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みいつけた  作者: 紙とペン


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5/8

「返事をしてはいけません!」

 真壁の声は、襖の向こうから聞こえていた。

 その声は、これまで聞いたどの真壁の声とも違っていた。静かで、礼儀正しく、どこか感情を奥へ押し込めているような声ではない。切羽詰まった、まるで、今この瞬間に何が起ころうとしているのかを知っている人間の声だった。

 部屋の中は真っ暗だった。

 常夜灯は消えている。

 外の月明かりも、障子に遮られてほとんど届かない。

 透は畳の上に尻餅をついたまま、動けずにいた。目の前には、さっきまで男の子の顔が浮かんでいた。白い寝巻き。濡れたような髪。六歳くらいの小さな顔。

 だが、今はもう見えない。

 見えない方が、怖かった。

 暗闇の中で、何がどこにいるのか分からない。


「おとうさん」


 また声がした。

 部屋の中からだった。

 それも、すぐ近く。

 透の右側か、いや、左側かもしれない。

 分からなかった。

 声は小さく、甘えるようで、泣き出しそうでもあった。


「おとうさん、どこ」


 笑が息を殺しているのが分かった。

 力も動いていない。

 悟も、たぶんどこかにいる。

 けれど、誰がどこにいるのか分からない。

 部屋の中に四人いるはずなのに、透は一人で暗闇に放り込まれたような気持ちになった。

「皆さま、声を出さずに」

 真壁の声が、襖の向こうから再び聞こえた。

「決して、名前を呼ばれても返事をしないでください」

 名前。

 その言葉を聞いた瞬間、透の背筋が冷たくなった。

 暗闇の中で、また子どもの声がした。


「ちから」


 力の名前だった。

 透は思わず力の方を見た。

 見えない。

 だが、力が息を飲んだ気配だけは分かった。


「ちから、あそぼ」


 声は優しかった。

 昼間の子どもが友達を誘うような、ごく普通の声だった。

 だからこそ、恐ろしかった。


「ちから」


 力は返事をしなかった。

 いつもの力なら、怖さをごまかすために何か言ったかもしれない。けれど今は、真壁の言葉を守っている。


「ちからってば」


 声が少し拗ねた。

 それから、くすくすと笑った。


「きこえてるくせに」


 透は奥歯を噛みしめた。

 その言い方は、子どもそのものだった。

 返事をしない相手に腹を立てる。自分を見てほしくて、呼ぶ。遊ぼうと誘う。無視されると、もっと強く呼ぶ。

 だが、この子どもは普通ではない。

 返事をしたら、どうなるのか。

 透は知りたくなかった。


「えみ」


 次に呼ばれたのは、笑だった。

 笑の肩が震える気配がした。


「えみ、こわいの?」


 声は近づいている。

 畳の上を、裸足で歩く小さな足音がした。


 ぱた。

 ぱた。


「こわくないよ」


 笑が返事をしそうになった。

 透は反射的に手を伸ばした。

 暗闇の中で、笑の腕に触れた。笑はびくりと震えたが、声は出さなかった。

 透はその腕を強く握った。

 返事をするな。

 そう伝えたかった。

 笑は小さくうなずいたようだった。


「えみ」


 声は、笑のすぐそばまで来ていた。


「ぼくのこと、かわいそうっておもった?」


 透は息を止めた。

 どうして、それを知っている。

 笑は、たしかに言っていた。

 悠真くんの話を聞いたら、帰りたいだけではなくなった、と。

 だが、それは小さな声だった。布団の中で、透に向かってだけ言った言葉だった。

 それを、この子は聞いていたのか。

 それとも、心の中を見ているのか。


「かわいそうっておもったなら、あそんでよ」


 笑は返事をしなかった。

 透の手の中で、笑の腕が震えている。


「ねえ」


 子どもの声が低くなった。


「あそんでよ」


 その瞬間、廊下の向こうで鈴のような音が鳴った。

 ちりん。

 小さな音。

 すると、部屋の中の気配が一瞬だけ遠のいた。

「今です」

 真壁が言った。

「襖から離れてください。ゆっくり、部屋の中央へ」

 透は笑の腕を引いた。

 暗闇の中を手探りで進む。畳の縁に足を取られそうになる。何か柔らかいものに触れた。布団だ。誰かの布団。

「力」

 透は声を出しかけて、飲み込んだ。

 名前を呼ぶな。

 真壁はそう言った。

 もし、名前に反応するのが人間だけではないのなら。

 暗闇の中で、透は力の肩らしきものに触れた。力も震えていた。大きな体なのに、今は小さく丸まっている。

 透は力の服を引いた。

 力はうなずいたのか、何も言わずに動いた。

 問題は悟だった。

 悟の気配がない。

 そもそも悟は、さっき部屋から消えていた。その後、声だけが奥の廊下から聞こえた。透たちはそれを追いかけようとして、部屋へ逃げ帰った。

 つまり、悟はまだ部屋の外にいるのかもしれない。

 それとも、いつの間にか戻ってきているのか。

 暗闇の中で、何も分からない。

「そのまま、動かないでください」

 真壁の声がした。

 次の瞬間、襖がわずかに開いた。

 廊下の明かりが、細い線になって部屋へ差し込む。

 その光が、畳の上を横切った。

 透は見た。

 座卓の下に、赤いビー玉があった。

 光を受けて、まるで目玉のように光っている。

 そして、四つのお守りのうち一つが、畳の上に落ちていた。

 赤い糸が切れている。

 封筒の口が少し開いている。

 その中から、薄い紙の端がのぞいていた。

 誰のお守りなのかは、分からなかった。

 部屋が暗くなる直前、四つのお守りはそれぞれの枕元にあった。だが、逃げ回るうちに布団は乱れ、枕もずれている。どの位置が誰の枕元だったのか、今の透にはすぐに判断できない。

 切れたお守りは、部屋の中央に落ちていた。

 まるで、誰かがそこへ投げたように。

「見ないでください」

 真壁が鋭く言った。

 透は反射的に目を逸らした。

「中身を見てはいけません」

「何でですか」

 力が震える声で訊いた。

 しまった、と思ったときには遅かった。

 力は声を出してしまった。

 名前を呼ばれたわけではない。返事ではない。けれど、この暗闇の中で声を出したことに変わりはなかった。

 廊下の奥で、子どもが笑った。


「ちから、しゃべった」


 力の顔から血の気が引いた。

「ちが――」

 透は力の口を押さえた。

 力は抵抗しなかった。

 笑は声を出さずに泣いている。

 襖の隙間から、真壁の手が差し込まれた。

 細く、皺の多い手だった。

 その手には、小さな鈴が握られている。赤い紐がついた古い鈴。真壁はそれを一度だけ鳴らした。


 ちりん。


 また、部屋の中の気配が遠のいた。

 真壁はその隙に襖を開け、部屋へ入った。

 片手に懐中電灯を持っている。だが、すぐには部屋全体を照らさなかった。床だけを照らす。人の顔ではなく、足元と畳と落ちているものだけを確認しているようだった。

「立てますか」

 真壁が訊いた。

 透はうなずいた。

 力も、笑も、ゆっくり立ち上がった。

「悟くんは」

 真壁が言った。

 透は答えられなかった。

「部屋にいません」

 笑が小さく言った。

「起きたら、布団が空で」

 真壁の顔が強張った。

 その表情を見て、透は初めて本当に怖くなった。

 真壁は、悠真の怪異を知っている。

 ビー玉のことも、声のことも、お守りのことも、おそらく何度も経験している。

 その真壁が、悟がいないと聞いて顔色を変えた。

 それはつまり、悟の不在が、真壁にとっても想定外か、少なくとも深刻なことだという意味だった。

「奥の廊下へ?」

「たぶん」

 透は答えた。

「声がしました。悟の声で、こっちって」

 真壁は目を閉じた。

「いけません」

「探しに行かないと」

 力が口を押さえられたまま、くぐもった声で言った。

 透は手を離した。

「悟がいるなら、探さないと」

 真壁はすぐには答えなかった。

 その沈黙に、透は苛立ちを覚えた。

「真壁さんは、知ってるんですよね」

 透は言った。

「何が起きてるのか」

「すべてを知っているわけではありません」

「でも、何かは知ってる」

「はい」

「じゃあ教えてください。悟はどこですか」

 真壁は廊下の奥へ目を向けた。

「奥の廊下の先には、離れへ続く渡り廊下があります」

「そこにいるんですか」

「分かりません」

「分からないって」

「分からないのです」

 真壁の声には、苦しさがあった。

「見つけようとして見つかる場所ではありません。探せば見つかるものでもありません。あちらから、見つけさせるのです」

「あちら?」

 笑が訊いた。

「悠真くん、ですか」

 真壁は答えなかった。

 代わりに、畳の上に落ちた切れたお守りを見た。

「これを、どなたが持っていましたか」

 誰も答えられなかった。

「分かりません」

 透は言った。

「さっきから、分からないんです。誰がどれを持っていたのか、思い出せない」

「思い出せない?」

「はい」

 真壁は三人の顔を見た。

 透。

 力。

 笑。

 それから、空の布団。

「そうですか」

 真壁は低く言った。

「もう、始まっているのですね」

「何がですか」

 力が言った。

「かくれんぼです」

 その言葉を聞いた瞬間、透は夢を思い出した。

 長い廊下。

 白い寝巻きの男の子。

 かくれんぼしよう。

 ぼくが隠れるから。

 見つけてね。

「僕、夢を見ました」

 透は言った。

 真壁が透を見た。

「どのような夢ですか」

 透は話した。

 廊下を歩いていたこと。

 男の子がいたこと。

 かくれんぼに誘われたこと。

 自分の口から、大人の男の声が出たこと。

 十まで数えたこと。

 もういいよ、と言われたこと。

 話し終えると、真壁は深く息を吐いた。

「それは、悠真くんがよくしていた遊びです」

「養護施設でですか」

「いいえ」

 真壁は首を振った。

「この館で、です」

「でも、父親とは一度も遊んでもらえなかったって」

「父親とは、です」

 透は意味を考えた。

「じゃあ、誰と?」

 真壁は答えなかった。

 その沈黙は、あまりにも長かった。

 笑が気づいたように言った。

「真壁さん?」

 真壁は目を伏せた。

「昔、この館には従業員の子どもたちもよく出入りしていました。忙しい時期には、従業員の家族が手伝いに来ることもあった。悠真くんは、そうした子どもたちと遊んでいたのです」

 説明は自然だった。

 だが、透は何かを隠された気がした。

 今、一瞬、真壁は別のことを言いかけた。

 そんな気がした。

「とにかく、悟を探しましょう」

 力が言った。

「このまま放っておけない」

「待ってください」

 真壁は切れたお守りを拾い上げた。

 その手つきは慎重だった。まるで紙ではなく、薄い刃物を扱うようだった。

「この封が破れた以上、皆さまだけで動くのは危険です」

「だから一緒に行ってください」

 透が言った。

 真壁は透を見た。

「行くなら、私も参ります。ただし、約束してください」

「何をですか」

「どこかから声が聞こえても、すぐに近づかないこと。名前を呼ばれても返事をしないこと。誰かが見えても、それが本当に悟くんか確かめるまでは触れないこと」

「悟に見えても?」

「はい」

 その言葉が、部屋の中に重く落ちた。

 悟に見えても、悟とは限らない。

 透はその意味を考えないようにした。

 考えたら、動けなくなる。

「あと、もう一つ」

 真壁は懐から小さな紙包みを取り出した。

 中には、鈴のついた赤い紐が三本入っていた。

「これを手首に巻いてください」

「お守りですか」

 笑が訊いた。

「似たようなものです。音で互いの位置を確かめるためでもあります」

 透たちは言われるままに赤い紐を手首に巻いた。

 動くと、小さく鈴が鳴る。

 

ちりん。

 

その音は不思議と安心できた。

 自分がここにいると分かる。

 隣に誰かがいると分かる。

 それだけで、暗闇の中では救いになる。

 真壁は襖の外に出た。

 廊下の明かりは薄い。

 真壁の懐中電灯の光が、床板を細く照らした。

「柳田さんは?」

 透は訊いた。

「厨房におります。呼びに行く時間はありません」

「警察は」

「この山では、夜すぐには来られません」

 真壁の答えは早かった。

 早すぎるくらいだった。

 透はまた違和感を覚えた。

 まるで、警察を呼ぶという選択肢を最初から捨てているようだった。

 だが今は、それを追及している時間はなかった。

「行きましょう」

 真壁が言った。

 三人と真壁は廊下を歩き始めた。

 部屋を出る前、透は一度だけ振り返った。

 畳の上。

 切れたお守りが落ちていた場所。

 そこにはもう、何もなかった。

 真壁が拾ったはずだ。

 それなのに、透には見えた気がした。

 畳の目の間に、赤い糸が一本だけ残っているのを。

 血管のように細く。

 まだ生きているもののように、わずかに震えているのを。

 

廊下は長かった。

 昼間に通ったときよりも、明らかに長く感じた。

 左側には客室の襖が並び、右側には中庭が見えるはずの窓が続いている。だが夜の窓は黒い鏡になっていて、こちら側の姿しか映さない。

 透は窓に映る自分たちを見た。

 真壁。

 透。

 笑。

 力。

 四人の影。

 それだけのはずだった。

 だが、力の背後に小さな影が映ったような気がした。

 透は振り返った。

 誰もいない。

「どうした」

 力が小声で訊いた。

「何でもない」

「その何でもない、もう信じられへんわ」

 力の声は震えていたが、冗談を言う余裕は少し戻っていた。

 そのとき、廊下の奥から声がした。


「ちから」


 力が固まった。

 声は悟のものだった。


「ちから、こっち」


 力は真壁を見た。

 真壁は首を横に振った。

「返事をしてはいけません」

 力は唇を噛んだ。

「でも、悟の声や」

「声だけです」

「でも」

「力さん」

 真壁の声が低くなった。

「あなたが返事をすれば、次に呼ばれるのは、あなたではなくなるかもしれません」

「どういう意味ですか」

「あなたの声で、別の誰かが呼ばれます」

 力は黙った。

 その意味は分からなかった。

 けれど、分かりたくもなかった。

 廊下の奥で、悟の声がまた聞こえた。


「力、早く」


 今度は少し苛立っていた。


「置いていくぞ」


 それは、普段の悟が言いそうな言葉だった。

 だから余計に苦しかった。

 力は一歩踏み出しかけた。

 透がその腕をつかんだ。

 鈴が鳴った。


 ちりん。


 その音に重なるように、廊下の奥で子どもが笑った。


 くすくす。


 悟の声がぴたりと止んだ。

「……違う」

 力は小さく言った。

「あれ、悟ちゃう」

 真壁は何も言わなかった。

 一行はさらに進んだ。

 やがて廊下は右へ曲がった。

 そこから先は、明かりがほとんどなかった。

 奥の廊下。

 昼間、真壁が一人で行くなと言った場所。

 床板の色が少し違っていた。古い。空気も変わる。湿気が強く、木が腐りかけたような匂いがした。

「ここから先が、離れへ続く廊下です」

 真壁が言った。

「足元に気をつけてください」

 笑が透の袖をつかんだ。

 透は何も言わず、そのままにした。

 廊下の途中に、古い襖があった。

 他の客室の襖とは違う。

 紙が黄ばみ、木枠が黒ずんでいる。取っ手のあたりには、爪で引っかいたような細い傷がいくつもあった。

 透はそれを見て、胸がざわついた。

 夢で見た襖に似ている。

 男の子が入っていった、あの襖。

「ここは?」

 透が訊いた。

「昔の遊戯室です」

「遊戯室?」

「お子様連れのお客様のために作られた部屋です。玩具や絵本を置いていました。久遠館が賑わっていた頃は、子どもたちの声がよく聞こえたそうです」

 真壁は襖を見つめた。

「悠真くんも、よくここにいました」

「この中に悟が?」

 力が訊いた。

 真壁は答えず、耳を澄ませた。

 中から音が聞こえた。


 ころん。


 ビー玉の音。


 ころん。


 また一つ。

 さらに、子どもの笑い声。

 そして。


「透」


 今度は、悟の声が透を呼んだ。

 透の心臓が跳ねた。


「透、見つけて」


 その声は、襖の向こうからだった。

 すぐそこ。この部屋の中。

「開けます」

 真壁が言った。

「ただし、中で何を見ても、すぐに入らないでください」

 真壁は襖に手をかけた。

 古い木が、ぎしりと鳴った。

 襖が少しずつ開く。

 懐中電灯の光が、中へ差し込む。

 その部屋は、異様だった。

 古い玩具が散乱していた。

 色褪せた積み木。

 壊れた木馬。

 首の曲がった人形。

 表紙の破れた絵本。

 錆びたブリキの車。

 そして、床一面に、赤いビー玉が転がっていた。

 十個や二十個ではない。

 数えきれないほどの赤いビー玉が、畳の上に広がっている。

 懐中電灯の光を受けて、それらが一斉に光った。

 まるで、無数の目がこちらを見ているようだった。

 笑が小さく悲鳴を上げた。

 力は口元を押さえた。

 透は部屋の奥を見た。

 そこに、悟がいた。

 部屋の隅。

 壊れた木馬の隣。

 膝を抱えて座っている。

 顔を伏せている。

「悟!」

 力が叫びかけた。

 真壁が腕で制した。

「まだです」

「でも、悟や!」

「まだ、呼ばないでください」

 部屋の奥の悟が、ゆっくり顔を上げた。

 暗くて表情はよく見えない。

 ただ、声だけが聞こえた。


「遅い」


 それは悟の声だった。

 けれど、言い方が違った。

 拗ねた子どものような声。


「ずっと待ってたのに」


 透は一歩、後ずさった。

 部屋の中のビー玉が、一斉に転がり始めた。


 ころん。

 ころん。

 ころん。


 赤い音が、畳の上を満たしていく。

 真壁が鈴を鳴らした。


 ちりん。


 その瞬間、部屋の奥の悟が笑った。


「それ、きらい」


 悟の口から出た声は、もう悟のものではなかった。

 高く、幼く、楽しそうで、ぞっとするほど冷たい。


「おじいちゃん、またじゃまするの?」

 

真壁の顔が強張った。

 透はその言葉を聞き逃さなかった。

 おじいちゃん。

 なぜ悠真は、真壁をそう呼んだのか。

 真壁は旅館の主だ。

 大資産家で、町を守るために久遠館を続けている人だと聞いていた。

 だが、本当にそれだけなのか。

 悟が、いや、悟のようなものが、部屋の奥で笑っていた。


「かくれんぼ、まだ終わってないよ」


 ビー玉の赤い光が、部屋中に揺れた。


「次は、ちからが鬼」


 その瞬間、力の手首の鈴が、ひとりでに鳴った。


 ちりん。

 ちりん。

 ちりん。


 力の顔が恐怖に歪んだ。

「いやや」

 力は後ずさった。

「俺はやらん」

 部屋の奥で、悟が立ち上がった。


「だめ」


 声は子どもだった。


「おには、みつけなきゃ」

 

その言葉と同時に、廊下の明かりがすべて消えた。

 暗闇の中、無数のビー玉が転がる音と笑の悲鳴、透の手首で鳴る鈴。

 そして、力の叫び声。

「やめろ!」

 透が手を伸ばしたとき、力の体はもうそこになかった。

 ほんの一瞬だった。

 暗闇が押し寄せたように見えた。

 誰かが力を引いたのか。

 力が自分で走ったのか。

 それとも、床が抜けたのか。

 何も分からなかった。

 ただ、明かりが戻ったとき、そこに力はいなかった。

 廊下には、力のスマホだけが落ちていた。

 画面は割れていた。

 それでも録画は続いていた。

 画面の中には、真っ暗な映像が映っていた。

 そして、その暗闇の中で、子どもの声だけが楽しそうに響いていた。


「みいつけた」

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