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みいつけた  作者: 紙とペン


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1/4

みんなに、伝えたいことがある。これは怖い話やから、苦手な人は無理して読まんでもええよ。でもこの投稿を見たんやったら、この後の話もざーっとだけでもいいから一度は読んでみてほしい。

冗談半分で訪れた心霊旅館で、あんな怖いかくれんぼをすることになるなんて思わへんかった。

 セミの泣き声がまだまだ耳に残る夏休みのことである。とおるはひとり、バス停の屋根の下にいた。リュックの肩紐を握り直し、スマホの画面を見た。

 十二時五十八分。

 集合時間の二分前である。

 それなのに、約束した三人はまだ来ていなかった。

 こういうとき、透は自分だけ置いて行かれたのではといつも少しだけ不安になる。だから透は待つことがあまり好きではなかった。けれど、自分から早く来てしまうのだから仕方がない。

「おーい、透!」

 声がした。

 透が顔を上げると、駅の改札口からちからが走ってくるのが見えた。名前の通り、力は体が大きい。中学二年生にしては肩幅があり、短く刈った髪と日焼けした腕のせいで、高校生と言っても何の不思議もない見た目であった。今日は大きなスポーツバッグを斜めにかけていた。

「早いな、おまえ」

「集合時間の二分前やで」

「早いやろ。普通、五分遅れまでセーフや」

「それは普通じゃないで」

「かたいなあ」

 力は笑いながら、自販機の前に立った。

「なんか飲む?」

「いらへん。さっき買って飲んだわ」

「そうか。それにしても今日は暑すぎるで。これ、もう夏やなくて罰やろ」

 力はくだらない冗談を言いながらスポーツドリンクを買い、ペットボトルの半分ほどを一気に飲んだ。喉が鳴る音が聞こえる。透はその音を聞きながら、また改札の方を見た。

 今度はさとるが来た。

 悟は走らない。いつも少し眠そうな顔で、べたべたと足を鳴らすようにして歩く。背は透より少し高いが、体は細い。前髪が目にかかっていて、今日は黒いキャップを深くかぶっていた。

「遅いで」

 力が言った。

「まだ一時ちょうどや」

 悟はスマホを見せた。

「ぎりぎりは遅刻と一緒や」

「力にだけは言われたない」

「なんでや」

「普段、遅刻してるから」

「今日はしてへん」

「今日はな」

 二人はそんなふうに言い合った。透はそのやり取りを聞いて、少し安心した。いつもの調子だった。今日は特別な旅行だというのに、二人はいつもと変わらない。

 それが、ありがたかった。

えみは?」

 悟が言った。

「まだ来てへんな」

 透が答えると、力がにやりと笑った。

「あいつが一番楽しみにしてたくせに」

「荷物が多いんじゃないかな」

「一泊やぞ」

「笑のことやからな」

 そのとき、改札の向こうから小さな影が現れた。

 笑だった。

 笑は小柄で、歩くのが少し速い。髪は肩にかかるくらいで、今日は白い帽子をかぶっていた。リュックの他に小さな手提げバッグを持っている。表情はいつも通り明るいが、どこか落ち着かないようにも見えた。

「ごめん。遅れた?」

「一分遅刻や」

 透が言うと、笑は顔の前で両手を合わせた。

「ごめん。お母さんに、ほんまに行くんかって最後まで確認されてて」

「そら確認するやろ」

 力が言った。

「怪奇現象が起こる旅館に中学生だけで泊まりに行きますって、普通に考えたら止められるで」

「中学生だけちゃうよ。観光協会の人も関わってるし、宿の人もいるやん」

 笑はそう言ってから、少し声を落とした。

「それに、怪奇現象って言うても、ただの噂やろ?」

 誰もすぐには答えなかった。

 セミの声が、その沈黙を埋めるように強くなった。

 今回の旅行先は、山あいにある古い温泉旅館だった。

 名前は、久遠館。

 昔はかなり有名な旅館だったらしい。大きな池を囲むように建てられた数寄屋造りの本館。離れの客室。山の斜面を利用した露天風呂。地元の食材を使った料理。テレビの旅番組にも出たことがあり、週末は予約が取れないほど人気だったという。

 けれど今は、ほとんど客が来ない。

 理由はいくつかある。

 山あいで交通の便が悪いことや建物が古いこと、近くに新しいホテルができてお客さんがとられてしまったこと。

 しかし、一番大きな理由は、ある噂だった。

 久遠館には、子どもの幽霊が出るという。その幽霊が夜の廊下を走っているのを見たとか、誰もいない部屋から笑い声がしていたとか、荷物を隠された、布団の中に入り込んできた、窓の外からこちらを見ていて目があった、などなど。

 気味悪がった地元の人たちが、旅館を壊そうとしたことが何度かあったが、その度に必ず工事現場で事故が起こったらしい。関係者が怪我をしたり、重機が故障したり、地震が起こって地盤が緩んだことで作業が中断したりと不自然なことが重なり、旅館の取り壊し計画はついに中止となったそうだ。

 笑の叔母が勤めている観光協会では、その久遠館を「町の歴史的建築」として何とか残したいと考えていた。そこで、若い世代に向けてSNSで発信してもらうため、少人数の体験宿泊モニターを募集した。

 それを笑が見つけ、力と悟がその話に乗り、しぶしぶ透は参加を余儀なくされた。

「ほんまに幽霊出たらどうする?」

 力が楽しそうに言った。

「動画撮る」

 悟が即答した。

「怖くないん?」

「怖いものは、正体が分からへんから怖いんや。見えたら怖くない」

「それ、見えてから言える?」

 笑が言った。

「言える」

 悟は平然と答えた。悟は昔から、怖い話を怖がらない。

「透は怖い?」

 笑が聞いた。

「そら怖いよ」

 透は正直に答えた。

 力が笑った。

「透は素直やな」

「怖いものは怖いわ。でも、気になるっちゃ気になる」

「それが一番あかんやつやん。ホラー映画で最初に扉開けるタイプや」

「力はなにするん?」

「俺も動画撮る係や」

「悟と同じこと言ってる」

「俺は悟と違って、怖がりながら撮る」

 力はそう言って、両足の膝をがくがく震わながら、わざとらしくカメラを構える真似をした。

笑が吹き出し、透も少し笑った。

 そのとき、バスが来た。

 古い路線バスだった。車体の白と緑の塗装は日に焼けてくすんでいて、入口の扉が開くと、冷房の匂いと古い座席の匂いが混ざって流れてきた。

 四人は順番に乗り込んだ。

 客は少なかった。前の方に老人が一人、後ろの方に麦わら帽子をかぶった女性が一人座っているだけだった。四人は後部座席にまとまって座った。

 バスが発車した。

 駅前の商店街を抜けると、景色はすぐに変わった。コンビニが減り、民家の間隔が広くなり、田んぼが見え始める。さらに進むと、道はゆるやかに山へ向かって登っていった。

 力は早速ショート動画を撮り始めた。スマホの電波は、まだ入っていたようだ。

「はい、というわけで今から俺たちは、幽霊が出ると噂の老舗旅館、久遠館に向かいまーす」

「勝手に撮らんといて」

 笑が顔を隠した。

「映ってへん、映ってへん」

「絶対映ってるやん」

「あとで確認するって」

 悟は窓の外を見ていた。

 透も同じように外を見た。

 山が近づいている。

 夏の山は濃い緑で、ところどころ影が黒く沈んで見えた。木々の隙間から、細い川が光っている。ガードレールの向こうは深い谷になっていて、バスがカーブを曲がるたびに、車体が少し傾いた。

「なあ」

 悟が言った。

「久遠館の子どもの幽霊って、名前あるん?」

「え?」

 笑がスマホを取り出した。

「たしか……ネットには書いてなかったと思う。『旅館オーナーの息子』とか『六歳の男の子』とか、そんな感じだけやった気がする」

「名前がない幽霊って、逆に怖いな」

 力が言った。

「なんで?」

「名前があったら人間っぽいやん。でも名前がないと、得体の知れへんほんまもんの幽霊って感じするやろ?」

 力にしては妙にまともなことを言ったので、透は少し驚いた。

 笑も同じだったらしく、力の顔を見た。

「なんや?」

 力が言った。

「いや、今ちょっと賢そうやった」

「あほ、いつも賢いわ」

「うーん」

「悩むな」

 また二人が笑う。

 透はその会話を聞きながら、ふと考えた。

 名前がない幽霊。

 それは確かに、少し寂しい気がした。

 幽霊になる前、その子にも名前はあったはずだ。誰かに呼ばれていたはずだ。母親に呼ばれ、父親に呼ばれ、旅館の従業員にも呼ばれていたはずだ。

 それなのに、今は「子どもの幽霊」としか呼ばれていない。

 名前を忘れられていくというのは、存在を少しずつ削られていくことなのかもしれない。

 そんなことを考えていると、笑が透の顔を覗き込んだ。

「どうしたん?」

「いや」

「怖くなったん?」

「少しだけな」

「まだ着いてへんで」

「着く前が一番怖いんや。何があるか分からへんからな」

 透がそう言うと、悟が小さく笑った。

「透らしいな」

「どういう意味?」

「始まる前に全部考えすぎるってこと」

 それは否定できなかった。

 透は何かが起こってから慌てるより、起こる前に想像して疲れるタイプだった。良いことも悪いことも、始まる前に何度も頭の中で繰り返してしまう。

 だから、今回の旅行をスリル満点で楽しいものととらえることもできるのに、胸の奥が落ち着かなかった。

 バスはさらに山道を進んだ。

 途中から、電波が一本になった。

 力が文句を言った。

「うわ、電波弱っ」

「山やからね」

 笑が言う。

「SNS投稿できへんかったら意味ないやん」

「あとでまとめて投稿したええやろ」

 悟が言った。

「リアルタイム感が大事なんやって」

「幽霊にリアルタイムで襲われました、って?」

「それは再生数伸びるやつや」

「伸びる前に終わるやろ、俺らの人生が」

 笑が本気で嫌そうな顔をした。

「そういうこと言わんといて」

「ごめんやん」

 悟はすぐに謝った。そのときバスが急に大きく揺れた。

「うわっ」

 力が声を上げた。

 道路のくぼみを踏んだだけだった。けれど、その揺れで透の足元に置いていたリュックが倒れた。中から小さな懐中電灯が転がり出た。

「用意ええな」

 悟が笑いながらそれを拾った。

「一応の準備や」

「もしかして、お札とか塩も持ってきた?」

「持ってきてへん」

「そこは持ってこいよ」

「信じてないんやろ?噂のこと」

「信じてへんけど、あったら面白いやん」

 悟は懐中電灯を透に返した。

 そのときだった。

 バスの後方で、小さな音がした。

 こん、こん。

 窓を叩くような音。

 四人は同時に黙った。

 こん、こん。

 もう一度。

「何?」

 笑が小さく言った。

 力が後ろを振り返る。

 後部座席のすぐ後ろには大きな窓がある。外には山道とガードレールと、流れていく緑しかない。

 誰かが叩けるはずはなかった。

「枝やろ」

 悟が言った。

「枝なんか当たってへんかったぞ」

 力の声が少し低くなった。

 透は窓を見た。

 窓ガラスには、車内の四人が薄く映っていた。力、悟、笑、透。揺れるバスの中で、四人の顔が重なるように見える。

 その奥に、一瞬だけ、もう一つの顔が見えた気がした。

 小さな顔だった。

 男の子のように見えた。

 透は息を止めた。

 けれど驚いて瞬きした瞬間には、もう何もなかった。

 窓の外には、ただ夏の山が流れているだけだった。

「透?」

 笑が言った。

「顔、白いで」

「今、何か」

「何か?」

「いや……」

 透は言いかけて、やめた。

 見間違いかもしれない。窓に映った誰かの顔が、揺れで歪んだだけかもしれない。そう考えようとしたが、心臓の音はなかなか収まらなかった。

 こん。

 また音がした。

 今度は、はっきりと車内からだった。

 透たちの座席の下。

 四人は動けなかった。

 こん。

 何かが床を叩いている。

 力がゆっくりと足を上げた。

「……何やねん」

 悟が身を乗り出した。

 透も座席の下を覗き込んだ。

 そこには何もなかった。

 ただ、床の隅に、赤いビー玉が一つ転がっていた。

 古いガラス玉だった。

 中に白い筋が入っている。透が小学生の頃、祖父の家で見たことがあるような、懐かしい玩具だった。

「誰の?」

 笑が言った。誰も答えなかった。透たちのものではない。

 前に座っている老人のものとも思えない。

 麦わら帽子の女性は眠っているようだった。

 悟が手を伸ばし、ビー玉を拾った。

「きれいやぞ」

「触らん方がよくない?」

 笑が言った。

「ただのビー玉やろ」

 悟はそれを目の高さに掲げた。

 窓から入る夏の光が、ビー玉の中で赤く揺れた。

 その赤い光を見たとき、透はなぜか、旅館の廊下を走る小さな足音を想像した。

 顔も名前も知らない男の子。

 名前を忘れられ、幽霊と呼ばれるようになった子。

 その子が、今、どこかでこちらを見ている。

 そんな気がした。

バスの運転手がマイクで告げた。

「次は、久遠館前。久遠館前です」

 笑が息を飲んだ。

 力はスマホの録画ボタンを押した。

 悟はビー玉を握ったまま、窓の外を見ていた。

 透も外を見た。

 木々の間に、屋根が見えた。

 黒い瓦屋根だった。

 山の斜面に抱かれるように、巨大な建物が沈んでいる。古く、広く、静かで、遠目には旅館というより、眠っている屋敷のように見えた。

 久遠館。

 そこだけ、夏の光が少し弱くなっているように見えた。

 バスが停まり、扉が開いた。

 熱い空気と一緒に、かすかな水の匂いが流れ込んできた。川の匂いか、池の匂いか、それとも長く閉ざされていた建物の湿った匂いか、透には分からなかった。

 四人はバスを降りた。

 バス停には、古びた木の看板が立っており、筆文字で、こう書かれていた。

 ――ようこそ、久遠館へ。

 その下に、小さな字で何か彫られている。

 透は近づいて読んだ。

 古くなっていて、文字の一部は削れていたがかろうじて読めた。

 ――お子様連れのお客様を歓迎いたします。

 力が笑った。

「なんか皮肉やな。幽霊の子どもの遊び相手を欲しがってるみたいやんけ」

「やめて」

 笑が言った。

「そういうこと言うの、ほんまにやめて」

「ごめんて」

 悟は何も言わなかった。

 ただ、手の中のビー玉を見ていた。

「それ、どうするんや?」

 透が訊くと、悟は少し考えてからポケットに入れた。

「落とし物やろ。宿の人に渡すわ」

「今すぐバスの車掌さんに渡せよ」

 力が言った。

「ええやん。これ幽霊の子どものものやったら届けたった方がええやろ」

 そのとき、旅館の玄関が開いた。

 中から一人の男が出てきた。

 年齢は六十代くらいだろうか。痩せていて、背筋が不自然なほどまっすぐだった。白髪交じりの銀髪を後ろへ撫でつけ、薄い灰色の作務衣を着ている。顔には穏やかな笑みを浮かべていたが、その目だけは笑っていないように見えた。

「ようこそ、お越しくださいました」

 男は深く頭を下げた。

「久遠館の主をしております、真壁と申します」

 声は静かだった。

 けれどその静けさには、長い間誰とも話していなかった人のような、乾いた響きがあった。

 笑が慌てて頭を下げた。

「お世話になっております。観光協会の――」

「ええ、笑様ですね。伺っております」

 真壁は笑に向かって微笑んだ。

「本日は、皆さま四名様ですね」

「はい」

 透が答えた。

 真壁は一人ずつ顔を見た。

 力。

 笑。

 悟。

 そして、透。

「長旅でお疲れでしょう。さぁ、中へどうぞ」

 真壁はそう言って、玄関の方へ手を差し出した。

 四人は久遠館へ向かった。

 玄関の前には、打ち水がされていた。石畳が濡れて、薄く光っている。その上に、四人の影が伸びた。

 その影の中に、透は見てしまった。

 五つ目の影を。

 小さな子どもの影だった。

 四人のすぐ後ろに立っている。

 透が振り返るが、誰もいない。

 山の緑が、風もないのにざわりと揺れた。

「透、どうした?」

 力が訊いた。

「……何でもない」

 透はそう答え、また玄関に向かって歩き出したが、また背後から、今度は小さな声が聞こえた気がした。

 子どもの笑い声だった。

 透はもう一度振り返ったが、やはり誰もいなかった。

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