運命かけたプロポーズ
そんなことを一人で妄想しながらニヤニヤしていると、化粧を直してコートを羽織り、ますます美しくなったおばさんが「お待たせしました」と言って、運転席の窓から僕の顔を覗き込んだ。
僕は、慌ててニヤケタ顔を元に戻し「乗って・・・」とクールに言った。
おばさんは、羽織っていたコートを脱ぎ、助手席のドアを開け「お邪魔します」と言って僕の車に乗り込んだ。乗り込むとき、スカートのスリットからのぞいた黒いストキングに包まれた太ももに一瞬『ドキッ』とした。その先がどうなっているかは子供の時に観察して知り尽くしているはずなのに、思わず手を伸ばしそうになり、この後の真剣な話に水をさすようなことはできないと、やっと自分のスケベ心を自制した。
僕は動揺を隠しながら「ボロい車でゴメンな・・・」と偉そうに謝った。
「うぅうん・・・学生さんが車持てるなんて、立派なものよ・・・」おばさんは笑顔でそう言ってくれた。
「どこに行くの・・・?」おばさんの問いかけに、「どこか、海の見える公園とか無い・・・?」と逆に僕がおばさんに訊ねた。
「海が見えるところ・・・?無くはないけど、ここからだと、遠いよ・・・・・・」
とおばさんは言った。おばさんの家は内陸側にあり、海からは少し離れていた。
僕は、自分の計画に海は外せないと思い、「遠くても、そこに行こう・・・夕方までには戻るから」と言って、おばさんの案内で、そこに向かうことにした。
僕たちは、途中のファミレスで、急いで昼食を済ませた。
そこからは、おばさんと自分の気持ちを盛り上げるため、『オフコース』のカセットをカーステレオにセットした。
おばさんが『オフコース』のファンであることは、なんとなく知っていた。
案の定、おばさんは車の中に流れ始めた『秋の気配』に感激してくれた。
横で、眼をつむってじっと聞いていた。
美しい唄が流れる中、おばさんが案内してくれた海の見える公園に到着した。
僕が『オフコース』をかけため、おばさんは、『オフコース』の話で盛り上がってしまい、なかなかプロポーズをするタイミングがつかめなくなっていた。
本当は、外は寒いので、『オフコース』の曲が流れる車の中でプロポーズをする計画であったが、僕は仕方なく、車を出て、外のベンチにおばさんを誘った。
おばさんは、そんな僕の我がままに何も言わず寒いのを我慢して付き合ってくれた。
僕たちは、一番近くにあったベンチに腰を掛けた。
僕は、横に腰かけるおばさんの肩に腕を回した。
おばさんは、少し躊躇し、そうして、僕の腕を持つと、その僕の腕を自分の肩から外した。
僕は、一瞬何が起こったかと動揺した。
おばさんは、そんな僕に申し訳なさそうに、こう言った。
「もう、私、今までみたいなことできんなってしもうたんよ・・・・・・」
僕は、おばさんの言っている意味がすぐには理解ができず、「えっ!・・・?」と問い直した。
「私、もうすぐ、新しい男性と再婚するんよ・・・」
僕は驚いて再度「えっ!!!」と言っておばさんの顔を見た。
「私、今近くのスーパーにパートで行きよるんやけど、相手の男性はそこの店長さんで、私が入った時から、いろいろ親身になって優しくしてくれとったんよ。ずっと独身でおいでたみたいなんやけど、その男性から、1か月ほど前に『結婚して欲しい』って言われて・・・」
「死んだお父さんに悪いから、しばらく返事はせず、迷うとったんやけど・・・この前、ケンジさんに『自分の残された人生大切にせないけん』言われて・・・迷うとった心に踏ん切りがついて・・・それで、先週の末にお受けする返事をしたんよ・・・」
「今晩も、その男性が来ることになってるん・・・・・・」
そこまで言うと、おばさんは、横にいる僕の顔を見た。
僕は、あまりの衝撃に、しばらく言葉が出なかった。
なんと、自分との結婚を考えて欲しくて放った言葉が仇になるとは・・・・・・
僕は、自分の愚かさに涙が出そうになった。
「だから、今晩はわざわざ遠いとこ来てもろたのに、ウチには泊まってもらえんのよ・・・ごめんなさい」おばさんは、そう言って僕に詫びた。
そこまで聞いて、僕は「そんなん、かまわんよ・・・俺も元々あれ返したら帰るつもりやったし・・・・・・」精一杯強がってそう言った。
そんなことはない。ここで、おばさんにプロポーズをして、それをおばさんに受け入れてもらい、なけなしの金で買った指輪をおばさんの左手薬指に入れたら、おばさんの家に戻って、そこで、先週のラブホテルでのセックスを超える、もっともっと深く熱いセックスをするつもりだったはずだ・・・・・・
僕は、ブレザーのポケットに手を入れ、そこにある小さな箱を握りしめた。
僕は、プロポーズに到達することもできず、見事におばさんにふられてしまった。
冬の海風がより一層、僕の心を冷やした。
「そういえば、ケンジさんも何か話がある言うてたやろ? なに?話って・・・・・・」
僕は今さらおばさんに『僕と結婚してください』というわけにもいかず、「さっき、終わった話・・・」と答えた。
おばさんは、「さっき終わった」というのを聞いて、お金のやり取りのことだと思ったのだろう、「あれは、本当にごめんなさい・・・私が本当に馬鹿やった・・・・・・」と言った。
「寒うなった。早よ、車戻ろう」僕はそう言ってベンチから立ち上がった。僕は身体よりも心の方がもっと寒かった。
二人は、肩を寄せ合うこともなく、おばさんは下を向いたまま、僕の後ろについてきた。
僕の心の中は、涙で一杯だった。




