後編
案内された部屋は、どう見ても研究とは関係なさげだった。あえて言わせてもらうならば、シンプルで落ち着いたインテリアが好きな人の書斎兼私室か、それとも単に部屋を飾ることに興味を示さないものぐさな奴か。
後者の場合は、多分恭太郎の部屋である可能性が高い。
私をこの部屋に放り込んだからには、その可能性しかない。逃げるべきだろうか。いや、思い出せ私、あのパーティーの日に逃げ出しても、あっさりと捕まってひどい目にあったことを。
勝手もわからない施設内を動き回るのは、絶対に不利。
こそこそとしているところを、恭太郎に見つかったらまたもや豹変しそう。
私の平穏のためにも、是非とも草食系の恭太郎でいてほしいのよ。
でも、部屋の中の書棚を見てみるくらいは許されるかな。
恭太郎は、まだまだきそうにないし。と思いながらフラフラと覗いていると原書らしい外国語で書かれている本の中に違和感が激しい背表紙のものを見つけた。
恭太郎の持ち物にしては、可愛らしすぎる。
手に取ってみると、小さめのアルバムだった。開いてみると自分自身のアップの写真が貼られている。
「やだ、恭太郎ったら。恥ずかしい奴」どうやら小さなアルバムには、私自身を取った写真ばかりのようだ。
最初は照れながらも、喜んでいたのだが中ごろに差し掛かると徐々に怒りに変ってくる。
何故か、覚えのない写真が多くなってきたからだ。
アルバムの中身は、日向セリ写真集といったところ。覚えがあるものとないものがある。
「恭太郎~~」この時返事は期待していたわけではなく、ただ単に怒りをぶつけるべく恭太郎の名前を呼んでみただけだったのだ。
だから返事が返ってきた時には、心臓が止まりそうになったよ。
「恭太郎~~」今度の呼びかけは、驚かせないでよ。という言外の意味合いを持たせたものだが、おそらくは通じていまい。
発する言葉も、緊張感のないものだったし。
「それ、僕の宝物なんだよ。セリちゃん写真集。デジカメで撮ったんだけど結構上手に撮れているでしょ」あくまでも笑顔で、己の犯罪性を微塵も感じていない恭太郎だったけど。あんた、隠し撮りってとこがまず引くんだって。
「だって、セリちゃん。写真撮るっていうと固まってしまうんだもん。僕は自然体のセリちゃんの姿が撮りたかったんだよね」
なんだろうか。このあくまでも己の正当性を主張する草食系のあざとさって。これだから口の達者な奴って……腹の立つったら。
でも、いいように言い負かされそうな自分にはもっと腹が立ってくる。
「恭太郎、じゃあせめてこの際どいアングルの写真はやめてよ。没収するわよ。いいわね」言いながら剥がそうとする私の手に何気なく抑えるように恭太郎の手がかかる。
「セリちゃん、それ僕の最高傑作にしてギリギリの僕の誠意なんだよ」だってホントはもっと凄いアングルのが欲しいんだから。セリちゃんモデルさんになる?今から。
あら、ら。恭太郎の目が何だか、いつか見たような怪し気な色合いを持ってきたような……。
うん、これはあまり責めると何だか藪ヘビってことなのを感じ取る。
恭太郎の手をそっと静かに離しながら、私は気をそらすように持ってきたお菓子のことを口にする。
「ええっと、恭太郎。レイナから聞いているかもしれないんだけど」口ごもりながらも、話し始めると恭太郎も興味があったらしく、お菓子を入れてある袋を一緒に覗き込んでくれる。
「セリちゃんの手作り?」二人で狭い袋の中を覗き込むようにしているので、顔と顔がほとんどくっつかんばかり。
近いっ近いっと。恭太郎の目を間近で見るハメになった私は、これまた刺激しないようにさりげなく頭をあげる。
プレゼント仕様に可愛らしくラッピングしてあった袋ごと差し出すと、素直に受け取ってくれたのは嬉しい。
ただ、中のカップケーキを見てがっかりされるとかなりショックかも。
恭太郎は、あえて無地のクラフトボックスを使ってリボンをかけてあるそれを取り出して中を開く。
「わあ、可愛いね。セリちゃんっぽい」何だろう?私っぽいって。しょぼいって意味じゃなかろうな。
良い意味に受け取ろう。私はポジティブシンキングなのだ。可愛いんだ。そうなんだ。
「ねえ、セリちゃん。ホントはこのケーキだけ置いて僕に会わないで帰るつもりだったんでしょ」
「えっ?ええっ……何で知って?」あれっ何でそんなこと知ってんの?で、何でそんなに怒ってんの?
食べさせてよ、悪いと少しは思っているんならと唇を指でなぞられる。
何度も何度も。
「じゃっじゃあ、ケーキ食べて?私、コーヒーでも入れて……」
「コーヒー?後でいいよ。それより食べさせて」と言いながら、ケーキを一つとりあげて、徐に割りながら、私の口に入れてくる。
あれっ?恭太郎が食べるんじゃあないの。
「セリちゃん?ちゃんと噛んで。うんそうそうでも飲み込んじゃダメだよ」
恭太郎の意図はさっぱり掴めないでいたけれど、言われた通りに飲み込まないで噛んでいた。
固くないケーキは、私の口の中ですぐにバラバラの状態になって、チョコレートの生地やトッピングに使ったオレンジピールの味とが混じり合う。
自分が作ったケーキなのだけど、やっぱりオレンジとチョコレートの組み合わせは美味しいということを再認識していた。
飲み込むなというので、口の中のケーキはすでに形はなく、唾液と混じっているんだろうな。
恭太郎はどうするんだろう、と思っていたら、顎を抑えられるようにされ口の中に侵入されました。
あろうことか、舌を突っ込んできて、私の口の中のケーキを奪っていったのである。
ケーキとは、いってもすでにバラバラのぐちゃぐちゃの唾液混じりのものだ。
通常だったら、他人の口の中の食べ物、それも唾液混じりのものを欲しがるだろうか。
これは、完全に想定外だった。私は、想像もしなかった恭太郎の凶行に驚愕し、抵抗することもなくされるがままになっていた。
だって、怖かったんだもん。
「っんんんぅ」
「セリちゃん、大好きだよ。セリちゃんの唾液混じりの手作りケーキは特別な味がするよ」
僕以外の男をもし好きになったりとか、好きになられたりとかしたら、僕本当に暴走するからねと、銘打たれてしまった。
草食系だったはずの恭太郎はどうやらヤンデレという奴になったのだろうか。
いっそのこと肉食系の方が健全では……。
でも、こんな恭太郎でも嫌いになれない私ってもしかして、とことん趣味悪いんじゃないかな。
そして、私今日は無事に返してもらえるのか。




