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第85話 火急

 早朝、ナハトの自室がノックされ、シュティレが顔を覗かせた。

 まだ日が昇る前、薄明の時間だった。


「緊急よ。すぐに支度して」

「何かあったのか」

「アーベント達にね。早馬が二人の近況を届けてくれたらしいの。急いで」


 ナハトが手早く身を整え、シュティレと一緒に小走りで執務室へ向かう。

 そこには、いつも通りのロイエとグリュックがいた。レーラーとノインもいたが、二人は軽装で表情も冴えなく、ナハトやシュティレと同様に起き抜けという感じだった。それらに対して、ロイエとグリュックは明らかに先に起きていた様子だ。


「これで全員ですね。火急の要件です、心して聞いてください」


 ひとつ長い息を吐いて、ロイエが改めて言葉を紡ぐ。


「モルゲンの寄越した文によると、アーベントが重症です。ここから南東、ツナイグングから更に東に行った先の村で療養していますが、事は深刻だと」

「どんな?」

「バンデ=ハルトは無事に討ったと。しかし、彼が召喚した蠍のような生物が、その尾でアーベントを傷つけたようです。様々な毒消しを試みましたが、どれも効果が無く、現在はモルゲンの魔法で血の巡りを遅らせ、症状の進行を抑えているとのことです」


 グリュックが小さく手を挙げた。


「僕はナハトの新たな力について考えていて、ずっと起きていたんだ。そこに急ぎの手紙が届いたということで、先に内容を聞き、ロイエ様の相談に乗らせていただいた。そこで、ひとつ、案が思いついたよ。召喚された獣による毒そのものも転生による能力に位置付けられているとすれば――」


 学者の視線が、夜空色の髪の女性に注がれる。


「――私の『封印』の力で無効化できるかもしれない、ってことね」

「その通りです。そこで、ノインとグリュックには、すぐに支度をして二人の元に向かってもらいます。そして、私とシュティレ、レーラー、そしてナハトがヴァールハイトへ向かいます」

「シュティレも?」

「ええ。表向きはシャルフリヒター氏の招きに応じていくわけですから、女官を連れ立って行くのは当然でしょう。身の回りの世話役だけならばレーラーとナハトに任せてもよいでしょうが、体裁もありますから」


 ためいきをついてから、ロイエはさらに続けた。


「正直、アーベントのことは気がかりですし、モルゲンも手傷を負っているのではないかという心配もあります。しかし、それを待って、活動の展開に待ったをかけるのは避けたい。アーベントも、それは望まないでしょうから」

「それでは、急ぎ準備をします。3――いえ、2時間後には、双方が出られるように手配を」

「よろしくお願いしますね、シュティレ」


 勢いよくお辞儀をし、シュティレは執務室を出て行った。


「ナハトとノインには、充分な休養を取らせられず、申し訳ありません」

「ううん、そんなことないわよ。むしろ、アーベントが苦しんでるのに駆け付けられなくて、やるせないわ。急いで行かなくちゃ」

「同感です。俺も体を休めている場合ではありませんでした。あらためて、我が身を賭して務めを果たします」


 夜の緊急会合はつつがなく終わり、明け方には東西に分かれて往くふたつの馬車が用意された。

 東の隣国ヴァールハイト、そのオアシスの街ザントへは、ロイエ、レーラー、シュティレ、ナハトの四人が。南東のクランクハイト国境沿いの村へは、ノインとグリュックが。それぞれに違う使命をもって、フェアトラウエンを発った。




 ここから、転生者を狩る者達の活動はその規模を広げることとなった。

 ヴァールハイトでは、人工的に魔法使いを生み出すという非人道的な取組が一行を待っていた。転生とは異なる、しかし看過しがたい有様に対して、ロイエ、そしてナハトは刃を向ける。

 一方、クランクハイトでは『聖女』と称えられ、傍若無人に振舞う傲慢な少女が待っていた。ノイン達はアーベントの命を救うとともにそれらの実態を掴み、一旦フェアトラウエンへと帰還する。


 以降も、この世界に渡り鳥ツークフォーゲルが現れるたびに、いくつかの混乱と悲喜劇がもたらされ、最後は血が流れて終わるという出来事は続いた。

 しかし、後の世になっても、彼らの活動が歴史の表舞台に現れることはなかった。ただ、あるときを境に、『転生者』という存在そのものが数を減らし、やがていなくなったという事実が残るのみである。


あとがき


 ブックマークしてくださっていた方、評価をつけてくださった方、ありがとうございました。

 特に、感想を寄せてくださった方には感謝をお伝えしたいです。誤字脱字の指摘も、いつも申し訳なさと感謝でいっぱいでした。


 正直なところ、50話を超えたあたりで「あまり読まれてないし、そろそろ完結させてしまおう」としていました。そこに感想をいただいて「もうちょっと書き進めようかな」となりました。

 結果的に、その後の展開を書いている最中に「あ、このセリフ、この場面を書きたくて、この作品を書いていたんだな」と思い至るタイミングがあり、無事に自己満足出来ました。プロットとしてはここからの広がりも最終局面も思い描いてはいたのですが、一段落させることにしました。


 ここまで読んでいただけた方に、また違う形でお会いできるよう、精進していきます。そのときはよろしくお願いします。




 次の作品は、現実恋愛ジャンルで「エルフな転校生」(副題未定)です。よろしければ、ご一読ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] お疲れさまでした。 これから新たな国へ赴く展開で先を楽しみにしていたのですが、終結とても残念です。 当初はロイエ様の勧善懲悪もの(必○仕事人)の硬派なお話だと思って読み始めましたが、どちらか…
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