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第9話:観測者、熱砂の宝石箱とオランダの涙を生成する



一通り街の解析を終えた僕は、カフェのテラス席で端末を操作していた。


「……やはり、NPCのセリフ変化。『暑い』『喉が渇く』『布が焼ける』……。第3エリアで必要な対策アイテムが見えてきたな」


週末の解禁と同時に、アイテムクラフトのレシピに何かが追加されるはずだ。

そのための素材は、今ならまだ捨て値で売られている。


僕はバザーの売り上げを確認する。

先ほど出品した『透明な樹液』は、飛ぶように売れていた。所持金ゴールドの桁が心地よく増えていく。


「順調だ。……よし、この利益を次の『独占』に回す」


僕は冒険者バザーへ向かい、検索パネルを叩く。


エリア解禁と同時に到達できるトップ層のプレイヤー数。

そして、情報をいち早く仕入れて対策に動く層の割合。

それらを計算式に放り込む。


「……『ただの水』10G×5,500個、購入確定」


「……『ボロボロのフード』3G×550個、購入確定」


インベントリが一瞬で埋まる。

だが、これらは週末、数倍の価値に化ける「チケット」だ。


「こんなところか。準備は整った」


時刻はAM 1:50。


「……落ちるか」


僕はヘッドギアに手をかける。


この世界は美しい数値データで構成されているが、それを操る僕自身の肉体は、あまりに不完全だ。


「綺麗なデータと違って、全く……睡眠ってのは非効率極まりない」


睡眠がどうしても不可欠な人間の生理機能に呆れながら、僕はログアウトした。



翌日。都内のオフィス。


「……おい、マジかよ」


給湯室で、慎二ドドンパがスマホを見ながら目を丸くしていた。


「『透明な樹液』、朝起きたら価格が跳ね上がってたぞ! お前の言った通りじゃねーか!」


「騒ぐな。想定の範囲内だ」


僕はコーヒーを啜りながら、小声で次の指示を出す。


「いいか、今のうちに『水』と『フード』を買っておけ。週末、必ず足りなくなる」


「へいへい、信じますよ予言者様は」


こそこそと話している僕たちの横を、ピンク色のカーディガンを羽織った女性社員――眞島シロロが通り過ぎた。


「……?」


彼女が一瞬、足を止めて首を傾げる。


(……あの話し方、どこかで……?)


その時、向こうから津島フゥが声をかけた。


「眞島さーん、ランチ行くよー」


「あ、はーい! 今行きまーす!」


眞島は疑問を振り払うように明るく返事をし、小走りで去っていく。


その手には、ピンク色の革生地の財布。

そしてそこには、ショッキングピンクとラメをふんだんに使った、やけに派手なガラス細工のキーホルダーが揺れていた。


「……」


僕はその揺れる光を、無意識に目で追っていた。


(……毒々しい配色だ。……最近の流行りか?)


既視感を覚えるが、答えには辿り着かない。


「あーあ、シマシマコンビは今日も仲良いなー」


慎二がのんきな声を出す。


「……シマシマ?」


「津島と眞島でシマシマコンビ。お前、興味なさすぎだろ」


僕は肩をすくめ、仕事クエストに戻った。



そして数日後。

第3エリア『ラーヴァシャロー』解禁日。


第2エリア最奥の転送門前は、解禁を待つ最速攻略組プレイヤーたちの熱気で溢れかえっていた。


「あと1分!」

「うおおおおお!」

「一番乗りは俺たちだ!」


そんな殺気立った集団の中で、場違いな鼻歌が聞こえてくる。


「ほーせきばこ♪ ほーせきばこ♪ 世界を可っ愛くしちゃうよー♪」


シロロだ。

彼女は新しいエリアへの期待で、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「……先生、大丈夫なんですかぁ? この子、こんなにはしゃいでまっせ」


ドドンパが不安げに僕を見る。


「宝石箱って、次は火山だろ? 溶岩しかないぞ」


「問題ない。当てはある」


僕はカウントダウンが表示されたゲートを見据える。


「まずはエリアに踏み込む。……時間だ」


『第3エリア:ラーヴァシャロー、解放』


光が溢れ、僕たちは新たな大地へと転送された。


「うわっ……あつっ!!」


到着した瞬間、肌を焼くような熱風が吹き付けた。


目の前に広がるのは、煮えたぎるマグマの河と、それが流れ込む広大な浅瀬。

水蒸気が視界を白く染め、遠くには噴煙を上げる火山が聳え立っている。


「……解析開始」


僕は即座に「観測眼」を開く。


「フゥ、地形の解析は行けるか」


「……ええ。」


フゥが地面に手を触れる。

熱したフライパンのような温度のはずだが、彼女は恍惚とした表情だ。


「火山に近づくにつれて地熱温度が上昇している……水温も比例して高いわね。この成分……溶岩と水、急激な温度差……『黒曜石』が作れそうね」


その一方で、シロロはぐったりとしていた。


「あっついーー!! しかも可愛くないじゃんここ……! 茶色と赤ばっかり! 最悪ー!」


「シロロ、文句を言うな。お前にピッタリの奴がいる。待っておけ」


僕は歩き出す。


「……フッ、黒曜石か。狙い通りだ」


灼熱の浅瀬を歩くこと数分。

蒸気の向こうに、それはいた。


一見するとただの宝箱。

だが、その隙間から漏れ出ているのは金銀財宝の輝きではなく、赤熱した光だ。


「いた。あの宝箱ミミックだ」


【特殊ユニーク:ファーネス・ミミック(溶鉱炉の擬態箱)】


「こいつはユニークしか存在しない特殊個体だ。ランダム湧きだが、100体狩る必要がない。……ただし、特殊なのはドロップだ。『真核』がパーティにつき一つしか落ちない」


僕はシロロを指差す。


「シロロ、お前用だ」


「えっ、私用!? わーい宝箱だー! ……って、なんか熱くないあの子!?」


「やるぞ。戦闘開始!」


「ギャアアアアッ!?」


ミミックが蓋を開け、灼熱のマグマを吐き出しながらシロロに襲いかかる。


「熱い! 怖い! どーーこーーが私にピッタリなのーーー!!!」


シロロが逃げ惑い、ドドンパがタクトを振ってヘイトを取り、フゥが石壁で足止めする。


僕は冷静に弱点である蝶番ちょうつがいを狙い撃つ。


ドカンッ!


ミミックが爆散する。


【ドロップ:ドロドロのマグマ片】


「……チッ。ハズレか。次だ」


「ええー! まだやるの!? もう汗で装飾メイク落ちちゃうよぉ……」


シロロが文句を言うが、僕は無視して次へ向かう。


その時、フゥが違和感に気づいた。


「……あれ? 私たちのHP、何もしていないのに減っている……?」


「地形ダメージ(スリップ・ダメージ)だ」


僕は答える。


「火山帯に近づいたせいだな。この熱気だけで体力が削られる仕様だ」


「マジかよ! 回復追いつかねーぞこれ!」


ドドンパが焦る。


「想定内だ」


僕はインベントリを開き、クラフト画面を展開する。


素材は、街で買い込んでおいた『ただの水』と『ボロボロのフード』。


記述クラフト。……冷却」


シュウゥゥ……


水がフードに染み込み、冷気を帯びる。


【生成完了:クーラーフード】


「出来上がった。ほらよ」


僕は人数分の濡れたフードを放り投げる。


「これを被れば10分間、火山での熱ダメージを無効化できる」


「うわ、なんかボロボロで地味だなぁ……」


シロロがフードをつまんで不満げにする。


「……でも、背に腹は代えられないか。えいっ!」


彼女はポーチからキラキラした粉を取り出すと、フードに振りかけた。


【スキル:装飾デコレート


ただのボロ布だったフードが、水滴が宝石のように輝くおしゃれなヴェールに変化する。


【効果時間延長:20分】


「……ほう。デコのラメが熱線インフラレッドを乱反射し、水分の蒸発を防いでいるのか……。……やるな」


僕は感心する。

彼女の「可愛くしたい」という欲求は、常にシステムの上方修正を引き出す。


灯台ドドンパが固まる。

「それちゃんと科学基づいてる…?」


「知らん。科学カワイイは正義だ。よし、時間は稼げた。ミミック狩り再スタートだ」


狩ること4時間。

討伐数、76匹目。


「出た……!」


崩れ落ちたミミックの残骸の中に、太陽のように赤く輝く核が転がった。


『ファーネス・ミミックの真核』


「はぁ……はぁ……ようやく出た……」


ドドンパがその場に座り込む。

シロロもヘトヘトだ。


「ねぇーこれどうするの? もう疲れたあ……。可愛くないし熱いし……」


「移動するぞ。シロロ、お前のための真核キュートが待ってる」


「えっ、キュート!?」


その単語にシロロが反応する。


「ああ。……運べ。蹴ってな」


「ああ、だよねー……。やだなー。」


シロロは文句を言いながらも、灼熱の真核の前に立つ。


「……ちょっと熱いなーこの真核さん。……あ、私も変人入りー? 仲間ー?」


コンッ。


彼女の小さな足が、熱い真核を蹴り出した。


「行くぞ。目指すはエリア入り口、浅瀬だ」




ーーー


「……ここでいいだろう」


僕たちは入り口付近の、水温が低い浅瀬に戻ってきた。


足元には、蹴り続けられてさらに熱を増した真核がある。


「この水温なら十分だ。……シロロ、少しどいてろ」


僕は背中の『断崖写本杖』を抜き放つ。


構えは、剣術でも魔法でもない。


ペンの先端を下にし、グリップを両手で握る――アドレスの姿勢。


「……おいおい」


ドドンパが呆れたようにツッコむ。


「今度は孔球ゴルフかよ……」


「手で投げれば形が崩れる。水面への入射角アングル、風向き、インパクト……。完璧な軌道ラインで『急冷』させる」


カァンッ!!


快音と共に、真っ赤な真核が高く打ち上がる。


それは美しい放物線ロブショットを描き――


ジュボッ!!


水しぶきと大量の蒸気を上げながら、冷たい水溜まりの中へホールインワンした。


【解析ログ:急激な温度変化を検知。物質構造の硬化・圧縮を確認】


水の中で、真核がジューッと音を立てて冷やされていく。


その形状が、丸い核から、涙のような形へと変異していく。


「……なるほど。『オランダの涙(ルパートの滴)』ね」


フゥが眼鏡を光らせて呟く。


「知っていたか」


「ええ。溶解したガラスを冷水に落とすとできる、涙滴状のガラス……。頭部はハンマーで叩いても割れないほど硬いけれど、尻尾を折ると全体が爆発的に粉砕する」


「正解だ」


僕は水底で固まった真核を見つめる。


「あの溶解炉のミミックから出た真核は、ガラス質の高温体だ。それを水に入れ、超高温から超急冷する」


僕は解説する。


「内部に封じ込められた強烈な引力(爆発エネルギー)。これにより、完成するアイテムは『中に入れたものを、爆発的なエネルギーを秘めた宝石に変える』という性質になるはずだ」


「ば、爆発する宝石……?」


シロロがおっかなびっくり水面を覗き込む。


「仕上げだ」


僕はインベントリから、さっきのドロップ品を取り出す。


『ドロドロのマグマ片』。


それに『ただの水』をかける。


ジュワッ!


マグマが冷え固まり、黒く艶やかな石に変わる。


【生成:黒曜石】


「こいつを真核の周りに配置する」


僕は黒曜石を並べ、シロロを見た。


「シロロ、出番だ。お前の『デコ』で、この状況を『宝石箱』として記録させろ。こないだのキラキラでもなんでもいい、派手にやれ」


「えっ、あ、うん! 宝石箱なら任せて!」


シロロが杖を振るい、きらめくパウダーを振りまく。


水底にある「オランダの涙」となった真核と、周囲の黒曜石が、魔法の光で彩られる。


「……よし。あとは1時間、このまま冷却と装飾のログを定着させる」


僕は水辺に座り込んだ。


夜空には星。

水底には爆発的な宝石。


「待ってろよ。世界を宝石箱に変える『凶器』を作ってやる」


科学めっちゃ調べました(はぁはぁ…


僕、「ゑルマ」は同時に「『Legacy online 』君が愛したのは、死んだ僕だった」と言う作品も書いております。 よろしければそちらも読んでいただけると喜びます ブクマもしてやってもいいと思っていただけるだけでもありがたいです。

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