どさり。

 重い音。

 笑が肩を震わせた。

 柳田が顔を青くする。

「今の音……」

 真壁が低く言った。

「まさか」

 柳田が首を横に振った。

「そんなはずありません。この部屋には、もう」

「もう?」

 透が訊いた。

 柳田は答えない。

 その沈黙が答えだった。

 この部屋には、かつて何かがあった。

 そしてそれは、宗一郎の死に関係している。

「開けるしかない」

 透は言った。

 自分でそう言ったことに驚いた。

 さっきまで怖くて足が震えていたのに、今は少し違っていた。

 力と悟を探すため。

 悠真を見つけるため。

 それもある。

 けれど、それだけではない。

 ここで目を逸らしてはいけないと思った。

 大人たちが見て見ぬふりをしてきたもの。

 美沙が閉じ込めたもの。

 宗一郎が最後まで逃げたもの。

 それを見なければ、このかくれんぼは終わらない。

 真壁は透を見た。

「本当に開けますか」

「はい」

 笑が小さく言った。

「私も見る。怖いけど、見る」

 彼女は涙を拭いた。

「たぶん、悠真くんも見てほしいんやと思う。ただ遊んでほしいだけじゃなくて、何があったのか、ちゃんと見てほしいんやと思う」

 その言葉に、透は胸を打たれた。

 笑は怖がりだ。

 けれど、逃げていない。

 怖いからこそ、見ようとしている。

 真壁がうなずいた。

 柳田が鍵を取り出す。

 その鍵は、他のどれよりも古く、黒かった。赤い紐ではなく、白い布が巻かれている。布は黄ばんでいた。

「美沙さんが、最後に私へ渡した鍵です」

 柳田は言った。

「これだけは、誰にも渡さないでくださいと」

「それを今、開けるんですね」

 笑が言った。

「ええ」

 柳田は鍵を差し込んだ。

 手が震えている。

 一度目はうまく入らなかった。

 二度目で入った。

 かちり。

 鍵が回った。

 その瞬間、襖の向こうで子どもが泣いた。


「やめて」


 悠真の声だった。


「あけないで」

 

 透は凍りついた。

 さっきまで見つけてと言っていた。

 なのに、今は開けるなと言っている。

 どちらが本心なのか。

 いや、どちらも本心なのかもしれない。

 見つけてほしい。

 でも、見られたくない。

 子どもの心は、そういう矛盾を抱える。

 透にも覚えがあった。

 助けてほしいのに、大丈夫なふりをする。

 見てほしいのに、見られたら怒る。

 言いたいのに、言えない。

 悠真は、そのまま七歳で止まっているのかもしれない。

「ごめん」

 透は襖に向かって言った。

 返事をしてはいけない。

 名前を呼ばれても答えてはいけない。

 そう言われていた。

 だが今の言葉は、返事ではなかった。

 透自身の言葉だった。

「でも、開ける」

 襖が開いた。

 部屋の中は、暗かった。

 真壁の懐中電灯が中を照らす。

 最初に見えたのは、布団だった。

 古い布団が一組、部屋の中央に敷かれている。

 その横に、小さな机。

 壁際には箪笥。

 窓は雨戸で閉ざされている。

 何もない。

 そう思った。

 だが、すぐに違うと分かった。

 部屋の奥の梁から、一本の古い縄が下がっていた。

 切られている。

 短く残った縄。

 宗一郎が命を絶った痕跡。

 笑が息を止めた。

 柳田は顔を背けた。

 真壁はその場で膝をつきそうになった。

 透は、見ていた。

 見たくなかった。

 けれど、目を逸らせなかった。

 この部屋に、宗一郎の後悔が残っている。

 そして同時に、美沙の絶望も残っている。

 そう思った。

 部屋の中に一歩入る。

 空気が重い。

 肺に入ってこない。

 壁には傷があった。

 爪で引っかいたような傷ではない。

 何かをぶつけた跡。

 怒りに任せて物を投げた跡。

 箪笥の角は欠けている。

 障子の桟は一本折れている。

 ここで何があったのか、言葉で説明されなくても分かる。

 家庭の中で起きた暴力は、部屋に染みを残す。

 透は拳を握った。

「宗一郎さんは」

 透は言った。

「やっぱり、美沙さんを傷つけていたんですね」

「はい」

 柳田が答えた。

「それは、事実です」

「でも遺書では謝っていた」

「はい」

「謝ったからって、消えるわけじゃない」

「その通りです」

 柳田の声には、痛みがあった。

「だから美沙さんは、この部屋を閉じたのです。宗一郎氏の最後の言葉を守るためでもあり、この部屋に残った傷を、悠真くんに見せないためでもあった」

「悠真くんは、ここを見たんですか」

「おそらく、何度も」

 その答えは、真壁だった。

「悠真くんは、父親を探してこの部屋の前まで来たことがあったのでしょう。父親に遊んでほしくて。母親を助けたくて。けれど、この部屋に入るたび、父親の恐ろしい面を見てしまった」

 透は部屋の中央に立った。

 ここには、父がいた。

 怒鳴る父。

 手を上げる父。

 謝れない父。

 そして最後に、すまないと書いて死んだ父。

 どれが本当の宗一郎なのか。

 おそらく、全部だ。

 良い父ではなかった。

 良い夫でもなかった。

 けれど、後悔だけは本物だったのかもしれない。

 人間は、一つの言葉で裁けるほど単純ではない。

 それが、透には怖かった。

 幽霊よりも、ずっと。

「何かあります」

 笑が言った。

 彼女は部屋の隅にしゃがみ込んでいた。

 そこには、小さな木箱があった。

 古い裁縫箱ほどの大きさ。蓋には久遠館の家紋らしき模様が彫られている。

「鍵がかかってます」

 柳田が近づき、鍵束を確認した。

「この鍵は……」

 柳田の顔色が変わった。

「美沙さんが持っていたものです」

「開けられますか」

 透が訊く。

 柳田はうなずいた。

 小さな鍵を差し込み、回す。

 箱が開いた。

 中には、いくつかのものが入っていた。

 古い写真。

 折り紙。

 小さな子どもの絵。

 そして、赤いビー玉。

 一番下に、ノートがあった。

 表紙には、ひらがなで名前が書かれている。

 ゆうま。

 笑が小さく呟いた。

「悠真くんの日記?」

 透はノートを手に取った。

 表紙は少し汚れているが、中は残っていた。

 開くと、たどたどしい字が並んでいた。

 七歳の子どもの字。

 最初のページには、こう書かれていた。

 

 きょう、おとうさんに、あそぼうっていった。

 おとうさんは、あとでっていった。

 あとでは、いつかな。

 

 笑が口元を押さえた。

 透は次のページをめくった。

 

 おかあさんがないてた。

 ぼくがせなかをとんとんした。

 おかあさんは、ありがとうっていった。

 ぼくは、おとうさんよりつよいかな。

 

 柳田が泣いていた。

 静かに。

 声を出さずに。

 透は読み進めた。

 

 おとうさんはこわい。

 でも、おとうさんがわらったら、ぼくはうれしい。

 だから、あそぼうっていう。

 あしたもいう。

 

 胸が痛かった。

 悠真は父を怖がっていた。

 それでも好きだった。

 怖い人なのに、笑ってほしかった。

 遊んでほしかった。

 子どもにとって、親はそういう存在なのだ。

 簡単に嫌いになれるものではない。

 どれだけ傷ついても、どこかで期待してしまう。

 明日こそ。今度こそ。

 そう思ってしまう。

 透はページをめくった。

 途中から、字が少し乱れていた。

 

 おとうさんがいなくなった。

 おかあさんがずっとないてる。

 ぼくがいるよっていった。

 でも、おかあさんは、ぼくをみてない。

 

 笑が涙を拭った。

 次のページ。

 

 おかあさんもいなくなった。

 みんな、あとでっていう。

 あとでって、いなくなることなのかな。

 

 透は読み上げるのをやめそうになった。

 しかし、やめるわけにはいかなかった。

 ここでやめたら、悠真をまた置いていくことになる気がした。

 さらにページをめくる。

 施設に移った後の記述だった。

 

 まかべのおじいちゃんが、びーだまをくれた。

 あかいびーだま。

 きれい。

 おとうさんにみせたい。

 

 真壁が顔を歪めた。

 その次。

 

 くろせのおじさんがきた。

 おとうさんににてる。

 おとうさんより、わらう。

 ぼくとあそぶっていった。

 ほんとかな。

 

 透は息を止めた。

 黒瀬。

 ここで初めて、悠真自身の言葉として黒瀬が出てきた。

 ページをめくる。

 

 くろせのおじさんは、ひさしぶりに、ぼくのなまえをよんだ。

 ゆうまって。

 ぼくは、うれしかった。

 

 笑が言った。

「名前……」

 透はうなずいた。

 悠真は、ただ遊んでほしかっただけではない。

 名前を呼んでほしかった。

 子どもの幽霊ではなく、久遠家の息子でもなく、問題のある家庭の子でもなく。

 悠真、と。

 誰かに見つけてほしかった。

 自分の名前で。

 透は次のページをめくった。

 

 くろせのおじさんが、こんど、ひさしぶりのいえにいこうっていった。

 おとうさんのへやに、ぼくのものがあるって。

 びーだまであそぼうって。

 まかべのおじいちゃんには、ないしょっていった。

 

 真壁の顔が青ざめた。

「そんな……」

 柳田が低く言った。

「あの男」

 さらに次のページ。

 字が大きく乱れていた。

 

 おじさんはこなかった。

 でも、くる。

 ぼくはまつ。

 おとうさんも、きっとまってる。

 ぼくをみつけてくれる。

 

 そのページの下に、赤い丸が描かれていた。

 ビー玉だろうか。

 それとも、血のような丸。

 次のページは、破れていた。

 破り取られている。

 透は息を飲んだ。

「続きがない」

「誰かが破ったんですか」

 笑が言った。

 真壁も柳田も知らない顔だった。

 透は破れた部分を見た。

 雑に破られている。

 子どもが力任せに破ったのではない。

 大人が急いで破ったような跡。

 そのとき、部屋の奥から声がした。


「それ、かえして」


 悠真の声だった。

 透はノートを抱えた。

「悠真くん?」

 真壁が鋭く言った。

「名前を呼ばないでください」

 だが、もう遅かった。

 部屋の隅に、小さな影が立っていた。

 白い寝巻きの男の子。

 顔は俯いている。


「それ、ぼくの」


 声は震えていた。


「かえして」


 透は一歩下がった。

 笑が透の前に出ようとした。

 透はそれを止めた。

「返す」

 透は言った。

「でも、その前に教えてほしい」

 真壁が息を飲んだ。

 子どもの影は動かない。

「破れたページには、何が書いてあったの?」

 悠真は答えなかった。

「力と悟はどこ?」

 返事はない。

 透は怖かった。

 足が震えている。

 それでも言った。

「僕たちは、君を見つけたい。でも、力と悟も見つけたい」

 悠真の影がゆっくり顔を上げた。

 顔はやはり見えない。

 ただ、目のあるはずの場所が、暗かった。


「みつけたい?」


「うん」


「ほんとう?」


「ほんとう」


「じゃあ、じゅう、かぞえて」

 透の喉が詰まった。

 まただ。

 かくれんぼ。

 悠真は、必ずそこへ戻る。

 遊びの形でしか、自分の気持ちを伝えられない。

「数えたら、力と悟を見つけられる?」


「うん」


「本当に?」

 悠真は首を傾げた。

 そして、子どもらしい声で言った。


「みつけられなかったら、ずっとおにだよ」

 

 部屋の温度がさらに下がった。

 真壁が鈴を鳴らそうとした。

 だが、透は手で制した。

「分かった」

「透!」

 笑が叫んだ。

「大丈夫」

「大丈夫ちゃうやろ!」

「でも、やるしかない」

 透は悠真を見た。

「ただし、僕も条件がある」

 悠真の影が少し揺れた。


「じょうけん?」


「見つけたら、力と悟を返して」

 悠真はしばらく黙った。

 それから笑った。


「いいよ」

 

 その声は、あまりにも軽かった。

 約束の重さを知らない子どもの声。

 あるいは、約束を何度も破られた子どもが、約束というものを信じていない声。

 透は目を閉じた。

 笑が手を握ってくる。

「透、あかん」

「大丈夫や」

「嫌や。透まで消えたら嫌や」

「消えへんって」

「なんで言い切れるん」

「笑が見といてくれるからや」

 笑は何も言えなくなった。

 透は彼女の手を握り返した。

「僕が変になったら止めてや」

「どうやって」

「分からへん。でも、止めてや」

「無茶苦茶やん」

「ごめんな」

 笑は泣きながら怒った顔をした。

「絶対止めるからな」

「うん、頼むわ」

 透は悠真に向き直った。

 小さな影は、部屋の隅で待っている。

 嬉しそうに。

 悲しそうに。

 透はゆっくり息を吸い、目を閉じた。

 夢の中では、口が勝手に動いた。

 今回は違う。

 自分の意志で数える。

 「いーち」

 声が震えた。

 悠真の影が、すうっと薄くなる。

 「にーい」

 部屋の中で、赤いビー玉が一つ転がった。

 「さーん」

 窓の外で、水音がした。

 「しーい」

 真壁の鈴が、小さく鳴った。

 「ごーお」

 柳田が祈るように手を合わせた。

 「ろーく」

 笑の手が、透の手を痛いほど握った。

 「しーち」

 悠真の影は、もうほとんど見えない。

 「はーち」

 廊下の奥から、力の声がした。

 「きゅーう」

 続いて、悟の声。

 「じゅう」

 その瞬間、離れの灯りがすべて消えた。

 暗闇。水音。ビー玉の転がる音。

 そして、悠真の声。

「もういいよ」

 透は目を開けた。

 すると目の前に、赤いビー玉が一列に並んでいた。

 廊下へ続く道しるべのように。

 ひとつ。

 またひとつ。

 赤い光が、暗闇の中でぼんやり浮かんでいる。

「これを追えばいいんやな」

 笑が言った。

 透はうなずいた。

 四人は歩き出した。

 先頭は透と笑だった。

 真壁と柳田は少し後ろにいる。

 赤いビー玉の列は、寝室を出て、廊下を進み、さらに奥の小部屋へと続いていた。

「この先は?」

 透が訊いた。

 柳田が答えた。

「物置です」

「物置?」

「昔、使わなくなった布団や道具をしまっていました」

 透は息を飲んだ。

 かくれんぼ。

 子どもが隠れる場所。

 物置。

 赤いビー玉は、その扉の前で止まっていた。

 扉は少しだけ開いている。

 中は真っ暗だった。

 透は扉に手をかけた。

 笑が隣に立つ。

「一緒に開ける」

 透はうなずいた。

 二人で扉を開けた。

 懐中電灯の光が中へ入る。

 物置の中には、古い布団が山のように積まれていた。

 その隙間に、人の足が見えた。

「力!」

 笑が叫んだ。

 今度は、真壁も止めなかった。

 力がいた。

 布団の間に挟まるようにして倒れている。

 目を閉じているが、胸が上下していた。

 生きている。

「力!」

 透と笑は駆け寄った。

 力の体を引っ張り出す。

 重い。

 だが、確かに温かい。

「力、起きて!」

 笑が肩を叩く。

 力は小さく呻いた。

「……うるさいわ」

 その一言で、笑は泣きながら笑った。

「よかった……ほんまによかった……」

 透も力が抜けそうになった。

 力は生きていた。

 見つけた。

 かくれんぼの一人目。

 だが、悟はいない。

「悟は?」

 透が訊いた。

 力はぼんやりと目を開けた。

「悟……?」

「一緒じゃなかったの?」

「分からん……俺、誰かに呼ばれて……」

 力は顔をしかめた。

「悟の声やと思った。でも、違ったかもしれん」

 透は辺りを見回した。

 物置の中に、悟はいない。

 ただ、奥の壁に、小さな扉があった。

 子どもなら通れるくらいの、低い扉。

 その前に、赤いビー玉が一つ置かれていた。

 そして扉の向こうから、悟の声がした。


「透」


 今度の声は、弱かった。


「助けてくれ」


 笑が透を見た。

 力はまだ立てない。

 真壁が鈴を握る。

 柳田が青い顔で言った。

「その扉は……」

「何ですか」

 透が訊く。

 柳田は震える声で答えた。

「床下へ続いています」

 久遠館の下。隠された場所。

 透は、低い扉の前にしゃがんだ。

 赤いビー玉が、すぐ目の前にある。

 それは今までのどのビー玉よりも赤かった。

 血のように。夕日のように。

 透はそれを見つめた。

 そして、はっきりと理解した。

 かくれんぼは、まだ終わっていない。

 むしろ本当に隠されていたものは、ここから先にあるのだ。

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