第8話:観測者、静かなる収穫(ハーベスト)
第2エリアのボス戦を終え、僕たちは始まりの町「エウレカ」の噴水広場に戻っていた。
戦いの興奮が冷めやらぬ中、一番最初に口を開いたのはシロロだった。
「むぅ〜……。可愛くない! 全然可愛くなかった!!」
彼女は頬を膨らませ、不満を爆発させる。
「ボスはただの木だし! 霧でジメジメしてるし!
最後のキラキラ(ミラーボール)がなかったら評価1だったよ!」
「まぁまぁ、シロロちゃん落ち着けって。終わりよければすべて良しだろ?」
ドドンパが苦笑しながら宥める。
「それに、俺らには先生がいるだろ?
なぁイオリ、シロロちゃん用に何かいいアイデアないのか? 次のエリアも過労死させられるんだ、飴くらいやってくれよ」
視線が集まる。
僕は空中に展開したウィンドウを操作しながら、淡々と答えた。
「……今はまだ、ないな」
「えー!!!! 仲間外れ継続?!」
シロロが叫ぶ。
「ひどい! イオリくんのケチ! データの鬼!」
「……慌てるな。今週末には第3エリア『ラーヴァシャロー』が解禁される。火山と浅瀬の複合エリアだ。
そこには高熱を喰らう特殊なエネミーと、急激な温度差を利用できる環境がある。……それを利用して少し『実験』をしてみたい」
「え? じっけん?」
「ああ。それが成功すれば……お前のその無駄な装飾の数々を、物理的な『宝石』として撃ち出せる、最高にカワイイおもちゃ(兵器)が作れるかもしれないな」
「……!」
シロロの瞳が輝きだす。
「宝石……! おもちゃ箱……! やる! 私やる!!」
「現金な奴だ。……週末まで英気を養っておけ」
その様子を横目に見ていたフゥが、ふと思い出したように僕に尋ねた。
「……そういえば、イオリさん。貴方の分の『真核』はどうしたの? 私とドドンパさんは生成したけれど……」
今回のボス『ミストエンシェント』からは真核は落ちなかったが、前回のスライム周回中に手に入れた予備の真核(暗闇で放置した未加工品)が、僕の手元にはある。
「あれか。あれはまだ寝かせておく」
僕は答える。
「真核のシステムと価値が広まりきってからだ。最適なタイミングで、欲しがる誰かに売り叩く」
「……ブレないわね」
「ああ。……すまないが、一旦僕はやることがある。ここで失礼する」
僕はパーティを離脱しようと背を向ける。
すると、シロロがパッと表情を明るくした。
「あ、じゃあ解散? ねぇフゥちゃん、ドドンパさん!
カフェ行こ! 路地裏にすっごい可愛いお店見つけたの! ケーキが絶品なんだって!」
「お、いいっすねぇ! 行きましょう、俺が奢りますよ!」
「……ケーキ。……岩のように硬いスコーンがあるなら、付き合うわ」
「やったー! 行こ行こー!」
騒がしくも楽しげな3人の背中が、広場の向こうへと消えていく。
それを見送り、僕は一人、喧騒の中に残った。
「……さて」
僕は表情を引き締める。
「そろそろ、情報が回った頃だろう」
向かう先は、プレイヤーたちの欲望が交錯する場所
――「冒険者バザー」だ。
僕は人混みをかき分け、バザーの端末を操作する。
検索ウィンドウに、あるアイテム名を入力した。
【検索:透明な樹液】
僕が第1日目に「ゴミ」同然の価格(1G)で買い占めた下級素材だ。
検索結果が表示される。
【最安値:600G、600G、605G……】
「……ふっ、ビンゴだ」
画面に並ぶのは、数日前とは比較にならない高騰した価格。
理由は明白だ。
第2エリアの森の奥、フィールドには珍しくNPCの住む隠れ家が発見された。
そこで作成できる家具アイテム【木彫りの祈り像】。
所持しているだけでHP・MPの自然回復量が微増するという、攻略勢にとっては必須級のアイテムだ。
その作成素材こそが、『透明な樹液×25個』。
攻略組が第2エリアの奥地に到達し、この情報の封が切られた瞬間、需要は爆発した。
「600倍か。悪くない」
僕はインベントリを開く。
そこには、あの時買い集めた在庫が眠っている。
【所持数:25,030個】
僕は迷わず出品登録を行う。
ただし、小出しにはしない。
市場最安値をわずかに下回るラインに、巨大な「壁」を築く。
【出品価格:599G】
【出品数:25,030個】
確定ボタンを押す。
ドォン、という重い音と共に、市場ボードに僕の出品が反映される。
『うわっ、なんだこの売り板!?』
『2万個!?誰だこんな在庫抱えてた業者!』
『599Gで蓋されたぞ!これ以上値段上がらねえ!』
周囲のプレイヤーたちがどよめき始める。
これらが全て売れれば、手数料10%を引いても……約1,350万G。
「……十分な利益だ」
これで、希少なレアドロップ素材や、面倒なアクセサリー作成用の素材を、金に糸目をつけずに買い漁ることができる。
僕は空になったインベントリと、凄まじい勢いで増えていく所持金の額を見て、小さく笑った。
「あとは、相場をコントロールしながら待つだけだ」
バザーを後にした僕は、次なる目的地へ向かう。
広場に面した大きな建物、「冒険者ギルド」だ。
「いらっしゃいませー」
受付嬢のNPCが笑顔で迎えてくれる。
「『イオリ』さんですね。冒険者端末をこちらにかざしてください。ランクを測定します」
僕は言われた通り、端末をリーダーにかざす。
これまでの討伐記録、特に第2エリアボス撃破の功績が読み込まれていく。
ピロン♪
【冒険者ランク:D】
「更新を完了いたしました。昇格おめでとうございます!」
受付嬢がトレイを差し出す。
「こちら、Dランク昇格特典となります」
【入手:アクセサリー研磨剤×5】
アクセサリーの性能を微調整できる消耗品だ。
地味だが、バザーで買うとそれなりの値段がする。
「ありがとうございます」
「……いってらっしゃいませ!」
ギルドを出ると、街はすでに夕暮れに染まっていた。
オレンジ色の光が、石造りの街並みに長い影を落としている。
「さて」
僕は伸びをする。
「昨日はボス戦への準備で飛ばしてしまったからな」
僕は「観測士」としての視界を起動した。
街を行き交うNPCの配置、露店の並び、そしてプレイヤーたちの動線。
それだけではない。
「……風のベクトルが変わっている。NPCの会話パターンに『暑さ』に関するワードが増加……」
システム内部ですでに、次のエリア開放に向けた予兆が始まっている。
普通のプレイヤーなら見逃すような些細な変化。
だが、僕にとっては宝の地図だ。
「……街の解析をしに行くか」
次のエリア解禁まで、あと数日。
僕の「準備」に、休息という文字はない。
最後までお読みいただきありがとうございます!
第8話いかがだったでしょうか?
ついに、第3話でイオリが「1G」で買い占めていたゴミ素材が、600倍の価値を持つ黄金へと化けました!
1350万Gという莫大な資金を手にしたイオリ。彼にとってお金は目的ではなく、さらなるシステムハックのための「血液」でしかありません。
そして、シロロに予告した『宝石のおもちゃ』とは一体どんな武器になるのか……?
次回は、新エリア解禁に向けて、イオリが街の些細な変化(NPCの愚痴など)から「次の儲け話」を嗅ぎつけ、さらなる独占を仕掛けます!
少しでも「転売スッキリした!」「シロロの武器が気になる!」と思っていただけましたら、
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