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みいつけた  作者: 紙とペン


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2/7

 久遠館の玄関に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 外はあれほど暑かったのに、中は妙に冷えていた。冷房が効いている、という涼しさではない。古い木と畳と水気が混じった匂いの奥に、長い間閉じ込められていた夜のようなものがある。そういう冷たさだった。

 透は無意識に肩をすくめた。

 玄関は広かった。

 正面には大きな上がり框があり、その向こうに黒光りする廊下が続いている。天井は高く、梁は太い。壁には古い旅館らしく、季節の花を描いた掛け軸や、いつ撮られたのか分からない白黒写真が飾られていた。

 写真の中では、大勢の客が笑っていた。

 浴衣姿の家族連れ。宴会場に並ぶ男たち。池のそばで傘を差す女性。玄関前で撮られた集合写真。どの写真にも、人の気配が濃く残っている。

 今の久遠館には、その気配だけが残っていた。

 人はいない。音もない。

 ただ、写真の中の笑顔だけが、過去からこちらを見ている。

「すげえ……」

 力が素直に声を漏らした。

「思ってたより、ちゃんと高級旅館してるやん」

「ちゃんとって何や」

 笑が小声で言った。

「いや、もっとボロボロかと思ってた。廃墟みたいな」

「廃墟に泊まれるわけないやろ」

「でも、幽霊出そうな雰囲気はあるな」

 力はスマホを取り出し、玄関を撮ろうとした。

 そのとき、真壁が静かに言った。

「館内の撮影は、基本的には構いません」

「あ、ほんまですか」

 力の顔が明るくなった。

「ただし、一部だけ撮影をご遠慮いただいている場所があります」

「一部?」

「後ほどご説明いたします」

 真壁はそれ以上言わなかった。

 その言い方が、透には引っかかった。

 撮影禁止の場所があること自体は不思議ではない。旅館なら従業員用の部屋や機械室もあるだろう。けれど真壁の口調には、ただの規則を説明するものとは違う重たさがあった。

 まるで、そこへ近づくこと自体を避けてほしいと言っているようだった。

「こちらで靴をお脱ぎください」

 真壁は四人に客用の草履を並べた。

 透たちは靴を脱ぎ、上がり框を越えた。

 床板が、ぎい、と小さく鳴った。

 それだけの音が、玄関全体に響いた。

 笑がそっと透の袖をつまんだ。

「今の、ただの床の音やんな?」

「そうやと思うけど」

「そうやと思うって何?」

「古い建物やし、それくらいの音が鳴ってもおかしくないんちゃうかなと」

「そうやんな」

 笑は自分に言い聞かせるようにうなずいた。

 笑は怖がりだ。

 けれど、怖いものが嫌いなわけではない。むしろ怖い話を自分から聞きたがる。ただし、聞き終わった後で必ず後悔する。夜にトイレへ行けなくなるくせに、怪談動画を最後まで見てしまう。そういう面倒なところがある。

 透は笑のそういうところを、嫌いではなかった。

 悟は何も言わず、廊下の奥を見ていた。

 力はさっそくスマホを構えながら歩いている。

「うわ、廊下長っ。これ夜に歩いたら絶対怖いやつや」

「力さん」

 真壁が振り返った。

「はい?」

「夜間、奥の廊下にはお一人で行かれませんように」

 力の笑顔が、少し固まった。

「……それは、危ないからですか?」

「ええ」

 真壁は微笑んだ。

「古い建物ですから。段差もございますし、明かりの届きにくい場所もあります」

「なるほど」

 力はそう言ったが、明らかに納得していなかった。

 透も同じだった。

 段差や暗さを理由にするなら、「奥の廊下」と限定する必要はない。久遠館全体が古いのだから、どこも危ないはずだ。

 それでも真壁は、奥の廊下と言った。

 廊下を進むにつれて、館内の広さが分かってきた。

 久遠館は外から見た以上に大きかった。玄関から伸びる廊下はいくつかの棟につながっており、途中に中庭や渡り廊下がある。窓の外には大きな池が見えた。池の水面には蓮の葉が浮かび、その向こうに離れの建物が並んでいる。

 すべてが美しかった。それなのに、どこか沈んでいた。

 手入れはされている。埃もほとんどない。床は磨かれ、庭の草も刈られている。だが、客の声がしないだけで、旅館というものはこんなにも寂しく見えるのかと透は思った。

 笑い声も、足音も、食器の触れ合う音もない。

 人が楽しむために作られた場所から人が消えると、建物そのものが何かを失ったように見える。

「今日、他のお客さんはいないんですか?」

 笑が訊いた。

「ええ。皆さまだけです」

 真壁は答えた。

「貸し切りやん」

 力が少し嬉しそうに言った。

「いいのかな、私たちだけで」

 笑は逆に不安そうだった。

「お気になさらず。今の久遠館では、そう珍しいことではありません」

 真壁の声には、寂しさも自嘲もなかった。

 ただ、事実を言っているだけだった。それがかえって痛々しかった。

「こちらのお部屋をお使いください」

 真壁が案内したのは、池に面した大きな和室だった。

 襖を開けると、畳の匂いがふわりと立った。十二畳ほどの主室に、次の間がついている。床の間には山百合が生けられ、低い座卓の上には茶菓子が置かれていた。窓の外には池が広がり、その向こうに山の緑が迫っている。

「うわ、広っ」

 力が荷物を置いた。

「四人でここ使っていいんですか?」

 透が訊くと、真壁はうなずいた。

「もちろんです。お布団は夕食後にご用意いたします。お風呂は大浴場をご利用いただけますが、露天風呂は現在閉鎖しております」

「露天風呂、閉鎖なんですか?」

 笑が少し残念そうに言った。

「安全確認が済んでおりませんので」

 また危険という理由かと透は思った。

 この旅館では、都合の悪いことがすべて危険という言葉に隠される。

 そんな気がした。

「それから」

 真壁は袖の中から、小さな白い封筒を四つ取り出した。

 封筒は和紙でできていた。表には何も書かれていない。ただ、口の部分が赤い糸で結ばれている。

「皆さまに、こちらをお渡ししておきます」

「何ですか?」

 悟が訊いた。

「お守りです」

 真壁は四つの封筒を座卓の上に並べた。

「久遠館では、昔からお子様のお客様にお渡ししていたものです。どうか、お持ちください」

「お札みたいなやつですか?」

 力が言った。

「そのようなものです」

「開けてもいいですか?」

 悟が封筒に手を伸ばしかけると、真壁の表情が一瞬だけ変わった。

 本当に一瞬だったが、透には分かった。

「開けないでください」

 真壁の声は静かだが、その静かさに似合わない焦りが漏れていた。

 悟の手が止まる。

「……開けたら駄目なんですか?」

「はい」

「中、何が入ってるんです?」

「小さな護符です」

「じゃあ見てもよくないですか?」

 悟は少し笑っていた。

 いつもの、相手の反応を試すような笑い方だった。

 透は嫌な予感がした。

 悟はこういうとき、わざと境界線を踏む。相手が本気で止めるかどうかを確かめるために。

「悟」

 透が名前を呼んだ。

 悟は肩をすくめた。

「冗談やん」

「冗談でも、やめとけよ」

 力も珍しく真面目な声を出した。

 笑は封筒を見つめたまま、何も言わなかった。

 真壁は悟から視線を外し、四人全員に向かって言った。

「この封は、決して解かないでください。破らないでください。失くさないでください。そして今夜、お休みになるときには、枕元に置いてください」

「何か意味があるんですか?」

 透が訊いた。

 真壁は少し間を置いた。

「子どもは、寂しがりですから」

 答えになっていなかった。

 だが、その一言で、部屋の空気が変わった。

 笑が小さく息を飲む。

 力がスマホを下ろす。

 悟だけが、ふっと短く笑った。

「幽霊の子どもが、寂しがってるってことですか」

 真壁は答えなかった。

 ただ、障子の向こうの池を見た。

 水面に、白い雲が映っている。風がないのに、その雲が小さく揺れた。

「夕食は十八時にお持ちします。それまではご自由にお過ごしください。ただし、先ほど申し上げた通り、奥の廊下と離れには入らないようお願いいたします」

「離れも?」

 力がすぐに反応した。

「はい」

「撮影禁止の場所って、そこですか?」

「そうです」

「理由は?」

「古く、危険ですので」

 またその言葉だった。

 真壁は深く頭を下げた。

「では、ごゆっくり」

 襖が閉じられた。

 真壁の足音が廊下を遠ざかっていく。

 完全に聞こえなくなってから、力が口を開いた。

「絶対なんかあるやん」

「あるな」

 悟が言った。

「奥の廊下と離れ。もう答え出てもうてるやん」

「行く気?」

 笑の声が鋭くなった。

「今すぐとは言ってない」

「夜に行く気やん」

「行くなら夜やろ」

「最悪」

 笑は本気で嫌そうだった。

 透は座卓の上の封筒を見ていた。

 四つのお守り。

 どれも同じように見える。

 白い和紙。赤い糸。何も書かれていない表面。

 「誰がどれとる?」

 力が訊いた。

「どれでも一緒やろ」

 悟が言った。

「そうやな。じゃあ適当に取ろか」

 力が一つ取った。

 笑も恐る恐る一つ取った。

 悟が手近なものを取った。

 透も残った一つを取った。

 透は自分の手元のお守りを見た。きれいに赤い糸は結ばれており、和紙も破れてはいない。

 少なくとも、自分のものは。

「みんな、もう一回見せて」

 透は言った。

「何で?」

 力が言う。

「さっき、一つだけちょっと変やった気がする」

「変って?」

「糸の結び目が乱れてたような気がする」

「怖いこと言わんといて」

 笑が自分のお守りを両手で包むように持った。

「真壁さんがあんだけ真剣に言うくらいやから、今お守りになんかおかしいところがないか、もう一回だけ確認しとこ。開けるんじゃなくて見るだけやから問題ないやろ。」

 力は自分のお守りを座卓に置いた。

 笑も置いた。

 悟も少し遅れて置いた。

 透も置いた。

 四つのお守りが、また座卓に並んだ。

 だが、どれも同じように見えた。

 赤い糸は結ばれている。

 封筒は白い。

 破れてもいない。

「どれ?」

 悟が訊いた。

「……どれも一緒やな」

「気のせいやろ」

「そうかもやな」

「透は考えすぎやねん」

 悟はそう言って、自分のお守りを取り戻した。

 力も笑も、それぞれのお守りを手に取った。

 透も最後の一つを取った。

 不思議だった。たしかに、ひとつだけ乱れて見えたはずなのに。

 今は、どれも同じに見える。

 見間違いだったのだろうか。

 それとも、誰かがすり替えたのだろうか。

 いや、そんな暇はなかった。

 透は自分の考えを打ち消した。

 ここに着いてから、何でも怪しく見えているだけだ。

 そう思おうとした。

 そのときだった。

 

ころん。

 

どこかで小さな音がした。

 四人が同時に黙った。

 

ころん。

 

何かが転がる音。

 畳の上ではない。

 廊下だ。襖の向こう。

「……何?」

 笑が小声で言った。

 力がスマホを構える。

 透は襖を見た。

 障子紙の向こうに、細い影が映った。

 床に近い位置。

 丸いものが、ゆっくり転がっている。


 ころん。

 ころん。


 その影は襖の前で止まった。

「開けるぞ」

 力が言った。

「待って」

 笑が止めた。

「でも、何かある」

「あるから怖いんやろ」

「開けない方が怖いやろ」

 力が襖に手をかけた。

 透は止めなかった。

 悟も黙って見ていた。

 襖が開く。

 廊下には誰もいなかった。

 ただ、床の上に、赤いビー玉が一つ転がっていた。

 バスの中で見つけたものと、同じものだった。

「これ……」

 笑が声を震わせた。

「バスのやつ?」

「そう見える」

 透が答えた。

「誰が持ってた?」

「悟が拾ってたやろ?」

 力が訊いた。

「あのあと力が見たいって言うたから渡したはずやぞ。お前どっかで落としたとか?」

「え、そうやったか?」

 バスの中で、悟が拾った。

 それは透も覚えている。

 けれどその後、宿に着き、真壁に挨拶し、玄関を上がり、この部屋へ案内されるまでの間に、そのビー玉を誰が持っていたのか。

 透には分からなかった。

 悟が持っていたような気もする。

 力が面白がって受け取ったような気もする。

 笑が「気持ち悪いからしまって」と言ったような気もする。

 記憶が曖昧だった。

 その曖昧さが、気持ち悪かった。

「誰か、持ってた?」

 笑が訊いた。

「わからん」

 力が言った。

「俺は持ってへんで」

 悟も言った。

「透は?」

「僕でもない」

 四人は廊下のビー玉を見つめた。

 赤いガラス玉。

 中に白い筋が入っている。

 その白い筋が、透には小さな指のように見えた。

 硝子の内側から、誰かが外へ出ようとしているような、そんな白い指に。

「触らん方がいい」

 笑が言った。

「でも、このまま置いとく方が嫌やろ」

 力がそう言って、ビー玉に手を伸ばした。

 その瞬間、廊下の奥から声がした。

「みいつけた」

 小さな男の子の声だった。

 笑が短く悲鳴を上げた。

 力の手が止まった。

 悟が顔を上げた。

 透は動けなかった。

 声は確かに聞こえた。

 廊下の奥から、真壁が一人で行くなと言った方角から。

 誰もいないはずの場所から。

「今の……」

 笑の声は震えていた。

「聞こえたよな?」

 力が言った。

「聞こえた」

 透は答えた。

 悟は黙っていた。

「悟?」

 透が呼ぶと、悟はようやく口を開いた。

「聞こえた」

 その声はいつもの悟のものだった。

 少し低く、少し不機嫌そうで、怖がっていることを隠そうとしている声だった。

 透一人の聞き間違いではない。全員が聞いた。

 その事実が、安心であると同時に、より恐ろしかった。

 力はスマホを確認した。

「……撮れてへん」

「撮ったらあかんって」

 笑が怒った。

「いや、証拠になるやろ」

「証拠とか言ってる場合じゃないやん」

「じゃあどうするん?」

「真壁さん呼ぼ」

 笑が即答した。

「いや、呼ぶ前にちょっとだけ廊下見に――」

「行かへん」

 透は言った。

 自分でも驚くほど強い声だった。

 三人が透を見た。

「今は行かない方がいい」

「何で?」

 力が訊いた。

「分からない。でも、向こうから誘ってる気がする」

「誘ってる?」

 笑が小さく繰り返した。

 透は廊下の奥を見た。

 暗い。

 日中なのに、廊下の奥だけが夕方を通り越して夜になっているようだった。

 そこから何かがこちらを見ている。

 見ているだけではない。待っている。

 誰かが来るのを。

 誰かが遊びに来てくれるのを。

 そんな気配がした。

「真壁さんを呼ぼう」

 透はもう一度言った。

 今度は誰も反対しなかった。

 力が廊下に出る。

 ビー玉には触らなかった。

「すみませーん」

 力の声が廊下に響いた。

「真壁さーん」

 返事はない。

 久遠館の中は静まり返っていた。

 人がいないだけではない。

 建物そのものが息を止めているようだった。

「真壁さーん!」

 もう一度、力が呼んだ。

 すると、遠くから足音が聞こえた。

 ゆっくりとした足音。

 真壁が廊下の角から現れた。

「どうされましたか」

 何事もなかったような顔だった。

 力がビー玉を指さした。

「これが、勝手に転がってきて。それで、声が」

「声?」

 真壁はビー玉を見た。

 その表情が、ほんの少しだけ曇った。

 けれどすぐに元の穏やかな顔に戻った。

「どのような声でしたか」

「子どもの声です」

 透が答えた。

「みいつけた、って」

 真壁は黙った。

 その沈黙は、否定ではなかった。

 知らない、という沈黙でもなかった。

 知っている。そういう沈黙だった。

「……そうですか」

 真壁は低く言った。

「やはり、皆さまは歓迎されているようです」

「歓迎?」

 笑が信じられないという顔をした。

「今のが?」

「ええ」

 真壁は廊下のビー玉を拾い上げた。

 その手つきは慣れていた。

 まるで、何度も同じものを拾ったことがあるようだった。

「この館では、時々こういうことがございます」

「時々って」

 力が言った。

「普通にあるんですか?」

「普通ではありません」

 真壁は静かに答えた。

「ですが、珍しくもありません」

 笑が透の近くに寄った。

 悟は腕を組み、真壁を見ていた。

「さっきの声は、誰なんですか」

 悟が訊いた。

 真壁はすぐには答えなかった。

 廊下の奥へ目を向けた。

 その視線は、ただ暗がりを見ているものではなかった。

 誰かの姿を探しているようだった。

「この館には、昔、小さなお子様がいらっしゃいました」

 真壁は言った。

「この久遠館の跡取り息子です」

「その子が、幽霊になったんですか?」

 力が訊いた。

「そう噂されています」

「噂?」

「私がそう決めつけることはできませんので」

 真壁はビー玉を袖の中にしまった。

「ただ、ひとつだけお願いがあります」

 真壁の声が、少し硬くなった。

「先ほどお渡ししたお守りは、必ずお持ちください。今夜お休みになるときには、枕元に置いてください。そして、絶対に封を解かないでください」

「もし、赤い糸が乱れてるくらいやったらどうですか?」

 透は思わず訊いていた。

 真壁の目が透を見た。

「それはどの封筒ですか?」

「そう見えたものがあった気がしただけです」

「どなたのものですか」

「分かりません」

 透は正直に答えた。

「一度、座卓に並べたら、どれか分からなくなりました」

 真壁は四人の顔を順に見た。

 力。

 笑。

 悟。

 透。

 それぞれの手元にある白い封筒を見た。

「確認いたしましょう」

 真壁は言った。

「皆さま、お守りをこちらへ」

 四人はお守りを座卓に置いた。

 真壁は一つずつ手に取った。

 赤い糸。

 白い封筒。

 角。

 結び目。

 透は真壁の指先を見つめた。

 一つ目。

 二つ目。

 三つ目。

 四つ目。

 真壁の手が、最後の一つで止まった。

 ほんの一瞬。

 けれど確かに止まった。

「何かありましたか?」

 透が訊いた。

 真壁は顔を上げた。

「いいえ」

 そう言って、四つのお守りを元通りに並べた。

「どれも問題ありません」

 その言葉は、嘘のように聞こえた。

 だが、どこが嘘なのか、透には分からなかった。

「では、私は夕食の準備がございますので」

 真壁は立ち上がった。

「どうか、奥の廊下には近づかないように」

 そう言い残して、真壁は部屋を出て行った。

 襖が閉まり、足音が遠ざかる。

 四人はしばらく黙っていた。

「なあ」

 力が言った。

「今の、絶対最後のやつで止まったよな」

「止まった」

 透は答えた。

「でも、最後の封筒で誰のやつやった?」

 笑が訊いた。

 誰も答えられなかった。

 真壁は一つずつ確認していたが、確認しているときに順番が入れ替わり、最後に確認したお守りが、誰のものだったのか分からなかった。

「気持ち悪いな」

 悟が言った。

 その言葉は、四人全員の気持ちだった。

 気持ち悪い。

 怖い、よりも先にそれだった。

 何かが起きている。

 けれど、何が起きているのか分からない。

 誰かが嘘をついているのかもしれない。

 けれど、誰が嘘をついているのか分からない。

 ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。

 この旅館にいる子どもの幽霊とやらは、僕たちを歓迎している。

 

 透は自分のお守りを手に取った。

 赤い糸は、きちんと結ばれていた。

 だが、その結び目が、さっきより少しだけ固く締まっているように見えた。

 触ると、指先にかすかな湿り気があった。

 赤い糸が湿っていた。

汗かと思った。自分の手が汗ばんでいるだけだと。

 けれど違った。

透の指先にはうっすらと赤い色がついていた。

 血のような色だった。

 窓の外で、池の水面が揺れた。風はなかった。

 それなのに、蓮の葉の間を、小さな波紋が走っていた。

 まるで、見えない誰かが、水面に小石を投げて遊んでいるように。

 

ころん。


 またどこか遠くで、ビー玉の転がる音がした。

 今度は誰も、襖を開けようとはしなかった。

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