第11話
ロートリンゲン卿が副団長に引きずられて城のどこかに消えていった後も、グウェンドリン卿はどこか残念そうにしていた。
「もっとロートリンゲン卿のお話をお伺いしたかったなあ。」
「いいですか、グウェンドリン卿。ロートリンゲン卿と話すのは結構だが全て鵜呑みにしてはなりませんよ。
ロートリンゲン卿は、なんというか、場を弁えないところもあるし、大げさに話を盛ってしまう人ですからね。」
僕はグウェンドリン卿に釘を刺す。
ロートリンゲン卿は一度この北の辺境へと宣教の旅に訪れた高位の教会の僧侶の説法がつまらないといきなりリュートを奏で始めた前科がある。
後にも先にもあの奇行だけは理解できなかった。
グウェンドリン卿は気を取り直したように隣のマルグレット卿に話しかけた。
「でも、マルグレット卿が"二射いらず"なんて異称を持つほどの凄腕の弓使いだとは知りませんでした。
確か、その騎士が放つ矢は雷よりも速く、城よりも重く、海よりも遠く、何よりも外れることを知らぬ、でしたっけ?」
マルグレット卿の顔が見る見るうちに赤くなる。
実はロートリンゲン卿が語った異名は全て彼の即興なのだが、マルグレット卿が面白い顔をしているのでもう少しの間黙っておくことにした。
「あー、グウェンドリン卿? 私はこれからショルツ卿と領内の見回りに出なければならないのです、その話は後にしていただけますか?」
マルグレット卿が目を逸らしてグウェンドリン卿から離れようとする。しかし、グウェンドリン卿は声を弾ませた。
「もしかして、遠出をするのですか! 実はボク、一度この領内を見て回ってみたいと思っていたんです。その、ご一緒してもよろしいですか?」
グウェンドリン卿が懇願するような上目遣いでマルグレット卿に迫る。
マルグレット卿はウッと短い呻き声をあげたまま固まってしまったので、僕が代わりに返事をしてあげた。
「かなり危険な任務ですけれど、それでも良ければ歓迎いたします。」
グウェンドリン卿が胸を張る。
「騎士なるものは、危ないなどといっていては務まりません! むしろもってこいです! まさかショルツ卿は断りませんよね?」
「もちろん、いいですとも。グウェンドリン卿ならさほど問題はないでしょうからね。」
マルグレット卿が僕に恨めしげな目を向けてくる。僕はその視線を鼻で笑って無視した。竜退治をもらした一件の仕返しだ。
草原と森が織りなす雄大な風景の中を三人馬に乗って進む。時折木々の合間からは遠くに巨大な山々が見えた。
グウェンドリン卿の人徳もあってか、同伴はすんなりと認められた。
最近切り開かれたばかりであるこの領地の端には早くもいくつかの開拓村が築かれていたが、度重なる魔獣の襲撃に悩まされているらしかった。
幾度となく届く陳情の内容に北方騎士団も関心をよせ、今回僕とマルグレット卿、騎士団の中でもかなりの実力者が送り込まれることになったのだ。
今回は、あくまで見回りに留め、異常を感じたらすぐさま引き返すことになっていた。目的は魔獣の撃退ではなくあくまで偵察である、そう命令されている。
もし陳情書の内容が正しければ、この一帯には相当大規模な魔獣の群れが潜んでいることになる。
調査の結果次第では、北方騎士団が全力を傾けて対処しなければならなくなる恐れがあった。
やがて、周囲の森がどんどん濃く、深くなってきた。深緑の木々が僕たち騎士の視界を制限する。
僕はいつでも剣を抜き放てるように柄に手をかけた。マルグレット卿はもうすでに弓に矢を番えている。
グウェンドリン卿も緊張した面持ちでその手に持つ長槍を握りなおした。
視界の先に村の入り口にあたる木張りの門が見えてきた。グウェンドリン卿が近づこうとするのを手で制して、マルグレット卿と目配せをする。何かがおかしい。
普通、開拓村は北方騎士団の騎士が救援に訪れるまで持ちこたえるため、村の周りをぐるっと木の柵や堀で囲っている。
見張りも一人ぐらいは常に門の上のやぐらにいるはずだ。
しかし、あの村は違う。やぐらには人の姿はなく、何よりも門が閉じられたままになっていた。
日中に門を閉じるだなんて魔獣の襲撃などの異常がなければ有り得ないことであるし、それならばなおさら見張りがいないのが奇妙だった。
僕は嫌な予感がひしひしとした。
「グウェンドリン卿、合図があればいつでもボルゴグラード城へと引き返せるよう退路を常に意識しておいてください。」
小声で隣のグウェンドリン卿に指示をする。グウェンドリン卿はすこし青ざめた顔で頷いた。
内心僕は後悔した。グウェンドリン卿を連れてくるべきではなかった。これは少々荷が重すぎたようだ。
マルグレット卿が馬に乗ったまま近づいてくる。
「ショルツ卿、もうすこし様子を伺うことにしましょう。いくら何でもここで引き返すには得られた情報が少なすぎる。
離れ離れにならないよう、先頭をお願いしても?」
「分かりました。グウェンドリン卿を真ん中にしてもう少し偵察してみましょう。」
出来るだけ物音を立てないよう気をつけながらちょうど村を一望できるような丘の上に馬を進める。
しかし、丘の上から眺めても、村は木の柵に覆われてその内側は依然伺い知ることは出来なかった。
ただ、気がついたこともあった。村の裏門が開け放たれたままになっていたのだ。馬を通すことはできないだろうが、歩いていけば村の中に入れそうだ。
「マルグレット卿、単身であの門から村の中に入ってみようと思います。その間、僕の馬とグウェンドリン卿をお願いしたい。」
しびれを切らした僕は村を一人で訪れるとマルグレット卿に告げた。マルグレット卿は浮かない顔つきだ。
「いけません、あまりにも危険すぎます。」
「しかし、このままでは悪戯に時を費やすだけです。マルグレット卿、分かるでしょう? それでは意味がない。
誰かが危険を冒さなければいけない。この三人で最も近接戦に秀でているのは僕ですから、僕が行くのは当然です。
もし僕がしばらくたっても帰ってこなければすぐさま城に引き返し、副団長にその旨を伝えてください。」
マルグレット卿が唇を噛んで黙り込む。
ここで僕たちが引き返しても、また別の騎士がこの村を訪れなければならない。結局のところ誰かが貧乏くじを引いて村へと入らなければいけないのだ。
マルグレット卿も理解しているはずだ。僕はダメ押しとばかりにさらに言葉を重ねた。
「それに、僕がそう簡単に命を落とすと思いますか? 這いずってでも戻ってきますよ、僕。」
マルグレット卿がしぶしぶといった様子で口を開いた。
「分かりました、ショルツ卿。ただし、グウェンドリン卿は別として私は卿が帰ってくるまでは決して引き返しはしません。
だから、絶対に生きて帰ってきてください。」
マルグレット卿の瞳が真っすぐに僕の目を見据えた。強い意志を感じる顔だ。
これは何としてでも戻らなきゃいけないな、マルグレット卿をむざむざ無駄死にさせるわけにはいかない。
「もちろん、騎士として誓いましょう。」
僕は馬から降り、剣を腰にさした。馬の手綱を物憂げな表情のマルグレット卿に預け、グウェンドリン卿に声をかける。
「お聞きになった通り、僕が村に向かうことになりました。その間の警戒はお任せいたします。」
「は、はいっ!」
グウェンドリン卿のすこしうわずった返事を背に、僕は一人村の門へと足取りを早めた。




