表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
四章:無謀に鬼謀、謀れよ乙女
110/161

110話

「……ゆうしゃ」

「ええ」

「君が」

「そうよ」

 ぽかん、としたギルヴァスを前にあづさはそう答えて、更に付け足す。

「だって、勇者って元々異世界人なんでしょ?だったら私でもいいじゃない?」

「いや、確かにそれはそう、だが……」

 歯切れの悪いギルヴァスの横ではルカがぽかんとし続けており、更にその横ではミラリアが目を丸くしつつも表情を綻ばせている。

「勇者!?あづさ、お前人間の国に寝返るのか!?そんなン許さねえぞ!」

 そしてラギトはぎゃあぎゃあと声を上げつつあづさを威嚇するように腕をバタバタさせた。

「だから、スパイ、ってことよ。本当に人間の国に寝返るわけじゃないわ。人間の国の中に潜り込みながらある程度勇者についての情報を手に入れられて、それでいて特権が得られるって最高じゃない?何なら必要に応じて人間の王の寝首をかけるかもしれないし」

「ちょっと待ってくれ。暗殺までする気なのか、君は」

「必要に応じて、ね?……まあ、やらなくていいならやらないに越したことはないけど」

「うん、そうだな。できればそれは無しで頼む……」

 混乱を整理しきれないらしい様子でギルヴァスはそう言うと、それからしばらく考えて、言った。

「……危険じゃないか?」

「そう?相手の出方が分からない上に相手をコントロールしにくい状況よりはずっといいと思うけど」

 あづさが反論すると、ギルヴァスはうむと唸ってまた黙る。

「何より、状況の再現ができるじゃない。勇者マユミがどういう風に人間の国で人間の王に接されて、何を命じられていたのか。どういう目的で人間の国は勇者を動かしてるのか。私が勇者になれば全部分かるわ。それに黒幕が居るとしたら、どう考えても人間の王に近しい何か、或いは人間の王本人でしょ?勇者としてなら近づける。しかも、もし『本当の』勇者が現れたとしても平気。そいつのお株は私のものよ。最高じゃない?」

 あづさが追い打ちをかけると、ギルヴァスはいよいよ反論する材料を失ってきたらしい。

 しばらく考えて、考えて、ようやくギルヴァスは口を開いた。

「……不自然だろう、魔王様の宣戦布告も、魔物の襲撃も無しに、いきなり勇者が現れては」

「そう?ちょっと見てきたかんじ、人間達って勇者が現れ次第、魔物の国が何もしてこなくても侵略しに行きそうだけど」

 なけなしの反論をあっさりと撃墜されて、ギルヴァスはいよいよ黙る。

「まあ、確かにね。魔王様が居た方がそれっぽいわよね……でもそれを待ってたら1年経っちゃうし」

 だがあづさはそう言って、うーん、と考え……。

「あ、じゃあギルヴァス。あなた魔王やって」

 無情にも、そう言ったのである。


「……は?」

「あなたが人間の町、攻めて。そしたら勇者として私が目覚めても大丈夫でしょ」

「い、いや、ちょ、ちょっと待ってくれ、あづさ。一体どういうことだ?」

「だから、人間の王に私が勇者だって認めさせるためにはちょっと急なくらいに危機が迫ってた方がいいでしょ?人間側が準備できない間に私が勇者として人間の王のところに行けば、流石に王だって動かざるを得ないでしょうし。猫の手も借りたい、って奴よ。強い魔力を持った異世界人がのこのこやって来たら捕まえたくなるのは当然よね?」

「……そ、それは……」

「魔王が居れば、標的はそこだけよね?魔王っていう標的も無しにただ魔物の国を侵略されるよりは、目標が定まってた方が相手の出方も限られるわ。何なら、私が相手の出方を操れる。タイミングも、攻め方も、全部私が介入してやるわ。そうすれば安全よ。安全。ね?」

 あづさに見つめられ、にっこりと笑みを向けられ……ギルヴァスは、折れた。

「……流石に、他の四天王と相談させてくれ」




「オデッティア様から返事が来ました。『面白い。やれ』だそうです」

「あああ……」

「火のラガル様は『くれぐれも気を付けて実行しろ』だそうで」

「そ、そうかぁ……実行しろ、かぁ……」

「ファラーシアはまだ小せえからな!俺が代わりに許可を出すぜ!」

「ラギト。一応聞くが、この重みを理解しているか?」

「してるぜ!馬鹿にすンな!っつーかよォ、俺が反対しようがもう水と火が賛成してンだろォ?俺が反対しても結局無駄じゃねーか!」

「その通りだ……くそ、お前から正論が出ると不安になる……」

「なんでだよォ!」

 ……かくして、無事に他の四天王達の許可も下り、勇者と魔王の偽装工作が始動したのである。




 あづさとミラリアはその夜のうちに町の宿へと戻ることになった。それから数日は町の図書館を訪れたり、史跡の類を見てみたり、と町に逗留しつつ、適当に時間を置いて、再びシャナン・イーダの屋敷を訪ねることになる。

 ……そしてその時、2人だけではなくもう1人。その場に居合わせることになった。

 それは他でもない、ラギトである。




「うわー、人がたくさんいるぜ」

 ラギトは門を潜りつつそう漏らす。風の四天王領にも町はある。この程度の大きさの町なら、それこそ幾つもある。だが、人間がこうもたくさん歩いている、という光景は、当然、魔物であるラギトには珍しい光景だった。

 そんなラギトを、門番達は暖かい目で見守っている。大方、田舎から上ってきた世間知らずの青年、というようにでも見えているのだろう。

「なあなあ!ちょっといいかァ?」

「ああ。なんだい?」

 早速、ラギトは門番に話しかける。人間と敵対する間柄の魔物でありながら、その態度に違和感は見せない。

「俺、この町に初めて来たンだけどよォ、どこ行けばいいんだ?」

「ん?そうだな、とりあえず宿なら大通りにある。もしこの町に住もうと思うなら、役場に行った方がいいな。仕事もある程度は斡旋してもらえるさ」

 門番達は人懐こく物怖じしない、それでいて単純そうで如何にも都会慣れしていない様子のラギトを見て、警戒はしなかったらしい。色々とよく分かっていない様子のラギトにそう説明してやるつもりになったようだった。

「君、出身地はどこだい?」

「ン?出身?分かんねェ」

「そ、そうか。田舎の方から出てきたのかな?」

「んーと……こんなに人間がいっぱいいるようなところじゃなかったぜ!」

 ラギトとのやりとりに困惑しつつ、門番はそれでも、ラギトを『本当に色々とよく分かっていないらしい田舎者』として認識したらしい。

「そうか。じゃあ出稼ぎ、っていうことか?」

「多分そうだ!」

「ならこれから行くべきところは役場だな。そこで仕事を案内してもらうといい。住み込みの仕事なら住む場所ももらえる」

「へー。そっかァ。じゃあそうするかなァ」

 ラギトは更に門番から役場までの道などを聞くと、礼を言って元気よく大通りを進み始めた。門番達は『あいつ大丈夫かな』と少々心配になりつつも、そればかり気になって、終ぞラギト自身に対しての不信感など覚えることもなかったのだった。




 それからラギトは役場へ行くことも特になく、あづさとミラリアから受け取っていた金を使って市場で買い食いしたり、はたまた適当にぶらついたりして、遂にシャナン・イーダの屋敷の前までやってきた。

「でけえ」

 そう呟くと、イーダ家の門番らしいものが不審げにラギトを見る。だがラギトは特に気にすることなく屋敷を眺めて、ほう、とため息を吐いた。

「でけえだけじゃなくて綺麗だなァ」

 イーダ家の屋敷は、美しいものだった。

 象牙色の石材の柱に深い灰色の石板で葺いた屋根。玻璃細工の窓は陽光に煌めいて美しく、これが一際ラギトの目を引いた。

 庭には小さいながらも噴水があり、石造があり、そして美しく花が咲き誇る。よく手入れされた庭園というものは、見ていて気持ちがいい。

 綺麗だ綺麗だと言いつつ屋敷を眺めているだけのラギトを見て、門番はやがて諦めたようにため息を吐き、ラギトに対して何かすることをやめたらしかった。ただ屋敷を眺めて楽しむ観光客、それも如何にも都会慣れしていない田舎者らしい純朴で表裏のなさそうな青年が相手ともなれば、一々構う必要もないだろう、と。

 ……そう考えていた門番達は、姿勢を正すことになる。

「あの、こんにちは?」

 それは、門番達に声をかける者があったから。

 更には……それが大層美しい2人の女であったから。

 そして門番達は、その美しい女達が腹の中に謀略を抱えているなどとは露ほども思いもしなかったので。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ