思い悩んだ末
カーナビなどのなかった当時、家の位置を調べるにはゼンリンの住宅地図が必須だった。
僕も、本屋にそのゼンリンの住宅地図を見に行ったのだが、業務用の高い本であるため、立ち読みはできないようしっかりとビニールで封がされていた。
購入するにも、たかだか一軒の家の位置を調べるためだけに買おうと思えるような金額ではなく、僕は仕方なく、一般の道路地図を購入した。それであっても、大学生の自分にとっては、かなり痛い出費であった。
当時、僕は先輩から譲り受けた、オンボロの車を持っていたので、とりあえず、その車で道路地図を見ながら、地名のところまで行けば何とかなるだろうと思った。
すぐにでも出発したい気持ちではあったが、その週は、あいにくずっと茶店のバイトが入っており、仕方なく休みの取れる次の週末に授業をさぼって行くことにした。早くも、おばさんが走り書きで書いた手紙の『一生懸命勉強して・・・』という願いを無視することになった。
僕は、おばさんが僕のブルゾンの内ポケットにこっそりと入れていたお金を返すと同時に、もう一つの大事なことを本当にその時するべきかどうか、行くまでの間ずっと悩み続けた。
両親は、絶対に反対するだろう。姉だって、僕を馬鹿にするに違いない。肝心のリョウちゃんは許してくれるだろうか・・・?
あらゆる、ネガティブな考えだけが僕の頭の中を駆け巡った。
それでも、そのたびに、あの優しい声やしぐさ、可愛らしい笑顔や表情が浮かび、最終的には、おばさんにプロポーズすることを決心した。
そう決心してからの僕の行動は早かった。
とりあえずのイミテーションリングを買おうと、おばさんの指のサイズも知らぬまま、繁華街にあるジュエリーショップに飛び込んだのだ。
そのようなお店に入るは初めてだったが、置かれている指輪は、どれも僕の想定をはるかに上回る金額だった。
その金額と店の厳かな雰囲気とで僕の心臓は「バク、バク」と高鳴った。顔には、冷や汗が流れた。
そんな弱気な心を悟られぬよう、僕は冷静さを装い、その中から自分の持ち金でやっと買える、針先ほどの小さなダイヤが数個あしらわれた指輪を選んだ。
「相手様の指のサイズは・・・?」と店員さんに聞かれたので、「お姉さんの指くらいかな?」と言って、サイズを選んでもらった。
「彼女へのクリスマスプレゼントですか・・・?うらやましいな・・・」と、その店員さんは指輪を入れた箱を包みながら僕にほほ笑んで話しかけてきた。
僕が緊張していることは見透かされていた。
僕は、照れ笑いをしながら、手提げ袋に入れてもらった指輪を受け取ると、急いでその店を出た。
恥ずかしさで顔が火照っていた。貧乏人の男一人でこんな店、入るもんじゃないと思った。
人生初の経験で、人生初の(男女の)経験をさせてくれた女性へのプレゼントを手に入れ、しばらくすると、先ほどまでの恥ずかしさは忘れ、僕は意気揚々と家路についた。




