おばさんの告白
僕は、スイカにかぶりつきながら、おばさんの方をチラっと見ると、おばさんも小さく口を開けて、スイカの先を口の中に入れていた。
僕は、おばさんに何か話しかけようと、適当な話題を探したが、特に思いつかず、ずっと黙ったまま黙々とスイカを食べ続けた。
おばさんは、僕がスイカを食べ終わったのを見ると、「もう一つ食べる?」と聞いてきた。
僕は「もういいです」と答えると、口の周りについた汁を拭おうと腕を口に持って行った。
それを見たおばさんは、「ケンちゃん、待って。お口拭いてあげるけん」と言って、横にあった手拭いで、僕の赤い汁で汚れた口の周りを拭いてくれた。
僕は、おばさんに「ありがとう」と言うと、それ以上話のネタが思い浮かばず、再び沈黙した。
おばさんは、その静寂を打ち消すように、笑いながら「どしたん?何か話しよ」と言った。
そう言われても何も話ことが見つからず、頭からひねり出した話題がこれだった。
「おばさんは、白石のおっちゃんのことが好きなん?」ニコニコしていたおばさんの顔が一瞬でこわばった。
「ケンちゃん、それは話さん約束よ」
僕は、ドキッとして「誰にも話さんよ。おばさんと、おるときだけや」と言った。
「本当?本当に誰にも話さん?」
「話さんよ。僕は嘘つきじゃないけん」と口をとがらせて言った。
「本当なんやね?」おばさんは、さらに念を押してきた。
「本当に決まっとる」僕が若干キレ気味に言うと、おばさんは「ごめん、ごめん、おばさんもケンちゃんのこと信じとる」と笑いながら言ってきた。
僕は、その勢いで先ほどの質問を続けた。「だって、おばさんは、アレは大事なことやから、好きな子とせないけん、って言ったでしょ?・・・だから、白石のおっちゃんのこと好きなんかと思うて・・・」僕は、変な質問をした言い訳をした。
おばさんは、しばらく黙っていた。
話題のない、嫌な静寂がまた続くかと思った時、おばさんが重い口を開いた。
それは、とても小さな声で、よく耳を澄まさないと、聞き取れないような声だった。
「そうやね、好きな人とせないけんね・・・」
「でも・・・」
「おばさん、あの人のことは好きじゃない・・・好きじゃないとかじゃなく…本当は大嫌いや」
「大嫌い」と言う言葉だけははっきりと聞き取れた。
「じゃぁ、好きじゃないのに、なんでおっちゃんとセックスするん?」
「セックス」と言う言葉に、おばさんは「はっ」とした顔をして、こちらを向いた。
おばさんは、少しの間黙っていたが、少しずつその事情を話し始めた。
「ケンちゃん、去年、地区の旅行に行っとったやろ?おばさんも、あの旅行行っとったんよ」
確かに、僕は去年の地区の旅行に行っていたし、おばさんも家族で参加していたのを覚えている。
「あの時、おばさん、夜の食事の時、白石さんにお酒ようけ飲まされて・・・酔っ払ってしもうて、しんどうなったんよ。眠とうなって、一人で部屋戻って、横になっとったら、白石さんが来て・・・おばさん、白石さんに身体奪われてしもうたんよ」
僕は、「身体を奪われる」という意味が、その時はよく理解できなかったが、前後の話の流れから「セックス」のことだと思った。
「それから、お父さんが出張の時、ちょくちょくうちに来るようになって・・・その時は、リョウタをおばあちゃんのところに預けろ言うて・・・」
「初めにはっきり断ったらよかったんやけど、白石さん、そしたら旅行の夜のことみんなに言いふらす言うて・・・断り切れんかった・・・」
そこまで言うと、おばさんは飯台にのせた両手で顔を覆った。泣いているようだった。
「ごめんね、ケンちゃん。こんな話、子供に聞かすような話じゃないね」
おばさんは、そういって、涙をぬぐうと、無理に笑って見せた。
それが、おばさんの作り笑いであることは、小学生の僕にでも分かった。
僕は、おばさんにどう言って声をかけたらいいのか分からず、ただ黙ってその様子を見ていた。
さっきよりも長い長い沈黙が続いた。
今なら、旅行の時、白石のおっちゃんがおばさんにしたことは、立派な性犯罪だが・・・いや、その当時でも立派な性犯罪であったのだが、その当時は、こういう男女一対一の状況の場合、必ず、女性の方が絶対的に不利であった。
その時に、よほどの暴力的行為がない限り、単なる男女の色恋沙汰で済まされ、民事不介入が原則の警察には立ち入るすべがなかった。
さらに、貞操観念の強かった当時の女性にとっては、夫以外の男性と、いかなる理由によれ、性交渉するなどということは恥ずかしいこと以外の何物でもなかったのだ。
僕は、そのおばさんの話の内容から、ますます白石のおっちゃんのことが嫌いになった。
僕は、そのことをおばさんに伝えようかどうしようか迷いながら、それでも、声を発する勇気がでず、ずっと黙っていた。




