109話
「ギルヴァス!ちょっと久しぶりね!」
「ああ、お帰り、あづさ」
「まあよく考えたらラガルの城にはもっと長い期間居たんだから今更だけど」
「す、すまん……」
「冗談よ」
あづさはくすくす笑いながら、手に入れてきた情報を共有すべく、人間の町で起きたことを話す。
ミラリアも説明に参加し、2人が姉妹だと名乗ったことやでっち上げた設定、そしてシャナンという情報源を手に入れたことを伝えた。
……それらを聞いた男性陣は、見事に渋面になる。
「いいなーいいなー。俺が居ねェ間に随分楽しそうなことやってんじゃねえかよォー」
「そうね。あなたが居たら余計に設定がややこしくなって楽しかったかもしれないわね」
「し、しかし随分と……その、思い切ったな」
「でも楽しかったわよ。ね?マリーお姉様」
「そうですね、レイス」
2人が顔を見合わせて笑うと、ラギトはいいなァいいなァと腕をバタバタさせ、ギルヴァスとルカは胃の痛そうな顔をした。
「さて、この後はどうする?」
胃の痛そうな顔のままギルヴァスが問うと、あづさは首を傾げつつ答える。
「そうねえ、ひとまず、このまま勇者イーダの子孫って人に頑張らせておけば何かは起きるわよね、多分。情報が集まるか、或いは、裏で繋がってる誰かが出てくるか。彼が敵にしろ味方にしろ、絶対に進展はするわよ。そこから出たとこ勝負ってのはどうかしら?」
あづさが答えると、ギルヴァスとルカは「だろうな」というような顔をしつつも釈然としない表情である。
「……2人が姉妹でどこかに軟禁されていて、記憶を奪われている設定だということは分かったが……つまり俺達は、どう合流すればいいんだ?」
ギルヴァスとルカにとっての問題は、そこであった。
何せ、複雑な設定ができてしまったはいいものの、それはあづさとミラリアの間で完結してしまっているものだ。他3人が入りこむ余地が無い。今後、あづさとミラリアが町で活動する時、残り3人は暇を持て余す、というのも考えものである。
「なら俺はあづさとミラリアのお兄ちゃんだな!ルカは弟ってことにしてやるよ!」
「地位としては妥当だが……その、遺憾だ」
「いいわよ。もっと言ってやりなさいルカ。どう考えても逆よ、それ」
「なんでだよォ!」
「そ、そもそも記憶を失っている姉妹の兄弟が出てきたら不自然だろう?とりあえずこの話はなしだ」
翼代わりに腕をバタバタさせ始めたラギトを宥めるようにギルヴァスがそう言ってその場を取り成す。
ラギトは不服そうな顔をしていたものの、ひとまず落ち着いて首を傾げた。
「……けどよォー、俺が行かなかったら誰が行くんだよォ。まさかあづさとミラリアだけでこれからも人間の町に行くのかよォ」
その問いは皆が持っているものだった。
だが。
「そのまさかよ」
あづさはそう言い切ったのである。
「私とミラリアで行動するわ。その方が怪しまれないし、情報収集の速度は速いはずよ」
「……1つ、聞きたい」
「どうぞ?」
ギルヴァスが険しい表情であづさに向き直ると、あづさはそれに怯むこともなく軽く返事をする。
「2人で活動することの利点は理解できた。だが、危険だろう」
「そうかしら?」
「ああ。……シャナン・イーダという人物が本当に味方か分からない状況だ。何が起きるか分からない。『何かが起こることは確実』だと言っていたが、その『何か』全てに、君達2人だけで対処できるのか?」
ギルヴァスの目は確実に『できないだろう』と言っている。だがあづさは胸を張って答えた。
「できるわ。それにもしできなかったとしても……まあ、ミラリア1人なら逃げられるでしょうし、私は異世界人よ。人間側にとっても価値があるんでしょ?なら殺されやしないわよ」
あづさの答えに、ギルヴァスはため息を吐く。
「随分と乱暴な……」
「乱暴なもんですか。右も左も分からない敵地でこれ以上のやり方ってある?」
「何もそんなに焦らなくてもいいんじゃあないのか?まずは怪しまれない土台を作ってから、ということもできるだろう」
ギルヴァスが諫めるように言うので、あづさは少々頬を膨らませてギルヴァスを睨み上げる。
「あのねえ。私は1年以内に成果を出すって魔王様に言っちゃってるのよ?悠長になんてしてられないわ!」
あづさには1年という時間の制約がある。それまでに地の四天王領を良くし、魔王の期待に応え、そしてあづさは元の世界に帰る、と。
……それと同時に、地の四天王団の地位を安定させて、ギルヴァスが今後、誰かに脅かされることの無いようにしていきたかった。そのための地盤作りを、1年以内で終える。それもまた、あづさの目標なのだ。
だが。
「……地の四天王領を良くする、という点では、既に達成できている気がするが」
ルカがそう、呟いた。
「そう、ですね。……あづさ様は既に、風の四天王団、水の四天王団、そして火の四天王団との協力を築き上げておられます。地の四天王領についても以前より大幅に改良されていますし……魔王様もこれには文句など付けられないと思いますが」
「心配ならよォ、ファラーシアが魔王様に何か言ってくれるだろ!ファラーシアはあんなに可愛いんだ!魔王様だって言うこと聞くに決まってる!それでも心配なら俺も言ってやっからよォ!」
ルカに続いてミラリアとラギトもそう言えば……ギルヴァスも頷いた。
「そうだな」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!そうは言っても!私、あと1年たらずしか居られないの!1年が終わったら元の世界に帰るって決めてるんだから!だから……」
「それまでに一区切りさせたい、と。そういうことだな?……そしてそれは、残される者達……俺達の為だと、自惚れても、良いだろうか」
あづさは開いた口をぱく、と動かし、そのまま言葉を発せずに居た。
……だがやがて、拗ねたように言葉を紡ぐ。
「勘違いしないでよね。私、自分がやりかけたものを放り出していくのって嫌いなの」
「そうかぁ」
「……でも」
あづさは少々じっとりとした目でギルヴァスを見つめた。
「自惚れてくれてもいいわ」
「……そうかぁ」
ギルヴァスはにこにこと満面の笑みを浮かべると、ひょい、とあづさを抱え上げた。
「ちょ、ちょっと!何すんのよ!」
「いやあ、何か嬉しいような寂しいような気持ちでなあ」
「あ、あなたって嬉しかったり寂しかったりすると誰か抱っこしちゃうわけ!?」
「どうやらそうだったみたいだ。俺も初めて知ったが」
「だったらスライムでも抱っこしてなさいよ!」
あづさが抗議の声を上げるも、ギルヴァスはあづさを抱えたままその場に腰を下ろしてしまう。すぽり、と膝の中に収められてしまって、あづさはそれ以上何も言えなくなってしまった。
「……あなたが私を心配してくれてるのはよーく分かったわ。確かに私も焦りすぎたみたい。ごめんなさい」
結局あづさはそう言ってため息を吐く。ギルヴァスの膝の中に抱え込まれていると、どうにも気分が落ち着いてしまう。のんびり屋が感染るのかしら、とあづさは心の中で思った。
「いや。君の決断はきっと間違ってない。時間をかけすぎると相手に準備の時間を与えてしまう。こちらが急ぐのはいい手段だ。だが、俺達も手を入れられるようにしてほしい」
「……そうね」
頭上から降ってくる穏やかな声を聞いて、あづさは温い胸板に頬を摺り寄せた。そのまま他人の鼓動を聞いて、しばらく、考える。
シャナンを利用する手は間違っていない。彼が敵でも味方でも、相手は必ず動く。強いて言うなら、『無能な味方』であった場合だけが厄介だが、それは賭けに出るということで除外した。
そして、シャナンがどう動くかによって、あづさ達の今後の行動は変わることになる。
まず、彼が味方であり、勇者マユミについての情報がある程度手に入った場合。
……人間が一般常識として知らない何かを知ることができる。
マユミが真弓だったのかどうかは分からないかもしれないが、少なくとも、勇者の足取りは掴めるだろう。そうなったら、今度はその足取りを追って情報を集め直せばいい。人間の国はまだまだ広い。魔物の国との国境付近だけでなく、もっと離れた方にも町はあり、人は居るのだから。
そしてもし……シャナン・イーダが敵だった場合。或いは、シャナンが敵を呼び寄せてしまった場合。
その時、あづさはともかく、ミラリアは危険に晒されることになる。もしかすると、ギルヴァスやラギト、ルカについても。
魔物が人間の国に入ってきた、ということが人間の国にとってどれだけの危機として受け止められるかは、なんとなく既に察しがついている。
……シャナンの言葉の端々からは、人間が未だ、魔物の国の『征服』を諦めていない様子が見て取れた。
魔物の国は人間の国になるべきもので、魔物を抹殺することが正義、という考え方は、人間の国ではそれほど過激な思想ではないように思える。
となれば、戦争か。
人間の国の兵力がどの程度のものなのか、あづさには全く分からないが、そうなると今度は人間の国に来ている5人以外の魔物達をも巻き込むことになるが……。
「私、思ったんだけど」
そこであづさは、閃いた。
「情報収集を今後続けていくにしても、もし人間と戦争になっちゃうにしても、よ?」
あづさはギルヴァスを見上げて、満面の笑みを浮かべて言った。
「私が勇者になればいいんじゃないかしら?」




