112話
翌日。
ラギトは再び、イーダ家の屋敷の前に立っていた。
「おい、お前」
流石に2日目ともなると、門番も看過できないらしい。ラギトに声をかけてきた。
「ん?俺かァ?なんだ?」
「昨日注意しただろう。あまり怪しまれるような行為はするな、と」
「怪しいか?俺、なンにもしてねェぞ?」
ラギトが首を傾げると、門番はため息交じりに『どうしたものか』というような顔をする。
「その、用も無いのに人がずっとここに立っていたら、怪しいだろう」
「そうかァ?大体俺、用ならあるぜ!」
門番に胸を張って、ラギトは大きな声で元気よく答えた。
「あの窓から顔だした子、もっかい見るんだ!綺麗だったから!」
結果、ラギトは屋敷の前から追い払われてしまった。門番は一仕事終えた、というようにため息を吐いてまた警備の任務に戻る。
……だが時間を置いてまたラギトがやってきては門番が追い払う、ということが数度、続くのだった。
あづさとミラリアは、朝食の席に着いていた。当たり前のようにシャナンも一緒である。使用人達が甲斐甲斐しく朝食の世話をする中、少々窮屈に思えるほど快適な食事を摂りつつ、雑談に興じる。
シャナンの話は人間の世界のことを知るのに丁度良かった。この町だけでなく、他の町、或いは王城のある王都についても、シャナンはよく知っており、よく話したのである。
そこにあるという珍しい果物や鳥、草花。或いは美しい建造物や大自然の芸術など、シャナンの話は人間の国のあらゆる場所に及んだのである。そこから民族文化や風習を知るのはそう難しくない。
「シャナン様のお話を伺っていると、実際にそこに行ったような気持ちになりますね」
ミラリアはそう言って微笑む。特に王都については聞けば聞くほど役に立つ。そこに暮らす人々の話から、王へ繋がる情報が読み取れることもあるのだ。
「そう言っていただけると何より。美しいお嬢さん方を退屈させまいと、これでも必死なのですよ」
「あなた、口が巧いわよね。そういうところはちょっと信用ならないわ」
「おやおや」
「ふふ、冗談よ。あなたのお話、とっても面白いわ!」
あづさは軽口を挟んでみつつ、シャナンに慣れてきたことをアピールしていた。
ミラリアは警戒する役割だ。そしてあづさは懐く役割。シャナンの目的は妹の『レイス』よりも姉の『マリー』なのだろうから、その点も考慮しての配役である。
「そう言っていただけるなら何より。……ああ、そうだ。マリー嬢、レイス嬢。今日は隣町まで行く予定があるのですが、もしよろしければご一緒にいかがですか?話に聞くだけよりは、実際に見てみた方がよいということもあるでしょう?」
「本当!?行ってみたいわ!ねえ、お姉様、そうしましょう?隣町には勇者マユミがお世話になってたお宿があるのよね?一度、見てみない?」
「そう、ね……ええ。分かりました。もしよろしければ、是非ご一緒させてください」
こうしてシャナンに同行して町の外に出る約束を取り付け、あづさはにっこり笑う。
情報を得られるだけ得る。そして、程よいタイミングで、舞台を大きく狂わせる。その瞬間を決めるのは、あづさ達なのだ。
隣町は、少々古めかしい建物の並ぶ、素朴な町だった。
「この町はピスケよりも古めかしいでしょう」
シャナンにそう話しかけられ、あづさもミラリアも頷く。ピスケ、というのは、現在あづさ達が滞在しているイーダ家の屋敷のある町だ。
「ピスケは200年前、勇者イーダによって取り戻された地にできた町です。ですから、他の町に比べるとそれほど歴史が深くない。だから建物も比較的新しいものばかりなのです。その点、ここクエリアはずっと歴史が深いですからね。尤も、栄えてきたのはピスケができてからですから、まあ、規模はそれほど大きくない町ですが」
「へえ……そう、なの」
あづさは物珍しく思いつつ、町の様子を眺める。
人間が行き交っている、という時点で珍しい、と感じてしまうが、それは置いておくとして……町の所々、壁であったり路地の石畳の片隅であったり、そういった場所に、不思議な模様のようなものが書き込まれているのが見えた。
鮮やかな赤や青や緑といった色で描かれたそれは、小さくありながら中々目立つ。
「ねえ、あの模様は何?ピスケでは見なかったけれど」
「ん?ああ、おまじないですか」
あづさが指さした文様を見て、シャナンは頷いた。
「この辺りは建物が古いですからね。魔法の力でこうして守りの力を高めているのですよ。あの絵具は色のある石を砕いて粉にしたものを膠で練って作ってあるんですよ。イーダ家でも石の絵具は取り扱っていますね」
へえ、と納得しながら、あづさはじっと、模様を見つめる。
……恐らく、石が持つ魔力を使って魔法を発動させているのだろう。だが、ギルヴァスが作る装飾品などと比べると、ずっと効果が薄いように見える。あづさがミラリアを見上げてみると、やはりミラリアも似たようなことを考えていたらしい。自分が身に着けているギルヴァス作の装飾品をさりげなく指差して笑ってみせた。
やはり、ギルヴァスは優秀なのだ。あづさはそれを再確認して嬉しくなる。
……また同時に、人間の国の魔法のレベルをもう少し調べておく必要があることも感じていた。
魔法の存在はあるらしい。だが、そのレベルは恐らく、魔物のものより大分低い。
ということはきっと、魔法の代わりに発達した何かが、人間の国にはあるのだろうから。
クエリアの町を歩いて少しして、シャナンはいくつかの店を回った。
行く先々で珍しいものを見、面白いものを見て、あづさとミラリアにとってもそれなりに有意義な時間になった。特に、人間の国の生活用品を見ることで生活に使われている魔法の水準を推測することができたのは大きな一歩だっただろう。
「イーダの坊ちゃん。そちらのお嬢さんはどうなさったんですかい?恋人ですかね?」
「そうなればよいと思っていますが、まだ違いますよ」
……ただ、行く先々であづさとミラリアは存分に人々の注目を集めた。
シャナンは勇者の子孫であるというだけあり、それなりに名が知れているらしい。手広く商売をしているからなのかもしれないが、とにかく知り合いが多い。
そしてそれら知り合いがあづさとミラリアについて尋ねると、概ね『いつかは恋人にしたい』というような内容の返答をするものだから、あづさはともかくミラリアは困っていた。
「あの、シャナン様。私、そのようなことは……」
ミラリアがやんわりと困惑の旨を伝えると、シャナンは少々申し訳なさそうな顔をしつつも、答えるのである。
「僕の偽りのない本心ですよ。しかし勿論、あなたの意思を尊重します。無理矢理自分のものにしようなんて、そんなことは考えませんとも。……しかし、あわよくば、外堀を固めてみよう、とは思っていますね」
あづさは思った。やっぱりこいつ商売人だわ、と。
昼食時、あづさ達は宿の食堂に入った。
何故飲食専門の店ではなく宿の食堂を選んだかというと、この宿こそ、勇者マユミが匿われたという宿だからである。
「そう、ここに勇者マユミが……」
あづさは宿の中を見回すが、当然、そこには何の痕跡もない。そこに居たのが『真弓』なのか、あづさの知らない『マユミ』なのかも分からないのに、しかし、視線を彷徨わせることをやめられなかった。
「ひとまず、食事にしましょう。この宿の食事は決して華やかではないが美味ですよ」
シャナンに促され、食堂へと入る。そこでもなんとなく落ち着かない気分を味わいながら、あづさは卓に着く。
……それから運ばれてきた野菜たっぷりのスープや香ばしく焼けた肉を味わう。
それらはシャナンの言った通り華やかなものではなかったが、どこか懐かしさを感じさせるような、そんな味わい深いものだった。
昼食を摂った後、あづさ達はシャナンの紹介で宿の先々代女将と対面することになった。
老婆は椅子に座ったまま、立ち上がることはできないようであったが、年齢を考えれば無理もない。100年前の勇者のことを知っているのならば、その齢は100を超えているということになる。
……だが、それにもあづさは納得できた。先々代の女将の結った白髪から覗くのは、少々先の尖った耳であったのだ。
要は、いくらか人間ではないものの血が混じっているのだろう。だからこそ、医療がそれほど発達していないように見えるこの世界で100歳を超えても生きているのだ。
「ようこそ、いらっしゃいました」
老婆は齢の割にははっきりと喋る。ゆっくりとしてしわがれた声が、森の大木を思わせる。
「あの、失礼ですが、もしかしてハーフエルフ、ですか?」
ミラリアがそう尋ねると、老婆はゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、いいえ。確かにエルフの血が混ざっているようだけれど、半分なんて、ないわね。この耳を見て、そう思われたのでしょう?でも私の両親は、普通の人間の耳だったのよ。エルフの血が入っていたとしても、8分の1か……いいえ、もっと少ないわね。きっと」
隔世遺伝、っていう奴かしら、とあづさは思いつつ、老婆の耳に目を向けた。
あづさの知る物語に出てくるエルフの耳と比べれば、老婆の耳は大分控えめだった。ほとんど人間のそれとかわらず、僅かに耳朶が尖っているばかりである。髪型によっては十分に耳が隠れてしまうだろう。
「この耳のせいで随分苦労したものだけれど。でも、そのエルフの血のおかげで勇者マユミのことを伝えられるのだものね。悪いことばかりじゃ、なかったわね」
老婆はそう言って、穏やかに微笑んだ。
「勇者マユミ、とは言うけれど、私があの子に会ったのは、私もあの子も丁度そちらのお嬢さんくらいの齢の頃でねえ。その時のあの子は、勇者でもなんでもない、ただの迷子だったのよ」
老婆はそう、話し始める。それは昔話のようにも聞こえて、あづさには妙に現実味が感じられない。
「突然、うちの中庭に立っててね。私も母さんも……当時の女将も驚いたけれど、それ以上にマユミが驚いていたわね。自分がどうしてここに居るのか分からなかったみたい」
あづさは自分がこの世界に来た時のことを思い出す。突然の荒野に、あづさもとても驚いた。あそこでいきなり人に出会っていたら、やはり相当に驚いただろう。
「そのままマユミはここに住み込みで働くことになって……丁度、そういう時期だったから、魔物との戦いに向かう兵隊の皆さんがたくさん来ては泊まっていったのよ。だから宿屋は大繁盛。マユミの手伝いはとてもありがたかったわ」
ピスケの町の方が魔物の国との境に近いが、このクエリアの町も十分に近い。王都からの道すがら、この町も特需に沸いたことだろう。
「……マユミは引っ込み思案でねえ。お客さんの相手は、苦手だったみたいね。この食堂も、私が運んで、マユミが厨房に入って。マユミはほとんど、人前に出たがらなかったわ。……そんな子が、勇者、だなんてねえ……」
老婆は、ぽつり、とそう呟いてしばらく唇を引き結んでいた。
「私の父は、勇者を隠していた罪で投獄されたのよ。でもそれも、マユミが魔王を倒した、っていう知らせと一緒に、恩赦で出てこられたのだけれど……あの子が勇者だなんて、だって、誰も思わなかったのよ。あんな、大人しくて優しい、引っ込み思案な子が、勇者、だなんてねえ……」
「あの、勇者マユミは、どうなったんでしょうか。この町を出て、王城へ上って、勇者になって……その後の勇者マユミのこと、何かご存じありませんか?」
あづさが尋ねると、老婆は頬に手を当てて、そうねえ、と考え込み、やがて首を横に振った。
「分かるのは、父に恩赦が出されたことくらいねえ。だから、マユミはきっと、魔王を倒したのよ。けれど……結局、あの後一度も、あの子に会えてないの」
老婆の言葉に、あづさはがっかりしつつ、そうですか、と頷く。元より過度な期待はしていない。シャナンが一度尋ねたことなのだろうから、新たな情報が出てこなくても仕方ないのだ。
「……この宿を出る時、マユミは平和な世界を作るって、言ってたわ。そして実際、魔物は居なくなって、私達の暮らしはずっとよくなったわね。マユミは私達のために、戦ってくれたのよ。本当に感謝してるわ。残念なのは、マユミがどう頑張っていたのか、全然分からないことだけだけれど……」
老婆はそう言うと、ふと、表情を陰らせた。
「いつか会えるかと思って、私、この齢まで生きてきたけれど。でも……もう会えないんでしょうね」
そう言って老婆は、ここには居ない誰かを見るように、窓の外へ視線をやった。
窓から見える宿の中庭には陽光が差し込んで、眩しいほどに明るかった。
「結局、新しい事は特に分からなかったわね」
「そうですね。でも、収穫もあったのでは?」
宿を出て、あづさとミラリアはそう話す。
「そうね、来て良かったわ。『エルフ』というか魔物についての認識も分かったし……勇者マユミが実在したって分かっただけでも、良かった」
あづさはそう言って微笑むと、そっと、ミラリアに囁く。
「後は、自分の目で確かめに行くわ」
「お供しますよ」
「ええ。頼りにしてるわ。お姉様」
決意を新たに、あづさは王城行きを……『勇者』になることを決意した。
「……ルカ。本当に大丈夫か?」
ギルヴァスは心配そうにルカを見つめて声をかける。するとルカは少々驚いたような顔をしつつも、すぐに頷いてみせた。
「ああ。これでも水の四天王団海竜隊隊長だ。それなりに腕に覚えはある。頂いた装飾品の類も働いている。そうそう大きな傷を負うつもりはない」
ルカには、ギルヴァスからいくつかの装飾品が贈られていた。それらは全て、守りの魔法を込めた最上の品々である。オデッティアが見たら嫉妬するかもしれないな、などと思いつつ、最上の装備を身に着けて、ルカは一層気を引き締める。
「すまない。こんな役をやらせることになるとは……」
「仕方ないさ。……それに、俺よりあなたの方が大役だろう」
「ああ、うん、そうだったな……」
ギルヴァスはため息を1つ吐き出すと、それからルカへ向き直った。
「……なら、すまない。苦労を掛けるが、よろしく頼む」
「ああ。望むところだ」
ルカは笑って応え……そして、付け加えた。
「全力で、悪役を演じてこよう」




